10.ユリ様のお話
テントの外の魔法音や飛び交う指示の声に乱されることなく、ユリ様は、私にお話くださいました。
「カエデとは、もとは、すごく仲が悪かった。でもそのうち、気が合う事が分かってさ。見直したっていうか。今はもう妹みたい。カエデの方が2コ年下だからね」
という事は、カエデ様は今18歳におなりでしょうから、ユリ様は20歳という事ですな。
「2年前の事。私は、バイクで事故ってしまいました。意識不明の重体になりました」
ユリ様が少し他人の事のようにお話なさいます。
バイクとは何なのでしょうか。しかし話の腰を折りたくないので、まずお話を聞くことにしましょう。
「私、頭を強く打ったせいで、事故の前の記憶が数時間ぐらい消えたの。だからさ、時間が飛んでる。目を開けたら、カエデが涙をボロボロ私の顔に落としながら、私の顔を覗き込んでた」
ユリ様は思い出されたのでしょう、目を細めて少し遠くを見る目つきをなさいました。
「カエデがすごい勢いで、涙と鼻水ごっちゃにつけた顔で、私に泣きついてきて、びっくりしたよ。あの時は、本当に」
「・・・」
ユリ様は、大変なご経験をなさったのですなぁ…。
「その後で、カエデが私を起こしてくれた事を知ったんだ」
ユリ様は私をじっと見つめてこられました。
「カエデは、知らない場所に行って、聞いたこともないお宝を、私のために持って帰ってきてくれた。そのお宝で、私の意識は回復した」
「・・・・」
「信じる? 信じて聞いてる? セバッちゃん」
ユリ様はニッコリ魅惑的に微笑まれます。
「聞いておりますよ」
私は穏やかに微笑んで返しました。
それならよかった、と、ユリ様は仰いました。
「問い詰めたら、カエデは色々白状したの。カエデが、私の事を心配して『目を覚ましますように』って祈ったら、知らない場所に自分がいた事。知らない男の子がいて、意識不明の人の目を覚まさせる魔法の道具があるって教えてもらった事。その男の子と協力して、その魔法の道具を手に入れて、持ち帰った事。それを私に使った。そして、ちゃんと私が目を覚ました事」
「・・・」
私は、深く、一つ頷きました。
なるほど、カエデ様は、『憩いの水球』の水を含ませた『目覚めの羽』を球状にしたものを、ユリ様に使われたのですな。
カエデ様が去られてから、王子を筆頭に私たちは、『憩いの水球の水を含ませた目覚めの羽を球状にした品』がどんな効果を持っているのかを調べたのです。手を尽くして分かったことは、意識の戻らない者にこの品を使うと、意識を戻す事ができる、回復させる事ができる、という事でした。
ですから、王子も私も、気づいたのです。
カエデ様は、大切な誰かの意識を戻そうとされていたのだ、と。
ユリ様はお話を続けてくださいます。
「私はその時の話を詳しく聞いた。王子様とか執事のお爺ちゃんとかメイドさんの話とか。カエデ、スィーツ食べてもさ、しょんぼりしてさぁ。執事のセバッちゃんのケーキが美味しかったらしいね」
「そうでしたか」
私はつい嬉しくて口を挟み微笑んでしまいました。カエデ様が気に入ってくださっていた事、うれしく思いますぞ。
ユリ様も微笑まれます。
「私もぜひ食べたいけど、叶うかな?」
「こちらにはお持ちしておりませんが、館に来られることがありましたら、ぜひ…」
外からはまだ大きな音が聞こえ続けてまいります。
「ただ、私はさ、カエデに申し訳ないなと思ってた」
「はい・・・どのような事をでしょう?」
「カエデ、行ったところで好きな人ができてた。エルフ王子様。でも、カエデは私のために帰った」
「・・・」
そうでしたか…。どうしても残念に思えてしまう私でございます。
いえ、ユリ様がご回復なされたことはとても喜ばしい事なのですよ。
