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これは本堂慶介の事件なんですから

「その早計な男というのが被害者の楠本でした」

「まてまて、彼の上司は営業の西野だろう」

「冴部紗さんが頭を冷やせと、営業には何も知らせず送り出していたようです。社に損失を出したのは彼ですが、額は楠本一人から回収できるようなものではなく、それならばいっそ能力はあるのだからしばらくは会社においておこうという算段です」

「そうか、しかしこれで楠本を殺害する動機が判明したわけだ」

「楠本がほかに誰かに恨まれていたこともなさそうなので、有力でしょう」

 私は所轄での上司野江木に一連の調べを話した。野江木は本庁配属のときの私の上司池沢の軽薄さとは裏腹に渋い中年刑事だ。頑固一徹な真面目な刑事だが、私は今のところ彼とうまくやっていると思っている。野江木の方は地道な下調べを終えて来たところだった。私の方はそのメンバーとは別で動かしてもらっていて、先程野江木の車に乗ったところだ。

「で、株の失敗を知っていたのが、社長の古賀真平、秘書左部冴かゆら、同じく秘書の野分達行だな」

「それと被害者の家族も含まれますね」

「あー、あと楠本が話してたっていう彼女な」

 野江木は額に手をやった。

「婚約していたらしいから裏切られたと思っていてもおかしくないだろう。なにせ、株の損の一部は彼の借金だ。もしそれを隠していて、ばれたのなら十分な動機になる」

「ですが、結婚はまだですし、騙されていることに気付いたら縁を切るだけで済んだと思います。動機としては不十分では?」

「まあ、そういう考えもあるな。だが、他の刑事たちも違うようだ。悔しさのあまり思い余ってとも考えられる」

「そうですか」

 自分はまだまだだなと私は頭を振る。

「まあ、あまり気を落とすな。これは人間性の問題だ」

「いえ、もっと勉強します」

「……ほんと、元本庁配属だとは思えねー素直さだよな、お前は」

 野江木に私は頭をうりうりと撫でられた。



 ・



「という訳で被害者の体にあった噛み傷は予想通り犬のもので犬種はダックスフントだという鑑識の結果がでました」

 捜査室に戻り、会議室で他班の調べた報告を聞きながら、私はくるりと鉛筆を回す。

 被害者楠本は自室のリビングで横たわっていた。足には犬の噛み傷が、後頭部には致命傷と思われる打撲があり、倒れた後を更に凶器のゴルフバットで殴り付けられている。このゴルフバットは被害者の私物で楠本の指紋が見つかった。

 そして、あろうことか本堂慶介の指紋も。

 これが、本堂慶介が最有力犯人候補の訳だ。

「…………」

 ――頭が、痛くなってきた。

 本堂慶介が事件を呼ぶのも毎回のことで、私以外の捜査員もまたかーという感じは出しているものの殺人事件となると話しはいつも以上に難しい。普通、捜査では容疑者の関係者は外されるものだが、本堂慶介は捜査官全員と親しんでいる状況だ。しかしさすがに他の捜査官と総入れ換えはできない。というか、一課から始まって警察署の各部所にお世話になっているのが、本堂慶介という男なのだ。総入れ換えとなると、他の地区の警察官を呼ばなくてはいけなくなる。

 そこで、いくら親しくても私的感情を挟まない。そう捜査官全員は肝に命じて捜査するのである。その反動で、本堂慶介への捜査はいつも厳しい。程度にもよるが今回は第一容疑者なので、特に厳しい。任意での取り調べは普通取り調べ室で行われるものなのだが、彼は既に留置場の中である。留置官は直接捜査とは関係ないのでそのほうが良いだろう、という判断だった。捜査官は面会室でガラスの壁越しに取り調べを行う。正直、そこまでしなくても良いのではないかとも思うが、少しでも捜査に私情を挟んだとしたら捜査の正当性が疑われる。それは引いては本堂慶介が本当は犯罪者なのではないかという可能性を残すことになるのだ。それは許せない。本堂慶介としても無罪放免されれば他はどうでもいいというスタンスだ。それはそうでも思っていなければやっていけないと諦めているのかも知れないが…。とにかく、迅速に真犯人を逮捕しなければいけない。

「自分は被害者の故郷へ行ってきました。母親は他界していて、父親の方は足腰立たない様子です。老人ホームに入っていたので、外出について施設の方にも聞いてみましたが、入所後一度もホームを出たことがないそうです。また被害者も訪ねに行ったことはないようです」

「まったく、親不幸な奴だなー。それで、そういえば菓子の方はどうだった?現場に山と積まれてたビスケットだかなんかは」

 野江木が尋ねたのは被害者の部屋にあった大量のお菓子のことだった。動物の絵の包装で一枚ずつ包まれたビスケットが紙袋いっぱいに入れて置いてあった。とても一人で食べきれるとは思えない量だ。

「紙袋にも包装にも店のロゴが入っていなかったので、お菓子メーカーに写真で当たってみたのですが、誰にもわかりませんでした」

「近所のスーパーでも同様です」

「しっかし、手作りにしちゃ丁寧な包装なんだよな」

 野江木は一つ手に取って、動物の顔の書かれた包装を眺めている。

「一つ、思いついたことはあるんですが」

 私が声を上げると、視線が集まった。

「これ、いくつか小袋で買ったものを自分で紙袋に一まとめしたのではないでしょうか」

「なるほど。それなら店のロゴやなんやもその小袋の方に印字されていて、包装にはないというのも納得できます」

 若い刑事が、感心したように呟く。

「それで?」

 しかし、肝心の野江木の眼光はまだ揺るがない。期待されているのだ。私は堂々と続けた。

「探すべきなのは菓子製造の営業許可を所有している小売店です。それも、CCD株式会社周辺と考えて間違いないと思われます」

「根拠は?」

「手造りにしては確かに凝ったパッケージです。スーパーなどで売っていないことを考えると自営業と考えるのは妥当です。また、楠本は大失敗をした後です。会社周辺から動いていないと考えるべきでしょう。今後の調査としては関係者に楠本がお菓子好きであったかを聞き、もしそうでなければ誰かへの贈り物の線を探ることも必要かと思われます」

「なるほど、さすがだ」

 ……照れた。

「みんな、聞いたな。反論があるやつはいるか?」

 野江木が一同を見渡す。

 誰も、口を開かなかった。

「よし、じゃあ瀬賀と武藤はこの条件を参考にひき続き菓子の出所を調べろ」

私は手を挙げる。

「警部、一応鑑識にも回してもらえませんか?」

「鑑識? 見たところ、普通のビスケットのようだが」

「はい。ごく普通のビスケットのように見えます。それなのに、捜査に丸一日を費やしても製造元が判明しなかった代物です。これが今回の事件のキーワードになるのではないでしょうか」


「これは、本堂慶介の事件なんですから」


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