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13.カエデ様が気になる

「カエデ様、そのようにお泣きにならないでください。せっかくお会いできましたのに、爺はカエデ様のお顔を見る事もできません」

私も自らのハンカチで涙を押さえながら、冗談めかして申し上げました。


カエデ様は、ハンカチを下にずらして、目の部分だけをお出しになりました。涙は目のすぐ下に当てられたハンカチが吸い取っていきます。

「ぅー、セバ、っちゃん、あのね、ごめ、んね」


私は、お互いがボロボロ泣いているこの状況が少し可笑しくて。ろくに言葉も交わさずにいるのにまた嬉しくて。

私は泣きながら笑います。


…おや、カエデ様、カエデ様のハンカチの下から、金色のモグラが出てきましたよ…。

あぁ、ひょっとして、これがリューエア様がお二人にお渡しになられた魔法具でしょうか。

エルファンド王子に似ていると言って選ばれた品でございましょう?

似ておりますかなぁ。


私は金色のモグラを見ることで、カエデ様が敵の国に行ってこられた事を実感することになってしまいました。

「カエデ様、ご無事でなによりでございました。本当に心配しておりました」


「ムソン。そんなに言葉を重ねては、かえって泣いてしまう」

やはり答えられないご様子のカエデ様に、王子が苦笑したまま、口を挟まれます。


申し訳ございません。けれど、大変残念な事ながら、私もこのパーティで様々な方に対応する必要がございまして、ずっとお傍にいてお待ちする事ができないのです。


「カエデ様」

私は申し上げました。私も少し落ち着いてまいりました。

「どうか、また、必ず館に遊びにお越しください。ぜひゆっくりお話ししたいのです。メイドのエルザも覚えておられますでしょうか? 彼女もカエデ様にお会いしたいと常々言っておりました。カエデ様さえよろしければ、彼女も一緒に会っていただけませんか?」

「う、うん、う」

鼻をすすり上げながら、カエデ様はお返事を下さりました。


せっかくですから、確実にお越しいただけますよう、日も決めてしまいましょう。

「…明後日などはいかがでしょう。ユリ様もご一緒に来られませんか。お茶をご用意してお待ちしております。ひとまずリューエア様のお屋敷におられると聞いておりますが、合っておりますでしょうか?」

「ぅん」

カエデ様はハンカチをまだ顔に当てたたまま頷かれます。

「明後日」

と、呟かれたのは王子でした。恐らく自分の予定を思い返しておられるのでしょう。


「では、王家からお迎えの馬車を出しましょう。そうです、軽くランチもいかがでしょうか。そうしましょう。明後日の朝のセルクの時刻に馬車のお迎えを寄越します。どうぞそれに乗ってお越しください」

「待てムソン、勝手に予定を決めるな。それにそんな迎え方で、万が一がカエデが別の者に連れていかれたらどうする」

王子が文句を言われます。

けれど、確かにその通りです。申し訳ございませんでした。

カエデ様もユリ様とは別の意味でとても有名になられてしまいました。憩いの水球の盗難に大きく関わった者として。そして、奪還に関わった者として。

盗難の実行者として、非難の目でカエデ様を見る者も多いでしょう。王家との接触を好ましく思わない者も。


「では…」

間違いなく王家からの使いと分かるように、符号をお渡ししましょうか、または、リューエア様にお願いして、メドオール家の馬車で館まで送っていただきましょうか。

と私が少し思案する間に、王子は少しぶっきらぼうに仰いました。

「このまま泊まってもらえばいいだろう。心配なら、ユリも一緒に」


え。なんと言われましたか?

急に無茶を仰いますなぁ、王子!

私は驚いてしまいました。


「ムソン、そんな顔をしなくても。前の部屋がそのまま空いている。数日過ごす程度、困らないだろう?」

少し呆れたように笑いながら、サラっと王子は仰います。


いえいえ、しかしですな王子。

使われるのならば最終的なチェックも致したくございますし、何より本日はこのパーティのために館の者は大忙しでございまして、


「ムソン。なにもムソンが思う万端の状態に整えなくても構わないだろう。基本的に掃除はされているはずだし。明後日など言わず、泊まってもらえば明日から少しずつでも話もできるだろう? そもそも積もる話がありすぎるだろう。来訪の数時間程度で話ができるとも思えないし。…それとも…以前のあの部屋は、カエデにとって辛いだろうか…?」

