1.王子、いきなり失恋からのスタート
「断られた… 振られた… 」
装飾に趣向を凝らした部屋の中央で、エルファンド王子は呻きました。
部屋の上質さと豪華さをも上回る気品と容姿を持っておられる、私の仕えるお方でございます。
私、エルファンド王子の執事をさせていただいております。名をムソンルージと申します。齢は65。
溢れる慈しみの愛を持って、王子のお役に立てればと願っている爺でございます。
「ムソン。私のどこがいけないのだろう…」
エルファンド王子は、ご傷心のあまり、部屋の装飾品のように邪魔にならぬよう立って控えております私にお声をおかけになりました。
王子の悲痛なお言葉に、この爺の胸にも辛いものがこみ上げてまいります。
えぇ、えぇ、貴方様とあろうお方が、側室候補の娘さんにあんなにあっさりお振られになるとは。
爺の心も痛うございます。私は黙礼を王子に返しました。
人の心は、いかに王子が王子と言うお立場をお持ちであっても、自由にできるものではないのでございます。
聡明な王子は、それをこの件で学んでくだされば、と、この爺は思いますぞ。
王子は、無言で控える私にまた悲しげな視線をチラと向けてから、嘆息されました。
「なぜ… どうして、私の側室にと来た人なのに…。どうして、振られなきゃならない…」
おや。そのお嘆きはごもっともでございます。
***
王子の損なわれた機嫌を修正するべく、私は王子の好物の品をご用意いたしました。
「エルファンド王子。レモンパイでございますよ。どうぞお召し上がりください」
「・・・いらぬ。爺、私はもう21歳だぞ? なぜレモンパイなどで機嫌を取られなければならぬ」
そういう王子のご様子は、とても21歳とは思えません。口をとがらせて、椅子からずり落ちそうな姿勢で座っておられます。つまりご機嫌が悪いのです。
「あぁ。カエデはどうして私に振り向いてくれないのであろうか。爺、何かしらアドバイスはもらえないか?」
「この爺が、エルファンド王子に色恋でお教えできる事などございません」
「そんなわけないでしょう!!」
王子は急に椅子から身を起して仰います。
「爺、頼みがある、カエデはどういう男が好みか探ってきてはくれまいか?」
そういわれましてもなー。
そんな私の対応が気に入らないと見え、王子は椅子から立ち上がり、この爺にすがりつくように訴えてこられました。
「あなたが頼みなのだ! 私とカエデの仲をなんとか取り持ってもらえないか!」
困りましたなー。
王子にこう頼まれると嫌とは言いづらいですな。
「とりあえず、レモンパイは下げさせていただきますね」
「え。なぜだ」
「先ほど『いらぬ』と答えられましたので」
私がにっこり諭すように微笑むと、王子はとても寂しそうなお顔をされました。
***
「カエデ様。レモンパイをお持ちいたしました。お召し上がりになりますか?」
私は、カエデ様のお部屋をノックいたします。
ちなみに王子から下げたレモンパイをそのまままるっと流用しております。
「え、レモンパイ? わー、食べる食べる! セバスチャン、さっすが執事ぃ!!」
カエデ様自らが扉を開けて迎え入れてくださいます。カエデ様つきの侍女はいったい何をしているのでしょうかな?
ところで、カエデ様は、なぜか私を、セバスチャンと呼ばれます。本名と全く異なっており困惑してしまいますが、カエデ様にとっては、執事というものはセバスチャンと呼ばねばならないそうでございます。
「どれ? あ、うまそう、手づかみで良いよね、あー」
「お待ちください、私共をお部屋にいれていただいても?」
我々は部屋の外にいます。別にその事は構いませんが、部屋の外、つまり外の人の目がある状態で、カエデ様に手づかみでものを食べていただくわけには参りません。
「あー、ごっめんごっめん! 入ってはいって、セバっちゃん!」
部屋に入った途端、カエデ様は、私の後ろのメイドが運びますワゴンを素早く迎え、
「いっただっきまーす☆」
ととても上機嫌で、レモンパイを手づかみでワシっと口に運ばれました。
礼儀作法を根本から無視したふるまいに、ワゴンを押していたメイドが息を飲みます。声を出さなかったのは良しとしましょう。
「うまー!! レモンパイうまー!! セバスチャン、これうまー!!」
「お褒めいただき、光栄でございます」
このレモンパイは、代々王家に仕える執事である、私の家に伝わる秘伝レシピを元に作られているものでございます。
***
カエデ様はモッシャモッシャと、運んできたレモンパイをたいあげた上、ゲプっと息をお吐きになりました。
そのまま、手づかみであったため、ベタベタになった手をドレスでおふきになろうとされるのを、さっとハンカチをお出しして阻止いたします。