「私の命が絶対大事だってカエデは言ってくれる。カエデは、帰ってきたのが絶対正しいって断言する。私も、お陰で助かったから、嬉しいよ。戻ってきてくれて良かったと思ってる。でもね、エルフ王子の事を何かのキッカケで思い出しては、カエデはものすごく分かりやすく落ち込む。それ見るたび、申し訳なく思った。…ほら、カエデって、思ってる事、顔とか行動に出るよねぇ?」
「そうでございますな」
私も思い出して頷きました。確かに、すぐ顔が赤くなられたり、または表情を崩して大泣きされたり。
「カエデが呟いたことがあって。『ものすごくお世話になった人たちを裏切ってきた』って言った。打ち明けもしないで『憩いの水球』を盗んでしまった、って、言った。うん、結局、カエデたちがやったことは、盗みだった。ただ…カエデには打ち明けられない事情があって…というか…意気投合した協力者のためにも、言えなかった」
「・・・」
「カエデね、『もう絶対に顔を合わせられない』って言ってた。ねぇ、セバちゃんは、カエデに会いたい?」
「はい。私はとてもとても、お会いしたいです。私は、ユリ様の噂に、ひょっとしてカエデ様の事なのではと思いました。それで、お会いしたいと思い、ここに来たのです」
「うん、そっか。…ありがとう」
ユリ様は安心した微笑みで、私にお礼をおっしゃいました。ユリ様もご友人想いの方なのだと、私は思いました。
「さて、それで」
とユリ様は一呼吸入れて、仰いました。
「私、今も病院に通ってるんだけど、検査中とかに『知らない場所の光景』がまるで映画みたいに頭の中に浮かんでくる事があるの。魔法の品を私に使った影響ぽいよね」
「そうなのですか…。はい、影響の可能性がございますね」
ユリ様は『憩いの水球』の水を使用された方ですから、あの品とつながりを持ったのかもしれません。
「『憩いの水球』がどう使われて何が起こったか、とかが見えたみたい。何か見えるたびにカエデにも報告したんだ。ところがさ、だんだん見える様子が雰囲気悪くなってきて。『憩いの水球』は悪いことに使われちゃったんだなって思った。カエデと私で心配しまくった」
「・・・」
「カエデが会った、知らない男の子というのは、リューの事だよ。リューはすごく真面目で賢い。ただ、子どもだったんだ。リューは、自分の国の事だけではなくてもっと広く世界を見るべきだって思ってた。その通りだよね。リューは砂漠の国が貧しい事を心配して、生活を豊かにするにはどうしたら良いか考えてた。そして、『憩いの水球』ってお宝にたどり着いた。リューはそれが砂漠を救うと真剣に思った。でも、親に言っても聞いてもらえなかった。隣の国の話だからって」
ユリ様は一度言葉を切ってから、またお話を続けられます。
「そんな時。カエデがリューのところに現れた。カエデとリューの手に入れたいものは『憩いの水球』で同じだと分かった。それで二人で協力しあって、結果、『憩いの水球』を手に入れることができた。カエデは私のために作った魔法の品を持って帰ってきて、私の目を覚まさせた。リューは砂漠の国に『憩いの水球』を渡した。それで砂漠にも緑が生まれるでしょう、国は豊かになりました、めでたし、めでたし。そう思った。だけどさ、リューの方は、うまく行かなかった。砂漠の国が、豊かになって戦争をしかけてくるなんてね。リューの純真な気持ちを利用した。酷くてずるい、許さない」
ユリ様は最後に表情をきつくなさいました。
私は、なるほど、と思いました。
リューエア様がなぜ憩いの水球を欲されたのか。そして、なぜ隣の国に渡ったのか。大まかな理由が分かったからです。
そしてやはり、リューエア様がカエデ様から『憩いの水球』を受け取ったので間違いありませんでした。
受け渡しの具体的な方法が掴めず、証拠を持って追い詰め捕えることが出来なかったのですが。けれどユリ様が証人になって下されば捕える事ができるかもしれません。…ユリ様が私たち側に協力くださる気はしませんが…。
