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私の妹

「冴部紗さん、いらっしゃいますよね? 冴部紗さん。冴部紗さーん! 出てきてもらえませんか? 冴部紗さん? 冴部紗さん!!」

 ああー、もう!

 私は脱力感を感じた。

「出てきませんね」

「まさか、立てこもるなんて」

「警部たちに連絡しますか」

「もうちょっと、粘りましょう」

 そういいながらここだけ聞くと、冴部紗かゆらは犯人で、刑事が現れたので逃げて立てこもり中というように聞こえるなーなどと現実逃避を兼ねて考えてみる。

 もちろん、そんな話ではない。

「……でも、これだけ人見知りなら、能力があってもそりゃあ、社長にはなれないですよね」

「それは、別に私たちが決めることじゃないと思います」

 冴え部さを軽んずる発言に聞こえた。それは、だれ相手にだれが言おうといい気分にはならない。本当は、あまり許したい発言でもない。

 険しい顔になっている自分が窓ガラスに見えたので、ちょっと目頭を押さえる。

 冴部紗かゆらは極度の人見知りらしかった。彼には十分大勢の捜査員に圧倒されて、逃げ出して現在CCD株式会社本社最上階ゼロ秘書ルームにて引きこもり中である。なんとなく、デジャビューだ。本堂慶介も前はよく閉じこもって私に合わなかった。彼の場合、理由は人見知りではなかったようだったが、そう言えば、なんで閉じこもっていたんだろう。

「出てこないと事情聴取は無理ですよね」

「電話とか……?」

 冴部紗が人見知りだと分かったので野江木警部たちとは一階で別れ彼の許容範囲である二人という条件の元、一度話した私と年の近い新人刑事小野田とともに来たのだが、不謹慎な言葉が多すぎる、一応気を使ってはいるようだが思っていることは何かのはずみで出るものだ。野江木は無理でも穏やかな北畝ならよかった。刈羽先は……感情を隠す気がない分余計に始末が悪いかもしれない。

「電話は微妙に笑えないですよ」

 だからその口を慎んでほしいんだって。

「冴部紗さん、こんにちは! 昨日もお会いした九条文美です。大勢はいませんよ。私と、小野田の二人だけです。小野田も私も二十六で、冴部紗さんとひとつ違いなんですよ」

 ダメかな……本当に電話……。いや、電話にも出てくれないかもしれない。

 諦めかけたとき、オートロックが開いた。

「冴部紗さん? 入りますよ?」

 返事はない。

 けれど、開いたのだから入ってもいいという合図なんだろう。私は小野田と目配せして中に入った。

「・・・た。うかつだった。まったくもってうかつだった。失敗した自分を僕は呪う」

「冴部紗さん?」

「慢心していた。調子に乗っていた。自分の能力というものを過信していた」

「どちらにおいでですか?」

 こんなことなら、行きたくないらしい野分に頼み込めばよかった。何も知らない私よりは、どうしようもないと言っているとはいえ、経験もあり付き合いも私たちよりは長い野分の方が冴部紗を落ち着かせることができるのではないだろうか。

 冴部紗は中央の部屋で毛布にくるまっていた。ベッドがあるところを見ると会社で泊まるときに使う部屋かもしれない。しかしひどく散らかっていて、足の踏み場もなく、どことなく異臭がしている。

「冴部紗さん……すみません。大人数が苦手とは思いもよらなかったんです」

 昨日会ったときは変わり者だとは思ったけれど、そういう人もいるかぐらいにしか思わなかった。そう考えるとこれは、私のミスでもある。

「別に……あなたのせいでは。最近、調子がよかったんで、大丈夫かな……、なんて調子に乗ったことを言った僕が……いえ、私が悪くって、自分の限界に線引きができないなんて、なんて軽蔑すべき……恥ずべき自分だ……」

