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エピローグ 本堂慶介の宿命

 慌ただしい毎日が過ぎ去った頃、私は本堂慶介が日向ぼっこをしている顔をぼんやりと想像していた。どうしてか、目の前の観葉植物に重なって見える。

「……よいっと」

 意味のないをよっこらせの代わりにして体を起こして、カレンダーをみる。

 もう、七日だ。もう七日も経ってしまった。本堂慶介が事件に巻き込まれてから明日で、八日目。明日また、彼は何らかの事件に巻き込まれる。私の力が及ばない為に、事件に巻き込まれるまでのある意味安泰である日々の三日間も留置所で潰してしまった。

「明日……」



 翌日、朝早くに起きた私は台所に立って慣れない料理に奮闘していた。朝食は玉子焼きに失敗してできたスクランブルエッグだ。

 水筒を肩下げに入れると、準備万端に私は外に出た。

 小回りのきく赤の愛車に乗って、穏やかに発進させる。

 今日は休日だ。

 交通量は多い方だが、そこはまだ朝早いことでいくらか緩和されている。流れる車にもどこか余裕が漂う道を私は中島美嘉の曲を旅のともに北上した。

 途中、花屋に寄った。相談すると、私が求めた花は入荷までに時間がかかるそうなので、諦めた。

 そうこうするうちにナビが現在地周辺ですと告げる。

「そんなこと言わないで動いてよ! まだ、駐車場見つかってないのよ」

 これでは目的地周辺で迷子だと、車の速度を落としてきょろきょろすると山の登り口に立て看板があった。


 うさぎの森コースとある。


 路駐はまずい。


 しばらく行くと民家の敷地に一日五百円と書かれた看板があった。そこの家の人と話して車を停めた。後は登るだけだ。

 青々と繁る森の木々。透き通った空気。鳥の鳴き声が上空淡く広がって、耳を和らげる。解放された。と、身体中が歓喜の声を上げる。広く広く果てしないのどかさに胸が奥まで澄んでいく。

 しかし、安らぎに身を委ねられていたのも束の間だった。

 体の痛みに分散していた魂が戻って来る。

 動いていない方ではない。今回の捜査でも、私は歩き回った方だ。しかし、違うと言わざるをおえない。

 違うのだ。使う筋肉が。違うのだ。想像よりも山道の険しさが。うさぎの森コースなんて、ゆるふわな名前に騙された。ものすごく、キツイ。現在立ちはだかっている斜面などほぼ垂直に見える。間違えたのだろうか。正規のコースから外れて、いつしか迷ってしまったのだろうか。そうだ。そうなのだろう。ここは息ができない。

 うっそうと茂った木々の木の葉に世界は覆われて、木漏れ日がない。

 そんな連続の中に彼は現れた。

「本堂慶介!」

 彼は苔の生えた切り株の上に腰かけていたが、私の声に顔を上げた。

「九条君、痛い」

 何の事情も聞かず、彼は当たり前に私に言った。

 私は今来た道を振り返る。

「きつかったですもんね」

「いや、そっちじゃない」

「んん?」

「あっちから上がってきた」

 道じゃなかった。すでにそれは道ではなかった。藪と表現してもいい。獣ですら通った形跡がない。けれどよく見れば、地面に何かが引きずった跡や葉の乱れがあり、本藤慶介のズボンは泥だらけだった。

「一体、どうしたらそうなるんですかー!」

 私はついついキレてしまった。

 そんなこともあったものの二人して何とか山を登る。

 すると本堂慶介は何かを見つけて、とたんに嬉しそうになった。

「九条君! 九条君!」

 あんまり呼ぶのでもう一息吐きたいところを立ち上がる。彼が指していたのは看板だった。



 うさぎの森コース


 このコースは上級者向けです。老人、子供は止めてください。



 呆然とする。

「九条君、そんなに疲れて老人だなー」

 私はキッと彼を睨んだ。

「道に迷うような人に言われたくありません!」

「お、おい! 九条君! もうちょっと、休んで行こう!」

 私は彼の非難を無視して歩き始める。

 彼はきっとここに来ているだろうと、当たりをつけて来たというのに。

 やがて、犬の石造の間をくぐると墓地に出た。犬たちが眠る場所。

「……どこだろう」

 私の隣で慶介も立ち止まって、あたりを眺めた。何十、何百の墓石がある。

 私はその中の一つにあたりをつけると歩き出した。その墓石はとりわけ大きい。予想通り、それは共同墓石のようだった。名前が連なっているまだ余裕のある墓石の最後にミレニアとあった。

 さみしくないように。

 そんな願いが込められているようだった。

 慶介は隣に来てそれを確認するとリュックサックを下した。

 中に手を突っ込んだと思うと、植木鉢を取り出す。

「これは?」

「二人静の苗だよ」

 そう言われても分からない。

「冴部紗日和ちゃんは部屋にアングレカムの鉢を持っていたらしいね。あれと同じ花言葉を持っているんだ。“いつも一緒”っていうね。二人静は山に咲くものらしいから大丈夫だろう」

 そう言って墓石の近くに植える。

「成長しても、たかだか二十センチだ。問題ない」

 止める必要はないようだった。

 それを植えた後、私たちは一匹の日和の家族にしばしの黙祷を捧げた。

「それにしても、私に隠してることありますよね」

「どれのことだろう? あれこれ心当たりが多すぎて」

「冴部紗かゆらと知り合いだったじゃないですか。冴部紗日和の家に彼が行くとメールをくれたときは驚きましたけど、あなたが送ってきたのには、もっと驚きました」

「大体、見当がついているんじゃないかな? 僕は定職にはつけないダメ人間だけれどそんな僕でもまあまあ役に立てるし、僕は助けてくれ、に弱い」

「それで、目隠ししてタクシーで移動ですか? ふーん」

「不満かな?」

「最初のなぜ冴部紗かゆらと親しいのかがはっきりしてません」

「僕を雇った。彼の勤める会社の状況は僕にだけは立て直し可能だったから。それだけだ」

 本堂慶介は定職にはつけない。けれど、頭はいい。事件をひきつける体質のせいで出席日数ぎりぎりだったにも関わらず東大に合格するくらには。

「さて、帰りましょうか」

 本堂慶介の隠しごとはまだまだありそうだが、いつまでもここにはいられない。

「九条君カメの森コースがある! あっちから行こう」

 本堂慶介は走りだし……私は悲鳴を上げた。彼の足もとが崩れ、その姿が傾いで消える。慌てて向かえば三メートルくらい下に倒れている彼の姿が見えた。

「本堂慶介!」

 崖の下に呼びかけても身じろぎもしない。さーっと私の体から血の気が引いた。

 後から、私はこれが事故という事件に彼が巻き込まれたのだと回想するのだが、今はただ足を踏み外した彼のところに行くことだけしか考えられなかった。


皆様、長くお付き合いいただき、ありがとうございました。これにて、本堂慶介の事件悲哀録は終了となりますが、よろしければ次作や他の私の作品にも目を留めていただけると幸いです。


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