カエデ様は差し出したハンカチに気づいてにっこりとほほ笑まれました。
「サンキュー、セバッちゃん、執事やるねぇ!」
「お褒めいただき光栄でございます」
後ろのメイドがワナワナ震えだすような気配がございました。これはいけません。メイド失格ですな。
私はスっと後ろのメイドに下がるように目で合図いたしました。
そのうえで確認いたしましたが、カエデ様についているはずの侍女の姿が部屋にありません。
「カエデ様、お世話をするものたちの姿が見えませんが、何かございましたか?」
「あー。べっつにー。うっとうしいから出てってもらった」
カエデ様は事もなげに言いました。
困りましたな。
貴方様は王子の側室候補にと推薦され、館に迎えられた方ですのに。
普通なら困ることはございませんが、何が困る原因かと言いますと、エルファンド王子が、カエデ様を側室に迎えたいと思っておいでのようなので、礼儀作法をさりげなくお教えする侍女たちをお傍においていただければ…と思っているのでございます。
***
カエデ様は不思議な方でございます。
力あるメドオール家の推薦を受けながら、礼儀作法など全く備えておられません。
なぜメドオール家がカエデ様を推薦したのか分かりかねます。
いえ、カエデ様ご自身は大変愛らしい魅力にあふれた方でございます。
立ち振る舞いは粗野ながらも、にっこり大口を開けてお笑いになる様は、飾らない幼子を思い出させて癒されるとも言えましょう。
ただ前歯が欠けておられますこともあり、やはりお笑いになる時は礼儀作法にのっとって、扇で口元を御隠しになった方がよろしいのでは…いや差し出がましい口を私がきくべきではございませんな。
なお、前歯の欠けは、カエデ様自ら説明くださったことがありまして、『拳と拳で友情を深め合った証』との事でございました。詳しいことは存じ上げません。
とにかく、カエデ様は、とてもユニークな方なのです。
そこを王子が惹かれたのかもしれませぬな。身の回りにないものに惹かれるのもまた人として当然のことかもしれませぬ。
そもそも王子は、側室候補として館に召し上げられる前に、カエデ様と町で運命的に出会われたそうなのです。その出会いでカエデ様は王子の度肝を抜き、王子はカエデ様の事を気にかけるようになったとの事でした。
その事実が招いたかどうかははっきりいたしませぬが、王子が気にしておられたカエデ様は、今、王子の側室候補として館に招かれておいでです。
館に来たという事は、側室になる気があるという事。
王子はそれは嬉しそうにカエデ様が来られる日を待たれ、カエデ様が来られて数日後、シチュエーションを整えられたうえ、カエデ様に求婚されたのですな。つい先ほどの事でございます。
が。
カエデ様は
「えぇー、マジで? うわーやっちゃった私? ごめん、無理」
という感じで王子の求婚を断られたのですな。
あぁ、この爺、それまでの王子の浮かれようを間近に存じておりますので、本当に胸が痛みますぞ。
王子の意気消沈ぷりは当然のことでございます。断られるはずないと思っておいででしたからな。
私にとっても、まさかの展開ではございました。
王子、少し急ぎすぎましたかな…?
いえ、それでも、このカエデ様。
確かに、違和感だらけでございます。
なぜ、ここに、カエデ様はおいでになるのでしょう・・・
***
「セバっちゃん、あのさぁ、セバっちゃんは、私の味方してくれる?」
ベトベトになったハンカチを私に返してくださりながら、カエデ様が困ったように上目づかいで尋ねてこられました。
「私に協力できます範囲でしたなら」
私は穏やかな笑みを浮かべて返事させていただきます。
「んー・・・」
カエデ様は迷ったように視線をうろうろさせてから、私をまた見上げて仰いました。
「あのさぁ、セバっちゃん、『憩いの水球』って、分かる? それ、欲しいんだけど」
なんですと。
とは顔に出さずにおれる、齢65の執事、私の名はムソンルージでございます。
「『憩いの水球』でしょうか…陛下または皇后または王子の許可が必要な品でございますよ」
「やっぱ厳重管理されてるよね? 持ち出せないよね? あ、これ、秘密だかんね」
カエデ様は不穏な事を口にされますなぁ。とは顔に出さない私、名はムソンルージでございます。
「大変貴重な品でございますので、まずは王子に相談されてはいかがでしょうか?」
「・・・うぁー・・・」
カエデ様は、頭を抱えて髪をグシャグシャにかき混ぜておしまいになりました。
そのまま王子の部屋に向かおうとなさいましたので、問答の結果、私がカエデ様のブラウンの髪を整えて差し上げることになりました。
***
おや?
