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幸運の尻尾  作者: 水居
幸運の尻尾③
8/15

幸運の尻尾3‐3

 

 ケッと吐き捨て、彼は目前の料理を睨んだ。

「あいつ嫌いだね。背ぇ高ぇし、いつでも林檎が食べられるっていうマジックアイテムは三回で壊れたし、背ぇ高ぇし」

「そのアイテムを選ぶ辺りお前も歪みねえな」

 フォークに突き刺した若鶏の林檎酒蒸しをやや荒々しく噛み切って、恨みがましくレインが(のたま)う。彼の食事のお供は当然の如く黄金林檎のワインである。こいつの林檎好きは筋金入りだとアールは頷いた。

 アールは注文したアイビースフリッターにソースをつけ、つまみ上げた。さっくりした衣に包まれたエクエス海の大海老は身がぷりぷりで、噛むほどに口の中へ甘味が広がる。熟したトマトにぴりりと唐辛子の利いたチリソースがよく合う。ケチャップ、タルタルとソースを変えればまったく飽きないのでアールのお気に入りの料理だった。

 アイビースに舌鼓を打ち、なーんだ、とアールは言う。

「やっぱ評判悪いんじゃん」

 料理を運んできたアニータが、えー?と首を傾げて会話に口を挟む。むさ苦しい男の多い居酒屋の中ではその美少女ぶりが一際輝いて見える。

「そんなことないわよ。結構お店、繁盛してるはず。私はあの人、嫌いじゃないけどなー。なにせ見た目が悪くないし」

「見た目かよ……」

「それに、」

 呆れたようなアールの呟きをさらりと流して、アニータがエプロンのポケットから髪結い紐を取り出して見せた。

「ゾロさん、よくオマケしてくれるし。ほら、この髪留めもオマケなの」

「あっ、アンも~? わたしもリボンとか貰う~」

「やっぱりー! だよねー」

 ふぅふぅとシーフードグラタンに息を吹きかけていたパティが、のんびりとアニータへ賛同の声を上げた。パティはホワイトソースの絡んだマカロニを実に幸せそうに頬張る。

 ね~と顔を見合わせ盛り上がる少女たちを横目に、アールが苦々しい顔でフリッターを咀嚼(そしゃく)した。

「女だけ優遇かよ……」

 アールがぼやくと、卓から近いギルドの受付カウンターに陣取るマックスが頬を掻いた。

「俺もオマケしてもらったことあるがなぁ。確か十得ナイフとかなんとか」

「えー、まじかよ~」

「あれぇ? アールさんもオマケして貰ったんじゃないですか~? なんかお薬って……」

「あんなアヤシイ奴の薬、使えっか」

「フン。あなたみたいに間の抜けた人は、そうやってカモになるのですよ」

 別卓で契約精霊と食事をしていたウーホァンが馬鹿にしたようにアールへ声を投げ掛けて来た。今日も今日とて肌色が悪い。食欲を無くす色なのでアールは彼を振り返らなかった。

 大ナマズと野菜の甘辛炒めをせっせと口に運ぶフェイシェが己が契約者を零下の眼差しで見遣ったが、アールへ顔を向けるウーホァンは幸いにして気づかなかった。

「へぇ、あんたはあの狐に遊ばれたことはないって?」

 レインが揶揄するようにウーホァンへ問う。

 バッ!と愛用の扇子を開き、ウーホァンが高らかに宣言した。

「笑止! この私が容易(たやす)く弄ばれるなど有り得ませんね! 尤も、不注意なゾロさんが注文とは若干異なる効能の品を渡して来たことはありますけどね! 勿論、私は寛大なので許して差し上げていますが、まったく、あんな調子では同じ商売人として心配になりますよ、商人ギルドの一員としてもっと自覚を持っていただかなくては、我々の業界全体の信用と沽券(こけん)に関わります、第一ですね、商売というものは――」

 ぐだぐだと語り始めたウーホァンをよそにして、アールは手にした杯をドンと卓に叩きつけた。

「くっそー! 客見て商売しやがって!」

「寧ろ客見て商売しなくてどうするんだよ」

「うっせー!」

 少し離れたカウンター席で呑んでいたユリシーズが笑う。ピンクベージュの髪から覗く片目が少しばかり意地悪く煌く。

 怒鳴り返すアールの向かいで、パティがしゅんと俯いた。

「ごめんなさい、アールさん……わたしが簡単に、マジックアイテムの下見に行けば、なんて言っちゃったせいで……」

「あっ、いや……」

「パットが謝ることなんてないわよ」

「そうだよ、パティのせいじゃないよ」

 慌てるアールがフォローを入れるより早く、アニータとノエルが揃ってパティを庇う。ノエルは丁度フェイシェの追加オーダーを取りに来たところだった。

 アニータはパティの幼馴染だし、ノエルは女性に優しい――それだけにしてはノエルの語調は普段よりやや強かったが、そのことにアールもパティも気づかなかった。

 ユリシーズがノエルへ意味ありげな一瞥を投げ遣り、クッと喉を鳴らす。笑うユリシーズを、僅かに頬を赤らめたノエルがさり気なく睨んだ。

 アニータとノエルの二人から「余計なことを言うな」という視線を向けられ、分の悪いアールは咄嗟に話題を変えた。

「あ~……えっと、しっかしあいつ、パティのばあちゃんの友達って言うからどんな年寄りかと思ったら、随分と若いよなー。詐欺じゃねえ?」

「あれでも商人ギルドの古参だぞ」

 唇を尖らせるアールの向こうでマックスが言う。今日はギルドの仕事が少ないのか、グラスを磨いている。厳つい見た目に反してグラスの扱いは手馴れていて繊細だ。

 アールが肩を竦めた。アニータが運んで来た熱々のリゾットを彼はスプーンで掻き回す。濃厚なクアルンミルクと振りかけた粉チーズの香りが食欲をそそる。

 銀の匙をくるりとひと回しして、アールは首を振った。

「古参たって、そりゃ十年とか二十年も居りゃ……」

 昨日、初めて店を訪れた際にゾロは女性客へ自ら二十五歳とか言っていたし、実際二十代半ば頃の見た目だったが、若く見えるだけかもしれない。

 あの男を二十代後半から三十代後半と仮定しても、十五の成人を迎えてからずっとあの店で働いていればギルドの古参にもなろう。二十代や三十代でマイスターになる者も珍しくはないのだ。ソハヤやウーホァンがいい例である。

