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16.午後 爺は王子たちに廊下で出会う

私は結局、カエデ様たちとランチをと思っておりましたのに、叶いませんでした。

やっと時間ができた時にカエデ様のお部屋に戻りまして、再びお詫び申し上げる事になってしまいました。

「うん、また今度絶対一緒に食べようね」とカエデ様が眉を下げて残念そうに仰います。

「…ムソンっちゃんて、なんでそんなに忙しいの? ちょっと」と疑問に眉を潜めたユリ様。

「ムソンルージ様、こちらはお任せくださいませ!」

…エルザ、私はあなたに代わりたいです。しかしカエデ様たちの事は任せますぞ! 頼みました!


カエデ様のお部屋を退出させていただきます。

あぁ、結局全くお話ができておりません。

王子がカエデ様を館に泊めてくださったのは私にとって幸いでした、必ずまた時間を見つけてお話できる機会を持とうと心に決めます。


さぁ、午後からは戦後処理の会議が設定されています。私にも付随して色々とするべきことがあります。


***


私も軽い昼食を手早く取り終わります。昼食は遅い時間になってしまいましたな。

さて、早く会議となる部屋の準備にぬかりはないか確認しに行きませんと。


可能な限り急いで会場に向かっておりますと、廊下、後ろからエルファンド王子の声がしてまいりました。

振り返って確認しますと、エルファンド王子に、リューエア様、それから書記官を務めます当家の者の三人がやって来られるところでした。


そういえばユリ様が、リューエア様も午後に館に来るような事を仰っていましたな。

しかしリューエア様は会議メンバーでは無いはずです。そもそもエルファンド王子も会議メンバーではございませんな。会議は陛下が出席されますから。

となれば、会議とは別の会合でしょう。リューエア様の場合は事情聴取でしょうかな。


私も今回の予定全ては網羅できておりません。


はて、王子は、なんだか機嫌が悪そうです。

そして、意外なことに、リューエア様がどこか涼しげな表情をしておられます。

二人の後をついてくる書記官は、何か面白そうな笑みを抑えている、という表情です。


「ムソンルージ様」

真っ先に声をかけてこられたのはリューエア様でした。立ち止って、礼儀正しく一礼してくださいます。

私も礼をします。

「これは、リューエア様。ようこそおいでくださいました」


その途端です。


チッ


舌打ちが聞こえました。耳を疑います。思わず顔を上げて確認すると、王子でした。

「…王子。どうされました」

何をやっているのです、という言葉は、他の二人の前なので言い控えておきましょう。


「いえ別に」

と言う割に、王子はフンとそっぽを向かれます。かと思うと、チラと隣のリューエア様を一瞥されて嫌そうに眉を潜めるのです。

何ですか、人前でその態度は!

通常考えられない振る舞いに、私は目を見張ってしまいます。


一方のリューエア様の方は、王子の悪態に関わらず、どこか余裕さえ漂わせて困ったように私に微笑んでおいでです。なんと礼儀正しく品のある方でしょう。


私は王子に心で語りかけます。


王子、王子は確か現在23歳でございますね。

リューエア様は15歳。8歳下ですぞ、王子の8歳も年下ですぞ。

リューエア様の方が大人ではありませんか!


私の顔に表れたのでしょう、後ろの書記官がそっと私の傍に歩み寄り、耳打ちしました。

「王子は男としてリューエア様に遅れを」

声に抑えきれない笑いが含まれております。


ん? なんですかな? ちょっとこちらに…。


私は書記官を連れて少し王子とリューエア様から距離を取ります。


「何があったのです?」

「本題は例の盗難に関する心情確認ですが、織り交ぜて雑談を」

それでなぜあんな態度に?

