11.リューエア様は謝罪する
「あ。外、落ち着いたね」
ユリ様は、外の気配に気が付いてふとテントの出入り口に顔を向けられました。
ザワザワした音や声はまだ溢れていますが、大きな魔法音は止まっておりますな。
ユリ様は、それからニッコリ私に笑顔をお見せになりました。
「セバっちゃん、早く、こんなところ離れて、お屋敷に帰った方が良いよ。危ないしさ」
「・・・ユリ様も、本来は騎士でも兵でもございませんのに」
「でもさ」
ユリ様は悲しそうな顔でお笑いになりました。
「私たちがバカなせいで、こんなことなっちゃってるんだしさ。帰るなんて、ムリだよ」
私は、至らない事に、申し上げる言葉を、失ってしまいました。
***
状態が落ち着いてすぐ、王子はテントに来られました。
おや、リューエア様の他、王家の上官2人と、リューエア様のメドオール家の方2人も連れておいでです。
王子は硬い顔をされていました。
「ムソン。今から公式記録を開始する。あなたもこちらに控えて聞いてほしい」
「はい。何を記録されるのでしょう?」
私の質問に、王子は私のすぐそばまで来られて、小声で仰いました。
「リューエアが、『憩いの水球』を持ち出したことを認めて謝罪してきました。公式記録に取ります」
「かしこまりました」
***
それから、テントの中で、リューエア様の謝罪が始まりました。
王子に向かってリューエア様がお話をされます。王子が質問をされてリューエア様がお答えになります。
王家の上官の一人がそれを書面に筆記し、一人は映像記録用の魔法具を持ちながら傍に控えております。
私は王子の傍に立ち、お話をただ聞いております。
リューエア様の方も同じく、メドオール家の方が一人筆記しております。
一人は頭を垂れてお話を聞いております。
ユリ様はリューエア様の隣にお座りになっており、時々フォローするように言葉を足されます。
ユリ様はリューエア様をとても心配しておられるご様子で、エルファンド王子に対しては申し訳なさそうなお顔を向けられ、どうかリューエア様の思いも分かって欲しい、と伝えるような目で王子をご覧になります。
謝罪とお話は、ユリ様が私にお話しくださった事を、リューエア様側から見た内容でした。
ユリ様がお話された内容より詳しく分かったことは、リューエア様がどれほど他国の様子を心配されていたかという事。カエデ様とどのように協力をしたかという事。どのように『憩いの水球』を受け渡し、他国に渡したかという事。そして、その後の『憩いの水球』を用いた他国がどのように変わったかという事。
お話を聞いていて、私は、リューエア様を技術者に並ぶほどの魔法の才能と技術をお持ちの方だと認識いたしました。当時13歳のリューエア様は、どうやら頭脳明晰で技術の習得も常人では考えられないものをお持ちのようです。
王子や私たちが調べても分からなかった協力者の謎もわかりました。自然現象や動物を利用したのです。
多種多様な魔法を駆使して…例を挙げるなら、視覚誘導、帰巣効果、結界感知、結界外発現、重力軽減…。
エルファンド王子は、冷静に向かい合い、的確に事実を確認されていかれました。
同情することも動揺することもありません。
「今、協力してくれたカエデは、『豊土の御手』を所有した状態で、敵国にある『憩いの水球』の調査を行っています。取り戻すためにです」
リューエア様の言葉にも、エルファンド王子の表情が変わることがございませんでした。
最後に、リューエア様は改めて深々と頭を下げて謝罪の姿勢をお見せになりました。
ユリ様もリューエア様にならって同じように頭を下げられます。
メドオール家の書記の者と、控えていた者。二人も、リューエア様にならって頭を深く下げました。この二人は、もしかして、事情を今まで知らなかったかもしれません。一人は困惑して震えが出ておりましたし、一人は大量の汗をかき、必死に頭を下げました。
***
日が落ちて夜になりました。
夜襲は今までに起こったことがないらしいので、今のところ、夜は休む時間です。
それにしても、到着初日から競り合いが起こり、想像以上に疲れました。これが毎日続くのかと思うと相当暗い気分です。私はここで死ぬのでしょうか。未来を信じ戦う兵たちはさすが、なんと強いのでしょう。
