15.午前の爺の予定は未定
さて翌日、予定がギッシリとありましたもので、私はカエデ様とのお時間を取ることができませんでした。
王子は無理やりにでも時間をお作りになったかもしれません。が、実際どうされたかは存じ上げません。王子とそんな話をする時間などない状態でした。
カエデ様のお世話については、メイドのエルザにほぼお任せすることにいたしました。
2年半前にエルザの柔軟な対応ぶりに私が感心しましたものですから、いずれメイド長にと考え、育てている最中でございます。体力も度胸もございますし独自判断も信頼できますから、彼女に任せておけば大丈夫でしょう。
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さらに次の日。本日となりました。
もともと、『お茶を』と提案した日にございます。本日はユリ様もお越しくださいます。
ところが、私に不測の事態が起こってしまいました。
もともと朝に入れていた予定…数日前から館にお招きしている他国の老王との談話。
これが相当長引きました。
とはいえ大変早朝から会ったのです。彼も老人なので早寝早起きなのです。
鳥が鳴き始める早朝から、盤上ゲームをしたり、朝食を共に取ったり、珍しい品を見せ合ったりして、色々とお話をして過ごします。
昼より前には解散予定でございました。
つまり、ユリ様が来られる時間には充分間に合う…と思っておりましたのが間違いでございました。
もともと旧知の仲の老王でございますが、彼は私を暇人だと思っているフシがございます。
私はさりげなく時計を確認しながら居たのですが、解散の気配はございません。そろそろお暇しなくてはなりません。間に合いません。しかし解散できません。
気を配りながら予定がある旨を控えめにお伝えし、退出の旨を申し出ますと、「相手は誰だ、若い子か、なに、噂の戦場の女神たちか、ワシも連れていけ、なぜいけない」と大変ごねられまして手がかかりました。
仲が険悪にならないように振り切るのに相当時間を要してしまいました…。
彼を連れていけば、間違いなく話題が変わります。
私は本日のお茶会を心の支えにしているのです。憩いの時間でございます。
老王を振り切るのに神経を使い、もう爺は力尽きそうでございますが、今から心休まる時間です、行きましょう! 私!
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私にできる範囲で急いでカエデ様のお過ごしになっているお部屋にたどり着きますと、すでにユリ様はご到着の上、なぜかメイドのエルザまでが仲良く椅子に座って楽しく談笑中でした。
うーむ、確実に相当遅刻してしまいましたな。もうお話は弾んでいるご様子です。
「へー、リューエア様ー、犬系!」
エルザが声高く叫んでいました。
話題はリューエア様の事の様子…。
いえそれよりエルザ、あなた仮にもメイド…その発言はなんでしょうか、必要以上に打ち解けてしまっておりませんか、一緒にお菓子も食べているのですか、あなたはすっかりお友達なのですか、リューエア様をなんですか犬とは。
カエデ様が私に気づいてくださいました。
「あ! セバっちゃん!」
おぉ、懐かしい! その笑顔! …おや、歯の欠けが直っておいでですな。良かったですな!
「私がお茶をと申し上げながら、遅くなってしまい誠に申し訳ございません」
頭を深く下げてお詫びを申し上げます。
「ううん、セバっちゃん、忙しいもんね。でも来れて良かったよ」
とカエデ様。
ユリ様もにこりと笑まれます。
「大変だね。お疲れ様、ムソンっちゃん」
本当に申し訳ございません、お言葉ありがとうございます。
「このように誘っていただきましたの」
エルザが、私の無言での目線を受けて、にっこりと笑ってまいります。
「エルザ楽しいんだよ、セバっちゃんも早く早く」
カエデ様が私にも椅子を勧めてくださいます。
皆とても楽しそうです。しかしこれは、女性ばかりだからこそ盛り上がったのでは?