「リューエア様がユリ様を手にいれたと分かりました」

・・・なるほど。


今度は書記官が、目で『王子の方の進み具合はまだなのですね』と、語ってまいります。

今度は私が頷きました。「まぁそこはなんとも…」と口では答えました。


あぁいや、一応これも付け加えておきましょう…。

「ご側室にと思う場合は色々しきたりもありますからな」

「あぁ、なるほど、そういう事ですか」

書記官はちょっと驚いて納得いたしました。

いえ、しきたりだけの問題でもありませんが…。

色々こじらせている王子のために、そこは黙っておきましょう。痛々しいですからな。


私と書記官が戻ると、

「なんですかムソン」

と、書記官に不機嫌の理由を暴露されてさらに機嫌を損ねた王子がおられました。


王子…。仕方ないでしょう、リューエア様に八つ当たりされませんように。


「…ムソン、今日はカエデたちとランチでしたね?」

「その予定でしたが…悲しい事に、ご一緒できませんでした」

憩いの時間と思っていたのに、全く残念なことでございます。


「なんだ」

王子は気の毒そうにしながらも、どこか不遇仲間を見つけたかのように嬉しそうです。

王子、すでにお疲れが溜まっておいでのようですな。


私たちの間に流れた妙な笑みの間に割って入って下さったのは、リューエア様でした。

「ムソンルージ様、今日はユリナもカエデ…様のところにいると聞いています」

それにしても、リューエア様の品の良さには涼風を感じるほど心が洗われますな。

「えぇ、お越しいただいておりますよ。とても楽しそうにお過ごしでいらっしゃいますよ」


「そうですか。…それは何よりです。ちなみに…カエデ様と他にはどなたが?」

「メイドのエルザも加えていただき、女性3人でお話に花を咲かせておいででしたよ」

そうお答えすると、リューエア様はどこかホっとなさいました。


おや、もしかして、お茶会にユリ様目当ての男性でも来ないかと心配しておられたのですかな?

ご安心ください、老王も断っておきましたから。私を除いては、ユリ様がおしゃべりされているのは女性メンバーのみでございますよ。


そんなリューエア様の様子に気づいて、王子がリューエア様を普段の表情に戻ってご覧になっておりました。王子も、リューエア様がユリ様と一緒におられる相手が誰かを気にした事に気づかれたのでしょう。


王子は少し頭を振るように天井を見上げられ、真顔になって私に仰いました。

「…今からカエデのところに息抜きに行こうかな。ユリもいるしな」

リューエア様が少し探るように王子を見上げられました。王子が、今度こそ兄のような顔をリューエア様に向けられます。

「どうだろう、リューエア」

おぉ、どこか微笑ましいですな、王子がやっと大人に戻られましたな!

リューエア様を誘って一緒にカエデ様とユリ様のところに行くかと言っておられるのですな。

「……!」

リューエア様がわずかに目を大きく見開かれました。一瞬で喜ばれたご様子。

が、その時、ずっと傍でやりとりを聞いているだけでした書記官が、声を上げました。

「いけません、エルファンド王子、リューエア様! 今、精査のために移動中ではございませんか! そうでなくとも時間がかかっておりますのに!」


あぁ、そちらも大変そうですなぁ…。


エルファンド王子とリューエア様は、諦めたようにそれぞれでため息をつかれました。一瞬で夢から現実に戻られたようです。お二人とも、無理だと分かっておられたのでしょう。


「…心から残念だ。そう思わないか、リューエア」

「…はい…魅力あるご提案でした…」

おや、お二人は、まるで仲の良いご兄弟のようですなぁ。


「さっさと歩いてください、早く行き早く終われば余裕の時間もできましょう!」

王子とリューエア様を追い立てるように、書記官が、私を追い抜いて足早に廊下を歩みだします。


私も立ち止っている場合ではないのですが、くせでつい王子のお姿をお見送りしております。


「…私はその後は書類が…」王子が呟いておられます。

「…あ」とリューエア様が、ふと思い出したかのように声を上げられました。

こちらを振り向かれ、王子や書記官に軽く一礼の上、足早に私のところに戻ってこられます。


パタっと立ち止り、一礼の上、

「ムソンルージ様。申し訳ございません、けれどもし叶いましたら、ユリナにお伝えいただけませんか」

と真剣に頼んでこられました。

「はい。どのようなご伝言でしょうか?」

「『少し遅くなるが帰りに迎えに行く』と…」

「かしこまりました、必ずやメイドに伝えさせましょう」


気恥ずかしいのでしょう、顔を少し赤くされるのですが、真っ直ぐ揺らがない瞳で頼んでこられます。


気持ちを決められたのですな。爺は好感を持ちます。


ユリ様の人気を実感されたからこそ、迷わず行動することにされたのでしょう。

そうですな、遠慮していては、ユリ様はいろんな方に囲まれて手が届かなくなってしまうかもしれませんぞ。

とはいえ、ユリ様は、随分幸せそうにリューエア様の事を話されておられましたよ。リューエア様が行動に表したからなのか、それ以前からなのかは、爺には分かりませんけれど。


大変微笑ましい事です。




チッと、進んだ廊下の先から、王子の舌打ちの音が聞こえました。

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