カエデ様の髪をブラッシングさせていただいているときでございます。
不思議に思いましたので、カエデ様に確認することにいたしました。
「カエデ様、髪の色が…黒になっておいでですよ」
髪の付け根は、黒色なのです。
全体的に明るいブラウンなのでございますが。
「うん。カッパになってんの。脱色できないからさ」
「カッパ、でございますか?」
「カッパは気にしないで。セバっちゃん、髪をさ、茶色にする魔法ってない? ここ」
「一時的に髪の色を変える魔法は聞いたことがございます」
「マジで!? スゲー魔法! やってやって! 脱カッパ!」
「申し訳ございません、私には出来かねる事ですので、その魔法を使うものを探させていただきます」
「サンキュー、セバっちゃん!」
カエデ様が嬉しそうに笑われるのが、鏡ごしに見えますな。
私がそのまま髪を編み込み始めますと、
「わ、何やってんの、私に似合わないよー!」
と顔を赤くしてブンブン頭を振り始められましたので、編み込んだ先が手からスルっと抜けてしまいました。
残念ですな。
「似合うと思いますよ、カエデ様」
爺が素直な気持ちを申し上げますと、
カエデ様は
「えー、そっかな、そっかな」
と顔を赤らめておいでになります。
可愛いですなぁ。孫に女の子がおりましたらこういう感じになるのですかなぁ。
男子一人しか孫におりませんからなぁ。
私が微笑ましい思いでカエデ様を見ていたのが分かったのでしょう、
カエデ様は
「じゃ、じゃあ、特別に、セバスチャン、髪、やって良いよ」
とちょっとぶっきらぼうに許可をくださいました。
照れておられるのですな。
カエデ様には、性格的に微笑ましいところがおありです。
微笑みながら黙々と髪を編み込みさせていただいておりますと、
大人しくしておられたカエデ様が、
「じぃちゃんがいてたら、セバスチャンみたいかなぁ」
と仰りました。
もったいないお言葉でございます。
爺がにっこり微笑んだのを見て取って、カエデ様は仰います。
「セバスチャン、私みたいな孫、どう?」
「はい。カエデ様が孫というのは、とても幸せでございましょうな」
そう答えると、カエデ様は年相応に子どもらしいはにかんだ笑顔をされます。カエデ様は御年16歳とのことでございます。
「じゃ、孫って思ってくれていいよ」
ちょっと照れたように笑うカエデ様。
「ありがたきお言葉でございます」
カエデ様は確かに変わってはおられますが、お優しい愛らしい方でございますなぁ。
こんな孫がおりましたらメロメロでしょうな。
王子がカエデ様を好きなのはこういうところをきっと存じておられるからなのでしょう。
***
編み込みが終わりますと、カエデ様は、すぐさま王子の部屋に向かわれました。
きっと『憩いの水球』について尋ねにいかれたのでありましょう。
先ほど求婚を断ったばかりの相手を尋ねていける勇気。なかなか真似できる事ではございますまい。
または。それほどまでに、『憩いの水球』が必要である、という事でもありましょうな。
ひょっとして、カエデ様が側室候補としてこの館に来られたのは、それを求めての事なのでしょうか。
もしそうなら、カエデ様が『憩いの水球』をお求めになるのはどうしてでしょう?
疑問ばかりが浮かびますな。
***
『憩いの水球』。
それは、水源を確保するために重宝する品でございます。
水が枯渇している場所にこれを埋めますと、『憩いの水球』が活性化し、そこに池を生み出し、その事で緑をも生み出すことができるものです。
超貴重品です。
地理や気候さえ変えかねませんので、国で厳重管理しております。
天災など、渇水時に国王一家の誰かの許可を持って、使用できるものです。
そして、決して有名ではない。
秘宝のため、皆には知られていないはずなのです。
私は立場上、それを知っておりますが…。
なぜ、カエデ様が?
礼儀作法をまったく知らないカエデ様。
おそらく、本来は貴族の出ではありますまい。
時折不思議な言葉も使われますので、そもそもこの国の民ではない可能性が高いです。
それなのに、なぜこの国の秘宝を?
しかも、私に軽々しくその名前を打ち明けるところを見ると、重要であることは知っているけれど、どこまで重要かはよく知らない、という印象を持ちます。
とにかく、ワゴンの後片付けで遅れを取ってしまいましたが、私も王子の部屋に参りましょう。
二人の会話の行方を見守ろうと思いましてございます。
***
私がお部屋に向かいますと、部屋の前で、メイドたちが待機しておりました。
という事は人払いをされているのですな。
ならば私も待機した方が良いでしょう。
待つこと数十分…。
キィ、と扉が開き、カエデ様が部屋から出てこられました。
「あ、セバっちゃん」
「・・・ムソン?」
カエデ様を見送られたのでしょう、王子もおられて、私の名前を訝しげに呼ばれました。
えぇ、王子。私の名はムソンルージですとも。
「ムソン、これからカエデに城内を案内する」
王子は大変嬉しそうにお話になります。
「さようですか。かしこまりました」
私は頷きました。どうやら、カエデ様と少し仲良くなられたご様子…。
…大丈夫ですかな。
先ほど求婚を断られて嘆かれていたのにこのように急に仲良くなるというのは少し不穏な…。
なんだか爺は心配してしまいますな。
「ムソン、ついてこないでくれ」
歩き出したお二人の後をしずしず歩き出した途端、王子に止められてしまいました。
「はい」
心配していることを顔に出さずに返事をいたします。
ちょっと拗ねたような王子の隣に、カエデ様がニッコリと歯を覗かせた笑顔をくださいました。
うーん、何やらやはり心配なのですが、爺は見送るしかないようです。




