鬼と虎
「姫さま、ここは私にお任せを」
刃良はひとり、鬼がいる断崖の下に足を進めて名乗りを上げた。
「青鬼殿、私がお相手致します。ひと勝負願いたい!」
「ふん、お前のような老いぼれに何ができる!わしの相手になると思ってるのか!」
青鬼は吐き捨てるように言うと、刃良など歯牙にもかけぬ態度で見下ろした。
「ならば、実力を見せましょう」
そういい終るやいなや、刃良はあっという間に断崖を駆けのぼったかと思うと、青鬼に向かって半月刀で切り上げた。
青鬼はビクともせずに、左手に巻かれた鉄の甲手で半月刀を受け流す。
同時に、右手にもった金棒で空中の刃良の頭を砕こうと振り下ろした。
だが、刃良も空中で回転しながら、両手の甲手をクロスして鉄棒をはじいて軌道をかえ、見事に断崖の上に着地した。
まるで軽業師の曲芸を見るようだった。
「ほお、なかなか器用な技を使うな、身も軽い」
青鬼は少し感心した様子で刃良を射るようにみた。
口元がニヤけて凶暴な牙がのぞいた。
「では、これでどうだ!」
青鬼は今度は両手に鉄棒をもち、刃良に向かって振り下ろした。
荒削りのパワー頼みの攻撃に見えて、凄まじいスピードを兼ね備えた打撃だった。
とても避けきれるものではなかった。
刃良は再び、両手の甲手をクロスさせて、その衝撃を受けとめた。
おもわず足が砂にめり込む。
刃良の背骨がきしむ音が聞こえた。
「老人には酷な打撃ですな。少しは手加減してくださらぬか」
めずらしく、刃良は弱音を吐いた。
「いやいや、殺すつもりで打ったのに、なかなかおぬしもやるな」
また口元に残忍な笑みがうがぶ。
「これならどうだ!」
一瞬で金棒を引くと、再び高速の打撃が叩き込まれた。
刃良の両足がまたしても砂にしずむ。
今度は片ひざをついて、ようやく受け止めた。
刃良は歯をくいしばって、必死に耐えていた。
「ほう、これも受け止めるか、ならば……」
青鬼は三度、鉄棒を引こうとしたが、今度はその金棒が固まって全く動こうとしない。
刃良の両拳が鉄棒しっかりと捉えていた。
修験道を起源とする「志能備」の金剛術の一種である。
一瞬、筋肉のリミッターを切って、怪力を生み出す秘術と言われる。
「おぬし、八咫烏の者か?」
青鬼の顔に驚きの表情が浮かんでいた。
「別名、猿田彦とも申します」
「なるほど、道理で『志能備』の術を使うわけだ」
青鬼は不敵に笑いながら満足そうな顔をした。
燃えるような黒い目が興味深く細められた。
「面白い!わしも本気をだすとするか」
青鬼の両腕の筋肉が異常な盛り上がりをみせた。
青い胸板もひとまわり大きくなったような感じがした。
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