 半眼のアールの斜向(はすむ)かいで、パティが指を折る。

「え~っと、ゾロさんとおばあちゃんは、おばあちゃんが若い頃からのお友達だからぁ……、もう三十年? 四十年? のお付き合いでしょうか〜?」

「……え?」

 アールが目をしばたたかせる。ゾロという男は、そんなに歳がいっているようには見えなかったが。

 レモンのグラニザードで喉を潤したパティが言葉を続ける。

「お店自体はその前からあったって話です~」

「なーんだ、そういうことか。代々やってりゃ古参になるだろ」

 老舗と言っていたし、一族で家業を受け継いできたのなら、やはりおかしな話ではない。幼少時からパティの祖母と知り合い、祖父や父の跡目を相続したのだろうとアールは考えた。

 リゾットを(すく)って口へ運ぶアールの注意を引くようにパティが指を振る。

「それがぁ、ゾロさんてボクは父親にソックリなんだーとかって言ってますけど、前の店主さんもお名前がゾロさんだったんですよ。しかも前のゾロさんには奥さんも子供もいた気配がなくて~、まったく同じ見た目なのにある日急に、代替わりしましたー!って言い出したらしいんです~」

「んん? それってなにか、先代といまのゾロは、つまり同一人物ってことか?」

「わからないですけど~、かもしれないって噂があったりなかったり~。ゾロさん、ずーっと二十五歳って言い張ってるんですって。おばあちゃんが言ってました~」

「狐人のこたぁよくわからねぇが、長生きなのかねぇ」

「若造や青二才と言われて嬉しそうなカオしますしね、あの人」

 話を聴いていたマックスが快活に笑えばウーホァンも頷く。

「変な奴……」

 呟き、アールは掌中の杯を見つめた。しゅわしゅわと泡の弾けるシャンパンは爽やかで甘い香りを彼の鼻先へ届ける。

 そもそもさあ、とアールは眉を顰めた。

「狐人って言うけど、狐っぽいの目と耳だけじゃないか? 尻尾とか無いのか、あいつ?」

「単に血が薄いだけじゃねーの?」

 興味なさげにレインが答える。すかさずパティが、あっと声を上げた。

「昔は尻尾、あったらしいですよぉ。おばあちゃんが見たことあるって」

「無くなったのかよ? なに? 事故とか病気とか?」

「なんか、しまってるんですって」

 パティの返答にアールは目を丸くした。スプーンに乗せたブロッコリーを思わずぽろりと落とす。

「えっ、尻尾ってしまえるモンなの?」

「さあ~?」

「なんでしまってるんだ?」

「知りませんよぉ」

「訊いたことないのか?」

「ないですぅ。ゾロさんのこととかあんまり気にしたことなかったんで~」

 あっけらかんとパティが言えば、ふーむ、とマックスも顎を撫でた。

「俺もゾロの尻尾は見たことねえなあ」

「そう言われれば、私も、ありませんね」

「……私も無い」

 妙に自己主張をするウーホァンへ心底うざったそうな視線を向け、フェイシェがぼそりと言った。ユリシーズが俺も無いぜと言えば、レインもノエルもアニータも、見たことが無い、と続けた。

 レインの皿から失敬したフォカッチャのひと切れを千切り、アールは口に放り込んだ。ハーブたっぷりの平焼きパンは香ばしい。

「なんだ、だれも見たことないのか」

 だれも見たことがない、と口にした途端、アールの好奇心に小さな火がつく。なんだかいいフレーズだ。

 ゾロの尻尾のことが妙に気になって食事の手が止まる。その隙にレインが仕返しとばかりにアールのアイビースフリッターをひとつ、ふたつとつまんで自分の皿へ移した。

 リゾットを掻き混ぜて考え込むアールへ会計の紙を持って来たアニータが、食べ物で遊ばないでね、と釘を刺す。

「はい、これアール君のお勘定ね、しめて銅貨九枚。気になるんなら本人に訊いてみれば?」

「もうアイツには会いたくねぇんだけど……」

 げんなりと言いかけて、ふとアールは考える。狐人という種族のことを、そういえばあまりよく知らない。この機会に一度ちゃんと調べてみるのもいいかもしれない。

 そもそも、尻尾を「しまっている」獣人、だなんて(つい)ぞ聞いたことがない。あの男が特別なのか、狐人という種族がそうなのか。変化(へんげ)の魔法かそれとも呪いか。尻尾を隠しているのだとしたら、その理由はなんだ? あの装身具商には、なにか秘密があるのかもしれない。もしやネタになるかも――。

 皮算用を始めるアールを、悪い癖だと(たしな)めるレイはいま傍にいない。

 よし、もう少し探ってみよう。まずは資料集めだ。

 勢い込み、飽くなき探究心に駆られたアールはベーコンとキノコたっぷりのリゾットを掻き込んだ。




 アール・エドレッド。

 所持金、残り銅貨三枚。

 

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