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犯人はあなたですが、推理ショーは開く義務はないのでカットします。

 

 私、九条文美は事件の真相に辿り着いた数時間後、冴部紗日和のもとを訪れていた。

 インターホンを鳴らすと、彼女の返事が聞こえる。

「はい」

「日々型警察署の九条文美です。先日はお世話になりました」

「……どうぞ」

 冴部紗日和の部屋は綺麗に片付いていた。

 否、何もなくなっていた。

 家具という家具。器具という器具。そして、犬も。

「別に、あなたの到来を予想してこんなことをしたわけじゃありません」

「そうですか」

 でも、私のほうは告げなくてはならない。

「冴部紗日和さん、あなたを殺人の容疑で逮捕します」

「ねぇ。ちなみに、どうしてか教えて? どうして、私が犯人なの?」

「……私は刑事です。推理ショーなんて開けないし、開く義務もないです。ただ、捜査の結果、あなたが犯人です」

「そんなにつんけんして、続きは署の方でなんて顔をしなくても。最近知ったんですけど、”続きはwebで”って”ググれカス”の敬語なのよ?」

 そこで私はちょうど鳴った携帯の画面を見る。時間稼ぎの用事ができた。

「それでは、事件前日からのあなたの行動を追ってみます」

「はい」

「あなたの知らない事実がありますが、よろしいですか?」

「んーー、いまさら、何を知っても遅いから、気にしない」

「わかりました」

 私は一息吐いて話し始めた。

「事件前日、あなたたちは痴話げんかをしました。その理由は楠本さんが妙にいら立っているので、あなたが別れ話を切り出したことです。あなたは楠本さんがなぜいら立っているか分からなかった、と言いましたが、その理由は株でした」

「株?」

「はい。会社の金で、株を買ったんです。それが大暴落して、会社には凄まじい損害が出ました」

 少なくない衝撃を日和は受けたようだった。

「兄は! そんなこと! あの人だって!」

「内緒にしていたようです。今はもう持ち直したので心配はないそうです」

「そ、そう……」

「おそらくこのことが楠本さんを追い詰めていたんでしょう。そして、心の支えであったあなたまで失いそうになって彼はおそらくパニックになった。そして、あなたに襲いかかったんです」

 私は唯一まだ日和の部屋に残っていたものであるところの一枚の写真を見た。

「そしてその時、楠本さんに噛みついたミレニアちゃんは彼に殺されたんですね。犬霊園の証言が取れました。いまのミレニアちゃんは二世です。ミレニアちゃんが亡くなった後、あなたは別のダックスフントを買ったんです。こちらはペットショップの店員の証言があります」

 日和は何も言わないで聞いている。

「あなたは、ミレニアちゃんを殺されたショックで殺害を決めた。そして、捜査を混乱させるためか、CCD株式会社の持つマンションにゴルフバットを置いた。落し物だと思って気になって持ってしまった人間はあなたの予想どおりこの事件の最重要容疑者になりましたよ」

 本堂慶介はまんまとひっかかり凶器に指紋を残したわけだ。

「そう。ドラマみたいなトリックも思い浮かばなかったから。ばれたらそれまでってことで」

 日和はあきらめたようにそう言った。

 彼女は泣き、憔悴していたが、あれは愛すべき飼い犬を失った涙だった。

「冷めれば恋もそれまで。ねえ、何人ぐらいの指紋があった? 結構長く置いていたのよ?」

「……一人です」

「ええっ……」

 日和は地味にショックを受けていた。防犯カメラを避けたり、苦労したらしい。

 私は気をしっかり持って続ける。

「あなたは深夜に、楠本さんをゴルフバッドで殴り、楠本さんは亡くなりました」

「そう。復讐したの! 当然の報いよ! ミレニアは私にとって唯一の家族なんだから」

「でもご両親は?」

「あんまり。いつもいつも兄のことばっかり気にしているあいつらなんて知らないわ」

「でも、冴部紗さんに家族との話を」

「でたらめよ! いいえ。都合よく作った夢物語」

「冴部紗さん。でも、楠本はあなたやミレニアちゃんに謝ろうとしていました」

 楠本の部屋にあった大量のビスケット。あれは、犬用のお菓子だった。墓前にでも供えるつもりで買ったのだろう。

「ここから十分程度のところにあるペットショップのものです」

「だったら……」

 日和は苦しそうに言った。

「だったら、どうなの。刑事さん。私は謝られたら許さなくちゃいけないの? 私はそんなにできた人間じゃない!!」

 そのとき、玄関が激しくノックされた。

「入るぞ! 日和!」

 冴部紗かゆらだった。

 事件の真相を知ってなお、人の多い時間に外には出られないと言っていた彼が、そこにいた。

「日和! どうして頼ってくれなかった。嘘を吐いた? 私なら、お前を助けられたのに!」

 日和はそのかゆらの手を力任せに振りほどいた。

「二人以上の人間が怖い? 一緒にいられない? お兄ちゃん、それって、許容範囲の人間はお父さんたちまでで、私はいらないってことなんじゃないの!? 誰が、そんな奴に本当のことなんて話せるのよ! 部屋からろくに出られもしない癖に、どうやって私を助けるっていうのよ!」

「……日和」

 困惑し傷ついた声は、そのまま本堂慶介のものに聞こえた。

「でも、日和さん。私が最初にこの事件の全貌を話した時、お兄さんは今は外に出られないと悲痛な声で言ったのにこうして来てくれました。気合で何とかなるという類のものじゃないのに」

 それは、来る前に冴部紗に説明された。

 日和は泣いていたが、冷たい声で言った。

「刑事さん……行きましょう。覚悟はできてます」


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