 丸まっていると昨日の有能そうな雰囲気は微塵もない。

「人が大勢いると、怖いですか?」

 だとしたら、何かトラウマがあるはずで、そういうトラウマを作ったのはきっと私たちのような人間だ。

「……む、かし、名前をさんざんからかわれた記憶がどうしても抜けなくって、本当に、手間をおかけして」

「手間なんかじゃありませんよ」

 とても、繊細な人間であったというだけだ。

「ご両親がつけられたんですよね? どんな方達ですか」

「もう連絡は取ってないんで今は知りません」

「そう、ですか」

 私には連絡の取れる両親がいないので、ぜいたくにも聞こえるが、それは人それぞれだろう。

「……そこの椅子、使ってください。話があるんですよね?」

「ご加減がよくなるまで待ちますよ」

「治るものじゃないですから」

「それじゃあ、椅子をお借りします」

 茫然としている小野田を放って、私は椅子に座った。こういうのは流れだ。

「……頼まれたあれが必要な資料だったんだから……。とすると、犯行日時は四日前から三日前にかけて」

「はい、そうです。冴部紗さんはどちらへおいででしたか?」

「この部屋に居ました。……やることをもらえてるんで」

「そうですか。それならここの防犯カメラで確認できるかもしれないですね」

 冴部紗は右腕を伸ばす。

「あちら、ですか?」

「非常階段があります。この部屋には私の希望で防犯カメラを仕掛けてないんです。もちろん、部屋の外にはありますが、非常階段のほうにはありません。人目も付きにくいですし、見つからずに簡単にここを抜け出せます」

 冴部紗のゼロ秘書ルームに続く階段はどうやら三つあるらしい。一つ目は昨日私が使った、社員たちも利用できる階段、二つ目は先ほど使って上がってきた社長室を通って入る階段、三つ目が非常階段というわけだ。

「でも、非常階段にカメラがないのは防犯上危なくないですか?」

「内側からは誰でも開けられるようにしてます。災害時に開かないのはまずいんで。でも、非常階段からこの部屋に入るには静脈認証が要ります。私と社長と野分さん以外が外から開けようとしたら下の階の警備員に連絡が行くので犯人は部屋へも入れず袋の鼠です」

「それなら、安心ですね」

 しかし、冴部紗のアリバイも証明できない。

「後二、三聞きたいことがあります。冴部紗さんは甘いものはお好きですか?」

「……ケーキを食べたら吐く自信がある」

「甘いものはお嫌いですか。では、楠本さんは、どうですか?」

「さあ、お菓子を食べてるところは見なかった」

「子供は好きそうでしたか?」

「……無知の知? はっ。そんな高尚なものを理解している人間がごろごろいるわけないだろ。子供は泣きわめくだけだから嫌いだ……とか言ってましたけど」

「……参考になりました」

「そうですか」

 冴部紗は毛布は離さないままに、立ち上がった。

「……そもそも、私に楠本のことを聞くのは筋違いですよ」

 彼は部屋を出ていく。私はその後を追った。

「社長は高い場所が苦手だそうですね」

 窓ガラスに映る冴部紗の曇った表情を見ながら、私はできるだけ明るい調子で言った。

「ええ……、でも僕には何がダメなのかよくわからない」

「冴部紗さんの部屋は社長室の近くじゃなくてよかったんですか?」

「……重要な書類を一階に置いておくのはまずいんで。より盗まれやすくなるでしょう。それに……私は高いところが好きだ。こうやって下を眺めていると他の人とはるかに長い距離があるように思えて安心できる」

 悪そうだった顔色に赤みが差し始める。

「冴部紗さん、あまり楠本さんの私生活などに関わっていないのはわかりました。でも今は少しでも情報が欲しいんです。楠本さんにお菓子を送る相手がいたなどのことは知りませんか? たとえば、婚約者など……」

 たぶんこのようすだと知らないという答えが返ってくるんだろうなとばかり思っていた私は、だから驚いた。

「お菓子を送るかは知りませんが」

 そう前置きして、冴部紗は言った。

「楠本の婚約者は私の妹です」

「ああ、そうです……か? 妹さん?」

「冴部紗日和。私の唯一の妹です」

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