イザナミ島
「刃良、イザナミ島って誰か住んでるの?」
ひかり姫は舟に揺られながら、守り役の刃良に話しかけた。
彼はその名のとおり、虎のように白と黒の髪がまじった老人だったが、背筋せすじはすっとのびていて、がっしりとした体のもちぬしだった。
背中に半月刀をせおい、戦支度のくさびかたびらを身にまとっていた。
ひかり姫の左目は神秘的な青色の光をやどし、右目は翠色のはずだが、今は白い布が巻かれて手当てがされていた。
先日の都の七隻の軍船との戦いで、「五色龍の力」を使いすぎて負傷しまっていた。
当分、その力も使えそうになかった。
白銀の髪に、白い着物を身にまとっていて、綺麗な青い勾玉の首輪、両手に金色の鈴がついた腕輪をしていた。
背中には朱色の矢筒と白い羽の弓矢、腰には直刀を下げていて、やはり、戦支度のようだった。
「姫さま、イザナミ島は別名『鬼ヶ島』とも言われていて、『鬼』が住んでるようですよ」
刃良はしらっと答えたが、なかなか危機的な状況だとひかり姫は感じていた。
特に予知があるわけではなかったが、一難去って、また、一難の予感がした。
月読は相変わらず、海が珍しいのか、水面に手を入れて遊んでいた。
ひかり姫の青い左目の神秘的な治癒力の副作用か、黒色から青色に変わった左目が気に入ってるようだった。
黒く短い髪で右目は黒く、小柄で華奢な体だった。
父親が遺してくれたボロの上衣と毛皮の腰巻姿は猟師のようだった。
ただ、都の軍船との戦いで、自分が「時間停止の能力」を発揮したことには無自覚で、その力をコントロールもできなさそうだった。
「それは困ったわね。『鬼』って、具体的にはどんな感じなの?」
「姫さま、それは私にも分かりかねます。おそらく、化けものではなく、海賊か何かの人間だと言われています。できれば、私もそう願いたいものです」
「……なるほど、私もそう願いたいわね」
ひかり姫は眉をひそめた。
青い左目に島の姿がしだいに大きくなってきていた。
周囲はごつごつとした岩か、断崖で囲まれていて、遠くに小さな浜辺は見える。
その時、風切音がして、小舟の帆柱に、黒い矢が刺さった。
「あらら、私たち歓迎されてないみたいね」
ひかり姫の言葉には緊迫感が全くなかった。
「そのようですね」
刃良はのんきに答えた。
その黒い矢が合図だったのか、無数の弓矢が小舟に向かって、一斉に飛来した。
舟の舳先にいた刃良が、半月刀で器用にその矢を叩き落とす。
後ろにいるひかり姫や、最後尾の月読には矢は一本も届かなかった。
さすが、守り役である。
「月読、危ないから、こっちに来なさい」
「ええ!」
ひかり姫は月読を抱きよせて、自分のひざの上に座らせた。
刃良を完全に信頼していたし、矢除けの祝詞も唱えていた。
「姫さま、このまま、あそこの砂浜に向かいます。舵を切ってください」
飛来する矢を払いながら、刃良が言った。
「その前に、一矢、あそこに射てみるわ」
ひかり姫はイタズラをする子供のような瞳をしていた。
岩陰の弓矢が飛んでくる場所を指さして、朱色の弓を構えて、白い矢をつがえた。
鏃は通常のように尖っていなくて、卵形のものになっていた。
「あれ、をやるのですね」
刃良は振り返りもせず、ひかり姫の意図を読み取った。
おそらく、人の悪そうな笑みを浮かべているにちがいない。
極限まで引かれた朱色の弓の弦が、低い音を放って矢が放たれた。
敵の潜む岩陰の上に達すると、閃光と爆音が響き、火薬が爆裂した。
次々と、敵の悲鳴が上がった。
雷矢と呼ばれる、火薬を仕込んだ特殊な矢だった。
光と音も派手だが、爆薬入りなので、それなりの殺傷能力も備えていた。
しばらく、混乱状態が続くはずである。
その隙に、ひかり姫たちは砂浜に辿りついた。
「さて、これからどうしましょうか。姫さま」
刃良は油断なく周囲に目を配りながら砂浜に降り立つ。
ひかり姫は、月読の手を引きながら、それに続く。
敵の弓矢隊はまだ、回復しそうもなかったが、あまりにも静かすぎる。
嫌な予感がしたひかり姫だったが、それはすぐに現実になった。
「お前らは、何者だ!」
凄味のある声が響いた。
声の主は砂浜から見上げるような断崖の上にいた。
頭にふたつの角をもち、顔と肌は青色で、上半身は裸、毛皮の腰巻をしいる。
遠くからも、かなりの巨体であることがわかり、右手には金棒のようなものをもっていて仁王立ちしている。
目は爛々と輝いていて、口には凶悪な牙のようものも見えた。
「鬼が、でちゃったわ!」
さすがのひかり姫も少し口をひらき気味で驚いていた。
「そのようで……」
刃良もあきれて、言葉に詰まっていた。
「鬼さん、こちら!手のなる方に!」
月読だけは、のんきに唄を歌いながら、手を鳴らしていた。
なかなか危機は去らないと申しますか、「月読とひかり姫」一行の冒険ははじまったばかり。必殺の「五色龍の術」も使えないし、白兵戦必死ですが、さてどうなることやら。そういえば、節分も近いですね。