ふと疑問が沸き起こりました。…爺はこの場にいて良いものでしょうかなぁ。何でしたら、傍らで控えている状態で構わないのですが。
私は椅子に座ろうか少し迷いまして、立ったままで話題の方向を少し探りにかかりました。
「リューエア様を話題になさっていたのですか?」
カエデ様がにこやかにお答えくださいます。
「うん、リューが犬みたいなんだよ」
犬…? 先ほどエリザもその単語を口にしておりましたな。
「ねぇー」
とエルザもカエデ様に意気投合して身を乗り出して笑っています。
「いやあの…」
ユリ様が、どこか恥ずかしそうに、けれど笑いながら、説明を下さりました。
「今日来る時に、リューもついて来るっていうからさ、『来るな』って言ったんだよ」
「リューエア様が来られても良かったのに」
とはエルザ。
エルザはお二人に対しては口調を崩すことにしたようです。
「嫌よ、だってリューが来ると話題が変わるじゃない、私は女子トークがしたかったの、邪魔なの!」
「酷い、ユリナ」
「私はリューエア様いても面白いけど、まぁ邪魔っちゃあ邪魔よねぇ」
盛り上がっております。
じゃ、邪魔・・・。
カエデ様が笑いながらユリ様の続きを説明してくださいます。
「ユリナがね、『来るな』って言ってもリューは一緒に来たがったんだって、それでユリナが『女同志のおしゃべりに行く時に笑顔で見送ってくれる人が好き』って言ったら、黙ったんだって、あはは」
「でも笑顔じゃないんでしょ、捨て犬状態でしょ、拗ねてるんでしょ」
エリザ…。
「いやでも、可愛い」
ユリ様も笑われます。とても幸せそうに見えます。気のせいではないでしょう。
「いやあのね、ムソンっちゃん、リューもさ、午後からこっちに呼ばれてるんだよ、だからついでに一緒に来たかったんだと思うよ」
とユリ様が私に仰います。
「でも、ずっとここで待たれても、嫌だからさ」
また女性3人で笑いながら言葉を交わされます。
女性ならではの軽快なやりとりですなぁ。男性同志にはあまりこういうスピード感はありません。
うーん、やっぱり爺は、遠慮した方が良いような気がしてきましたなぁ。
どうしましょうかなぁ、私が入ると、また話題が変わってしまいますし、こんなに楽しそうにお話になられているのにそれは申し訳ない事ですし。
私の心中を察したのか、ユリ様が笑いながら、椅子を手のひらで示して「座って座って」とお気遣いくださいます。
爺はゆるゆるとその席に腰をかけました。
丁度その時。
コンコン…
控えめなノック音が聞こえて、こちらからの入室許可の声に、メイドが一人恐る恐るといった様子で入ってきました。
メイドは、私のところで目線を留めます。
「どうしました?」
「ご歓談中、申し訳ございません、ムソンルージ様…」
メイドは私の傍にやってきて、小声で内容を伝えてきました。
「分かった、すぐに向かいましょう」
「どうしたの、ムソンっちゃん」とはユリ様。
カエデ様も少し心配そうなお顔をされました。
エルザは少し引き締めた表情で私を見ております。
「いえ、問題ではございませんよ。お招きしている他国の方が、今お帰りになるとの事です」
私の言葉に、カエデ様が、なるほど、というように頷かれました。
「今、急に?」とユリ様は不思議そうに仰いました。
エルザも少し怪訝な顔をして私の表情を読み取ろうとしておりますな。
「いえ…国に残されたご息女様が風邪をひかれ、病気は軽いらしいのですが、父恋しさでずっと父の帰りを待っている、と連絡が来たから帰る、との事です」
「あら大変」とユリ様。
「ご息女様、いくつ?」とは首を傾げるカエデ様。
エリザは聞かされた事情に安心したのでしょう、ホっと力を抜きました。
「ご息女様は、確か10歳におなりです」
「病気で寂しくなっちゃったか」とユリ様。
「かわいいね」とカエデ様。
「病気が軽くて何よりです」とエルザ。
それはさておき。
「申し訳ございません、私、お見送りに行かせていただきます…」
「そっか…。忙しいね、セバっちゃん、うん、分かった、待ってるね」
「いってらっしゃい」とユリ様。
「こちらはお任せください! ムソンルージ様!」
せっかく来たのに退出とは寂しいですね。
とはいえ、会話に入った方が良いのか考えあぐねていたところですし、丁度良かったのかもしれません。
私はカエデ様とユリ様に一礼をして、部屋を退出させていただく事にしました。
退出時、扉を閉めきる寸前に。
「ユリナは体…大丈夫? そろそろ検査の時期…」
と、カエデ様が話し出されたのが聞こえて、自分で閉めた扉に遮られました。
そろそろ検査の時期…?
***
急いでお見送りのご挨拶に向かいます。
可愛い我が子に『帰ってきて』と言われたために帰るそのお方は、申し訳ないと言いながらニマニマと口元をゆるめて、自ら事情を説明してくださいました。
お持ち帰りの品に、当家の焼き菓子と、その年頃の娘さんが喜ばれそうな人形も加えさせていただくと、大変感激されました。
仲が良いご家族でなによりです。
その後も、誰かにすぐに声をかけられました。
指示を聞かれたり、確認があったり。
思えばエルザがカエデ様と過ごしているため、裏方的に今、指示を出せる存在が足りないのです。
呼びに行こうかと思いましたが、行く余裕ができません。
とはいえ、そろそろエルザもカエデ様たちの昼食を準備し始める時間です。このまま私の方で頑張ることにいたしましょう。