ユリ様のお話は続きます。テントの外も、まだ騒がしいままです。時々、テントが大きく揺れる事があります。
「ある日、はっきり、リューの様子が見えた。リューも戦いに行かなくてはって状況で。リューの顔色も酷くなってた。私はすぐにカエデに連絡とった。それで、二人で試す事にした。カエデが『知らない場所』に行った場所で、必死に祈ったんだ。今度は二人で行けるんじゃないかって期待して。私たちを助けてくれたリューが大変です、私たちはリューの力になりたいです、って人生で一番真剣に祈った」
ユリ様はまたニッコリと笑んでお見せになりました。
「そしたら、来れた」
「はい?」
私、思わず尋ねてしまいました。
ユリ様は、美しいお顔で私の顔をじっと見上げて仰います。真剣なお顔付に戻っておられます。
「リューの危機だ、駆けつけたい、と願いました。そうすると、あら不思議。私とカエデちゃんは、二人そろって、知らない場所におりました。…正直、私、びっくりした。カエデのいう事を疑うわけじゃないけど、実際、何言ってるのかなと不思議にも思ってた。でも、本当に知らない場所に来ちゃった。ここは魔法もあるし、異世界だった」
異世界? 別の世界から、ユリ様とカエデ様は来られたと仰っているのでしょうか?
そんなまさか。
「うん、ごめんね気にしないで。さて、出た場所はリューの家だったから、すぐリューに会いました。そして私とカエデもリューについて戦争に行くことにしました。だって、私たちが関わったことで起こった戦争でさ、行かなきゃっならん! て思った」
「…ユリ様にこの戦争の責任はあるでしょうか?」
私はお尋ねしました。なぜなら、ユリ様は直接、憩いの水球を持ち去る事に加担されておられませんから。ユリ様のためにカエデ様が動かれましたが、ユリ様が命令したことでも無いのです。
「私のために動いてくれたんだ。だから共犯」
ユリ様は私を睨むように仰いました。
「…いえ…今は置いておきましょう。申し訳ございません、お話の続きを」
「うん。私とカエデに、リューはお宝を選ばせてくれた。少しでも安全になるようにって。私が選んだのはこれね。カエデは、モグラのモグちゃん」
ユリ様は、金の大鎌を指してご説明くださいます。
「カエデは、『エルフに似てる』って言って喜んでた、モグちゃん」
「モグラ…? …王子は、モグラに似ておりますでしょうか?」
「似てない…と私は思う」
ユリ様はちょっと笑われました。
「でも、カエデは抱きしめて喜んでたけど」
「そうでしたか…」
それは微笑ましい事ですな。王子に言ってみると内心喜ばれるかもしれません。いえ、モグラのところに『似てるか?』と引っかかられる可能性もございますなぁ…。
「それでね、私たちは、同じ『祝福☆農耕シリーズ』のお宝の持ち主になったから、少しお互いの無事とか分かるんだ」
「そうなのですね・・・」
ユリ様は仰いました。
「それでカエデの話」
「はい」
「カエデ、今、『憩いの水球』を掘り返して取り返そうと、敵地に行ってる」
ユリ様は真顔で仰いました。
「セバッちゃん、『憩いの水球』の事、ごめんなさい。でも、どうしたら、早く収まるだろう。どうか力を貸して。お願いだ、リューもすごく真面目な良い子だよ。ごめんね、一生懸命、隣の国だけど、貧しくて困ってるのをどうしたら良いのかって考えて『憩いの水球』にたどり着いた。大人に言っても動いてくれなくて悩んでた時に、カエデが現れて、カエデも『憩いの水球』を必要とした。だから、二人で『憩いの水球』を持ち出した。リューはものすごく頭の良い子だけど、でも子どもだからおバカなんだよ、ごめんね、あのさ、お願い、助けて貰えませんか」