いけません、無理を言ってついてきたのに、私が士気を落とすような振る舞いをするわけにはいきません。
「エルファンド王子、お疲れさまでございます」
「ムソンルージ、あなたも」
王子の顔は、たった半日ほど現場にいただけなのに、元気がごっそりと抜け落ちております。
きっと私も同じような顔をしている事でしょう。歳なのでもっと酷いかもしれません。
「・・・やっと、リューリア様がお認めになりましたね」
私はそうお声をかけました。
「・・・遅すぎる」
とエルファンド王子はため息をつかれました。
「このようになる前に認めてくれれば、打てた手もあるというのに」
「どのようにされるおつもりですか?」
私は探りました。
王子は少し表情を欠けさせた瞳をして宙を見つめるようにされました。
「とにかくこの戦争を終わらせない事にはいけません。…無事終わらせて…リューエアの責任はしっかり追及。そのためにも負けるわけにも、死なせるわけにもいかない」
「・・・ええ」
「ムソン。あなたは、今日のリューエアの謝罪の記録を持ち、館に帰還してもらいたい」
「・・・かしこまりました」
「会いたい人にも会われましたし、もうここにいる必要はあなたにはないでしょう?」
「はい、その通りです」
「館にいていただいた方が私も安心だ」
と、王子が仰りました。
「王子はどう動かれるのでしょうか?」
と私はお尋ねしました。
「あぁ…」
と王子は少し言葉を濁すようなお返事をなさいました。返事をごまかそうとされておられますな。
「私は思うのですが。…エルファンド王子。私は真剣に申し上げます」
私は改まって王子に向き合いました。
「・・・なんでしょうか。ムソンルージ」
「『憩いの水球』の奪還は重要な事項でございます」
「・・・えぇ」
「戦場での指揮も重要な事項でございますが」
「えぇ」
「しかし、『憩いの水球』をより効率よく探し出すためには、正式な所有者が動いたほうが確実でございます」
なぜなら、正式な所有者には『憩いの水球』がそこにあるのかどうか、他の者よりはっきり分かるからです。
「・・・えぇ。しかし・・・」
私は申し上げました。
「何を躊躇っておられるのです? 冷静に公平に考えて、王子が、『憩いの水球』を探す側に入られるのが、最も良いはず。戦場の指揮か、『憩いの水球』の奪還か。戦場の指揮は、陛下に来ていただきましょう。さすがに陛下に『憩いの水球』の奪還に敵国に潜入いただくわけにはまいりません」
王子は、表情を抑えた真顔で、私の顔をご覧になりました。
「それは、冷静かつ公平な判断で、その結論に至りますか?」
「えぇ。私はそう思います」
私はそうお答えしました。
「むしろ、カエデ様と合流しない事の方が、効率が悪くございます。そちらの方が、私情を挟んでおられるようにも取られます」
ですから、カエデ様と合流して、『憩いの水球』を奪還しにお動きなさい。
私はそう申し上げました。
王子は少し諦めたような微笑みを口の端に浮かべられて、仰いました。
「…分かりました」
では王子。
その意見を陛下と皇后さまへのお手紙にしてください。
明日すぐに、私はその手紙を持って館へと発ちましょう。
***
翌朝すぐに、王子はユリ様をお訪ねになり、カエデ様を一旦戻すことは可能か確認されました。
ユリ様は、所有する金の大鎌を通して、カエデ様に一度戻ってくるようお伝えになるそうです。おそらく3日ほどで戻ってこられるだろう、というお返事でした。
私はそのまま、館に戻るために、数人の護衛を付けた状態で戦場から離脱いたしました。
リューエア様の謝罪の記録と、陛下と皇后さまへのお手紙を届けるお役目です。
王子、絶対にご無事でいてください。
私も必ず、このお手紙を館にお届けいたします。
館でお待ちしております。
王子が『憩いの水球』も奪還され、戦争も収められ、無事に館に戻ってこられますのを。
叶いましたらカエデ様も館に連れて帰って欲しく願います。
私は、ぜひともカエデ様にお会いしたいのですから。
ですから王子、叶いましたら、カエデ様とご一緒に館にお戻りになってくださいますように。
私、ムソンルージは心からお願い申し上げます。




