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幸運の尻尾  作者: 水居
幸運の尻尾③
7/15

幸運の尻尾3‐2

 

「あーーーっ!! てめえ!!」

「おや、昨日の」

「え? え?」

 アールが男へ指を突きつけた。目を吊り上げるアールとは反対に、男は人懐こい笑みを浮かべる。いきり立つアールと微笑む店主とを、パティが交互に見遣る。

 まばたきを繰り返すパティに、アールが喚いた。

「こいつ! こいつだよ! 俺に変な商品を売りつけた奴っ!!」

「えーっ!? アールさんの言ってたイカサマ商人さんて、ゾロさんのことだったんですかぁ!?」

「イカサマって、ヒドイな~」

「てめえのせいで俺はなあっ……!!」

「わわっ! アールさん、落ち着いて~!」

 慌てるでもなくへらへらと笑う男、ゾロに、アールは怒りを募らせる。思わず掴みかかりそうになったアールをパティが彼の服の裾を引っ張って止める。

 カッカするアールと慌てるパティを、店主はやはり笑って見守っている――刹那、笑みの形に細められた彼の目が妖しく光ったが、少年少女は気づかなかった。

「ウチの店では、あんまり暴れない方がいいよ~。なにせ、アブナイ、から、ねぇ」

「うっせー!」

 どこか含みを持たせた男の言葉へアールは反発する。なにが危ないだ。危ないのは商品が壊れて困る店主のお前だけだろう、と彼は思った――(もっと)も、賠償を命じられても困るので、不承不承、握り拳を解いた。

 アールは改めて男の様子を観察した。「ゾロさん」は想像していたような小柄でも老人でもない。襟の高い、肩の出るデザインのインナーがやや長空(チャンコン)風にも見受けられたが、アイボリーのプルオーバーは東洋風には見えなかった。犬科の動物を思わせる大きく張り出した耳と、猫科の動物を思わせる縦に虹彩の裂けた目は、確かに狐を連想させる。ただし、やっぱり尻尾の有無は確認できない。

 昨日に増して、胡散臭い、という感想をアールは強めた。

 二人の様子を窺いつつ、ひとまずアールが落ち着いたのを見て取って、パティが気まずそうに紹介を再開させる。

「え~っとぉ……、改めまして、アールさん、こちらがおばあちゃんのお友達のゾロ・プラテアードさんですぅ」

「ゾロ・プラテアードォ?」

 アールが口を歪める。益々ふざけた名前だ、と彼は思った。(いぶか)るアールを、お、とゾロが興味深そうな笑みで眺めた。

 青年の反応に不思議そうな顔をしながら、パティはゾロを見上げる。

「ゾロさん、こちらアールさんです。藤の湯によく来てくださるんですよぉ」

「や、どもども。ボクが店主のゾロです。昨日はお買い上げありがとうございました。もう活用してくれてるかな?」

「なーにが活用だよ! あんなモン使えっか!!」

 軽い調子で手を振るゾロへ、アールが噛み付く。

 ゾロが猫目をぱちくりと瞬かせた。

「あれ? ウチの商品になにか問題でも?」

「問題なら大アリだよ、大アリ! てめー! なんだよ、あのランダム・マジックって!」

「え……ランダム・マジック?」

 店主の顔が真顔になる。怪訝そうな顔にアールも眉を顰めた。

「そーだよ、どんな効果が付くかは着けてみてからのお楽しみーとかってふざけた……」

「あれ、まさか……」

 形のよい顎をひと撫でして、ゾロがなにかを考え込む。彼の挙動を青年と少女が見守る。

「ちょっと待っててね」

 断りを入れ、ゾロがアールとパティの前から離れる。

 昨日、装飾品を選び取っていた棚を確認し、やがて彼は、¡Oops!(しまった!)と額を押さえた。

「大変申し訳ございません。ボク、商品を間違えてたみたい」

「へ!?」

 頓狂な声を上げるアールへ、罰の悪そうな顔でゾロが肩を竦める。

「キミに渡さなきゃいけなかったのはこっちの商品だったのに、ボクったらうっかりしてて……」

 言って、ゾロが掲げて見せた掌の上には銀の指輪が乗っていた。アールが購入したランダム・マジックとよく似ている。違いはリングの表面の一箇所に埋め込まれた小さな青い石くらいか。

 指輪を手に二人の所まで戻ってきたゾロが、アールを覗き込んだ。

「ランダム・マジックってアレだよね、色んな効果がランダムに出ちゃう奴」

「ああ」

「いまは指に着けてないけど、どうやって外したの?」

(やすり)で削ってニッパーで切ったんだよ!」

「へえ……」

 驚いた様子で相槌を打つ店主の目が可笑しげに揺らぐ。

「ちなみに、どんな効果が出たのかな?」

 ゾロの何気ない質問に暫し沈黙し、アールは呟いた。

「…………チャームだよ」

「それは……」

 一瞬、アールは男の頬がひくりと動いた気がしたが、見つめ直した店主は心底申し訳なさそうに俯いている。きっと見間違いだ、こんなにすまなそうな様子なのに、まさか笑おうとしただなんてことはないだろう。

 銀の睫を伏せてゾロが俯く。

「それは大変なご迷惑を……なんとお詫びしたら……」

 沈痛な面持ちと声音とでアールへ相対する店主は、手にしていた銀の指輪を差し出した。

「代わりと言ってはなんですが、こちらのお品を」

 思わずアールは身構えた。換えの品をタダで貰うのはいいが、昨日のことがある。

 警戒して受け取るのを逡巡するアールの前で、店主は自ら指輪を()めて見せた。

「大丈夫、これは着けて外せなくなるとかないから。ほら」

 言って、男は人差し指に填めた指輪をするりと抜き取った。タネも仕掛けもございません、と言いたげに片目を(つむ)る。

 無駄なウィンクに少々むっとしつつ、怪しくないと判断したアールはようやく手を伸ばした。受け取った指輪をすぐさま左手の中指に填める。真ん中の青い石が淡く光った。おかしなことがあればすぐに店主に対応させるつもりだったが、それ以上なにが起こるでもない。