最後はカエデ様を心配そうにご覧になりました。

カエデ様は困惑して、パチパチと瞬きを繰り返されております。

王子の突拍子もない意見のお陰で、カエデ様の涙は止まったご様子です。


しかし、どうしましょう。困りましたな。これは王子の我儘ではありませんかな。

カエデ様はどうお返事をされるのでしょう。


「カエデ、以前の部屋は辛いか?」

と王子がお尋ねになりました。

「え、ううんそんな事は…」

「なら良かった」

王子はにっこり笑まれました。


王子お待ちなさい。

カエデ様は『以前の部屋は辛いか』という質問にのみ答えられたのです。なぜすべての了承を取ったかのように満足そうなのです。


「ムソン、今日は泊まってもらおう。カエデ、部屋が空いているから、ぜひどうぞ。そのままになっているから過ごしやすいのではと思うよ?」


カエデさまは迷って王子のお顔を眺め見て、それから私の顔を見て、それからまた王子のお顔を見つめられます。

「で、でも…」

「迷惑ではないから安心しなさい」

と、王子がサラっと仰いました。


こ、困った王子ですなぁ…。

しかしこうなりますと、やはりお泊りになる時のために、部屋を準備した方がよさそうです。

ユリ様のお部屋も手配した方が良いでしょう。他にも部屋は空いておりますし。

いや、ユリ様は有名な方ですから、どこに泊めたかでまた噂になりますな、注意してご用意致しましょう。

なにせ、今回の戦の功績もあり、ユリ様が王子のご側室になるのでは、と期待する動きがあるのです。

ご当人たちの気持ちより周りの期待で物事が動くことがございますので、細心の注意をいたしましょう。


うーむ、メイドたちがさらに混乱いたしますなぁ。

私はこめかみをもみながら、お部屋の手配と、本来のパーティの自分の役割のためにその場を離れさせていただくことにしました。


***


それからは、私も他の者たちもそれぞれの役割のために大忙しになりました。

私はパーティ会場に基本的にいる必要がございまして、時折、皆さまのご様子を会場の中で確認いたしました。


王子は様々な方へ挨拶や言葉をおかけになる必要があります。

常にカエデ様の傍におられるわけではありませんでした。


ユリ様は、常に周りに人が集まっており、ご対応にお忙しそうでした。カエデ様のところに合流される事もございますが、すぐに他の方に声をかけられて、取り囲まれ、結果カエデ様とは別になるご様子です。


リューエア様は、そんな中、常にユリ様の隣をキープなさっておいででした。

あの若さにしてあの身の振る舞い方は一体、と私は感心するほどでございます。


カエデ様は、壁際に立っておられる事が多いご様子です。

基本的に、独立部隊で『憩いの水球』の奪還に動かれたカエデ様です。この場でも顔見知りの方があまりおられないのかもしれません。ちょっと心配でございます。


そんな中、

「ところで、ムソンルージ」

私に声をかけてきたのは陛下でした。

「あの子が、カエデか?」


「えぇ」

「ふむ」


「どの子ですの?」

「あの子だよ」

皇后さまも探されるのを、陛下がさりげなく。


「ムソンルージは気に入っているとか」

との陛下に、

「どのあたりがでしょう?」

皇后さまが具体的に話すことを私にお求めになります。


「せっかくですので、少しお声をかけてこられてはいかがでしょうか? 聞くよりも実際お話になった方が分かる事も多くございましょう。…ちょうど、今、お声がかけやすい状態ですよ」


「とはいえ、悪目立ちさせても可哀想だしなぁ」

「ですわねぇ。しかし、ユリという子の方が華やかで良いではありませんか」

王子の事で、陛下と皇后さまはカエデ様の事が気になっているご様子です。

おや、皇后さまはどうやらカエデ様が不服のご様子でしょうか…。

この様子では、いつか陛下と皇后さまに、カエデ様は呼び出されて謁見の時間を作られそうですな。

そうなるよりは、今、お話いただいたほうが気軽で良いのでしょうなぁ…。


ふと、私は思いつきました。

「…メドオール家のリューエア様が気配を消す技術をお持ちかもしれません。確認して陛下と皇后さまお二人に、その魔法をかけてもらうのはいかがでしょう」

「おぉ」

「まぁ。ぜひお願いしますわ」


***


陛下と皇后さまに突然声をかけられたカエデ様は大変驚いたご様子でした。

そうでしょうな…気配がないところから、いきなり陛下と皇后さまが現れて声をかけてくるような状態ですからな…。


ちょっとカエデ様に気の毒な事をしてしまったかもしれません。

でもまぁ、陛下と皇后様がカエデ様に接せられたのは良かったと私は思いましてございます。


しかし、どうしても側室問題が出てまいりますな。

まぁ、私もそれを気にしているから、王子とカエデ様の事を気にしてしまう一人なのですが。


王子とカエデ様は、『憩いの水球』の奪還でまた仲良くなられたように見えるのですが、実際どんなところなのでしょうかなぁ…。


半年も離れておりますので、カエデ様のお気持ちはおろか、王子のお気持ちもよく掴めておりません。


まぁ、カエデ様がまた館にお泊りになるのでしたら、少しずつまた分かってくるかもしれませんなぁ。

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