有力な情報
次の日、私は地道な聞き取り調査をしていた。事件は行き詰まりを感じていて、目撃者の情報でもない限りは手詰まりのように思えた。
そんな私に向かって走ってくる人物がいる。
「あの、楠本さんの事件について調べているのはあなたですか?」
女子社員である。
「なにか、知っているんですか?」
私は嬉しくなって、尋ねた。
「いいえ」
がっかりした。
「九条文美さんでいらっしゃいますか?」
「はい」
「冴部紗秘書がお呼びしています」
女子社員は何の迷いもなく言い切って、去って行った。
社内ではいいんだろうけれど、その敬語は使い方が違う、と思う。
「こんにちは、九条です」
「どうぞ」
奥のほうに通された私は瞠目した。
部屋の様子が変わっている。前よりも綺麗になっている。
「会社のほうが助かりそうな流れになって、時間ができたので、掃除してみました」
「会社、もう大丈夫なんですか?」
「ええ。なんとか」
「よかったです!」
どことなく漂っていた匂いもない。
「そちらはどうですか? よければ、お手伝いしますよ?」
「そういうわけには……」
「そうですね。もう、五時間ほど立っているのが見えたんで、日射病にならないうちに声を掛けただけです」
「そうだったんですか。お気づかいいただいて……」
「いえ。昨日は助かりました。沈み込むとどこまでも行ってしまう人間なんで。でも、昨日は早めに復活することができました」
「お役に立てたのならよかったです」
そう言ってから、彼の机に不思議なものがあるのが目にとまった。
「冴部紗さん。甘いものは苦手なんじゃなかったですか?」
クッキーらしきものが袋に入れておいてある。プレゼントなら良いが、そうでないなら嘘ついた可能性も考慮に入れなくてはならない。
「ああ、これは……」
言いかけた時、私の携帯が鳴った。
「どうぞ」
「すいません。では、失礼して」
電話の相手は野江木だった。
「鑑識の結果がでた。事件とかかわっているかわからんが、あのビスケットは……」
私は目を閉じた。
今まで見てきたことを克明に思い出し始める。
「……つながった」
「九条?」
「警部、至急調べなくてはいけないことがわかりました」
「手伝いは何人いる?」
「五人欲しいです。ビスケットの出どころもわかります!」
「わかった。適当なのに連絡を取れ。九条への協力を優先させる」
「ありがとうございます」
私は電話を切った。
そして、冴部紗かゆらを見つめた。
「事件はすべて解けました」
冴部紗かゆらは興味深そうに眼を細めた
――彼もまた、被害者だ。
・
数時間後、かゆらは叫んでいた。
「頼む! 頼む! 助けてくれ!」
恥も外聞もなく、彼は助けを求めた。