 アールがゾロの顔を窺うと、ね?と言いたげに彼は小首を傾げた。

「お許し戴けるでしょうか?」

 見ているこちらが切なくなるような、哀愁漂う表情でゾロが言う。俯いた彼の額に零れるかかる銀の髪が影を落とす。

 商売人にあるまじき失態だと思うが、人間誰しも過ちはあろう。代わりの品も謝罪も貰ったことだし、パティの手前もある。アールはゾロを許してやることにした。

「……わかった、もういいよ。これで手を打ってやる」

「あ、そう?」

 アールが声を和らげた途端、ゾロがぱっと顔を上げる。あまりにもコロリと態度が変わってアールは拍子抜けした。いままでの消え入りそうな風情は演技だったのかとすら思える。

 再び苦虫を噛み潰したような顔になったアールが男の調子の良さをなじるより早く、ゾロがにっこりと笑った。

「ありがとう。キミ、いい子だね。Lo siento mucho(本当にごめんね)」

 人好きのする笑顔と感じのよい声音に、アールはなんだか毒気を抜かれてしまった。子供扱いが若干気に障るが、いつまでも旋毛(つむじ)を曲げているのもそれこそ大人げない。

 溜め息を吐き、アールはがしがしと頭を掻いた。どうもこいつと居ると調子が狂う。

 ゾロが長い指を振った。

「その指輪は持ち主にとって好ましくない存在が近づくと教えてくれるんだ。効果はランダム・マジックより強いし長持ちするよ。魔力が無くなったら真ん中の石は真っ白になる。使わないときは指から外しておくと長持ちするね。いま言ったことをまとめた紙も渡しておくよ」

 手渡された説明書にざっと目を通すとゾロの言った通りの文句が記されていた。今度はちゃんとした品だと確かめ、アールは頷いた。

 パティが顔を明るくさせて手を合わせた。

「あっ、じゃあ、これでアールさん、しばらくは冒険のときに困りませんね! よかったですねぇ!」

「おう、まーな」

 にこにこするパティを見ているとアールの声もつられて弾んだ。そんな少年少女を見守るゾロが柔らかく微笑んだ。

 思いがけない形で謝罪と代わりの品を手に入れたアールはパティと共に店を出た。ゾロが店の戸口まで二人を送る。

 アールが装身具店から五マイスほど離れた途端、それまで点っていた指輪の光がふっと消えた。

 何事かとアールが目を丸くすると、入口の階段の上からゾロがのんびりと言い放つ。

「あ、そうそう、その指輪、好ましくない存在が近づくと青い石が光るように出来てるからー。わかり易いデショ?」

「……って、つまり“好ましくない存在”っててめえのことじゃねーかよ!」

 アールが指輪を装着してゾロと会話していた最中、石は淡く光り続けていた。その間ずっとマジック効果が消費されていたということだ。そうと知っていたらさっさと指から外したのに、とんだ無駄遣いである。

 握り拳を震わせるアールにゾロがけらけらと笑った。

「えー? ボクは別にキミのこと、キライじゃないんだけどナァ」

「んなこと知るか!」

「あはははは、またのご利用をお待ちしてまーす」

「もう来ねーよ!!」

 怒鳴り返すアールへ通行人の視線が集まる。困ったように笑うパティに引かれ、憤慨するアールは足取りも荒くヌエヴェ・コラスを後にする。

 その背を忍び笑いと共に見送って、ゾロは店の扉を閉めた。




「ヌエヴェ・コラスのゾロォ?」

 船乗りの集う酒場『海竜亭』。その賑わいに、不機嫌そうなレインの声が混じった。

 大衆食堂も兼ねたこの店は美味しいと評判で、且つ冒険者ギルドと船乗りギルドの窓口業務をも請け負っているので、暮れを過ぎてから客足はいや増すばかりである。

 夕飯ついでに海竜亭を訪れたアールは、まず冒険者ギルドの窓口で適当な依頼を見繕った。たまたま居合わせたレインに声を掛けて仕事を請け負う。仕事内容は「豪商のペット用に野性のガートを捕獲すること」だ。これならそれほど危険ではないし難易度に対して金額もいい。打ち合わせを兼ね、アールはそのまま彼と食事を共にした。

 装身具店まで案内してくれたパティも夕食をここで済ませて行くというので、彼女も誘って一緒に卓を囲む。地元育ちのパティ自身は一人でも平気のようだったが、荒くれ者や酔客も多いこの店で女の子を一人で座らせるのはアールの気が引けた。

 肉をひと口大に切り分けながらレインが眉根を寄せた。

「アクセサリ売ってる狐野郎のことかよ」

「そうそ、そのゾロって奴。どうよ?」

 発泡性のワインをひと舐めして、アールがレインを見遣る。「デュオニュソスの魂」と名づけられたシャンパンの軽い口当たりがアールの食欲を刺激する。

 パティと連れ立っているアールを珍しがったレインに、昨日から今日までの経緯を話したアールは、ついでにゾロという男の評判について彼に訊いてみたのだ。

 ゾロの名を聞いた途端、ただでさえあまり良いとは言えないレインの目付きが険しくなった。

 

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