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幸運の尻尾  作者: 水居
幸運の尻尾③
6/15

幸運の尻尾3‐1

 

「くっそー!! あーのアクセサリ屋っ!!」

 藤の湯の二階、休憩所。

 ドン!と卓をひと叩きして、アールは再び目前のパフェにスプーンを突き立てた。

 一瞬間憩いの場を乱したその憤りの声へ、厨房の奥から店主の鋭い視線が投げ掛けられたが、パフェを攻撃するアールは気づかない。

「アールさん、大変だったんですねえ……」

 茶を運んで来た売り子のパティが言う。アールの愚痴から事の顛末(てんまつ)を知った彼女は、同情するように眉を下げた。

 差し出された煎茶を呷り、荒々しく口元を拭ったアールがパティへ大きく頷く。昨日のことを思い出すだけで、またむらむらと怒りが湧き上がってきた。

 猫目の装身具商に売りつけられた指輪、無作為にマジック効果が付与される『ランダム・マジック』。このマジックアイテムのせいで、アールは「男性を魅了するチャーム」効果が付いてしまったのだった。

 お陰で擦れ違う男という男に色目を使われ、悪寒に見舞われながら世話になっているレイの家まで逃げ帰る羽目になった。

 いくら引っ張っても、石鹸やオイルを使っても、どうにも指輪は抜けず、説明書の言う通りに効果が切れるか七日を経なければ自然に外せないのだと悟ったアールは、遂にリングを工具で切断するという強硬手段に出た。

 安物ゆえか幸いマジックアイテムに器具を弾くなどの抵抗は無かった。レイの工具を借り、ついでに彼に手伝って貰いながら切除に及んだのだが、魅了のせいで自分に対しドキドキしているらしい親友の熱視線を感じながらの作業は、只管(ひたすら)に辛かった。

 指輪が外れたことで無事にマジック効果の解けたアールであったが、同時にチャームから醒めたレイとの間には、なんとも言えない沈黙が落ちた――互いに目を合わせられず、気まずい空気の中で食べた土産の焼き菓子の味と来たら!

 パフェを掻き込んでいたアールの手に思わずぐっと力が入る。怒りにぶるぶると体を震わせるアールの茶碗へ、透かさずパティが茶を注ぎ足す。パティの心遣いに感謝して、アールは二杯目の煎茶をぐいと飲み干した。

 息を整えるアールを見守り、それにしても、とパティが片手を頬に当てる。

「そんなイカサマ商人さんがいるなんて……」

「本っ当、訴えてやりたいぜ!」

 ぎりぎりと奥歯を噛み締めアールが言った。なにもかも、すべてあの男のせいだ。右足の(かかと)とつま先は怪我をするし、散々である。

 あんな奴から渡された薬なんて怪しくて使えない!と一度は床に投げ捨てた軟膏は、拾い上げたレイによって確かに施療院のものと知れた。貝殻の裏に刻まれた「グラッツィア施療院」の文字を、しかしアールは頑なに信用しなかった。中身を入れ替えられているかもしれない、と危ぶんだ彼は結局その薬を使っていない。

 打撲くらい自然治癒させてやる!と頑張っているが、痛いものはやはり痛いのでなお腹立たしい。

 文句を言おうと湯屋へ訪れる前、もう一度あの装身具店に立ち寄ってみたのだが、昼前だというのに店は開いていなかった。暫く粘ってみたが一向に扉が開く気配はなく、痺れを切らしたアールは鬱憤を晴らす為に今日も湯屋を訪れ、こうして自棄(やけ)食いに至っている。ちなみにこの藤の湯パフェは、三杯目だ。

「くっそー……やっぱり下見だけにして、即決なんてするんじゃなかった……」

 他の店だって見て回れば良かった、とアールは後悔をした。折角のマジックアイテムは、今やただの金属片である。

 悔しがるアールを心配そうに眺めていたパティが、なにを思いついたのやら不意に、そうですぅ!と声を上げた。

 盆を握り締めたパティが目を丸くしたアールを覗き込む。

「アールさん、わたしの知ってるお店、教えますっ! それなら、きっともう怪しい商人さんに引っ掛かることもないですよぉ!」

 名案、と言いたげなパティを、甘味を平らげたアールが見上げる。

「でも、仕事あるだろ?」

「うっふふ、今日は早上がりの日なんです~。この後アールさんにご用事がないなら、わたしが知り合いのお店、紹介しますよ! どうですか?」

「本当か? なら……パティさえ良ければ、お願いするかな」

「決まりですね! じゃあ、ちょっと待っててくださいね~」

 湯屋の入口を待ち合わせ場所に約し、パティが着替える為に奥へ引っ込んだ。

 アールもパフェの代金、銀貨二枚と銅貨一枚を支払って休憩所を出る。煎茶の分はサービスだと笑ったトモエに感謝して、アールは一階のエントランスホールでパティを待ち受ける。

 銀貨一枚に銅貨二枚――散財続きで軽くなった財布を懐にしまい、アールは小さく嘆息した。そろそろなにか仕事を請け負わなければ、不味い。

 帰りに夕飯がてら海竜亭に寄ってギルド依頼でも探してみよう、と考えていたら背後から声を掛けられた。

「お待たせしました~」

「おっ、……パティ?」

「はい~」

 振り向いて、アールは少しだけ目を(みは)った。そこに居たのは結い上げていた髪を下ろし、真っ白なブラウスと真っ赤なスカートに身を包んだ少女だった。開け放しの戸口から吹き込む緩い風に、彼女の黒いリボンがヒラヒラと靡く。普段のキモノ姿のパティとは趣きが異なり、新鮮だ。

 波打つ金髪をふわふわ揺らし、パティが小首を傾げる。

「どうかしましたか?」

「いや、私服、初めて見たからさ」

「あはっ、そう言われればそうですよね~」

 笑顔はいつも通り屈託がないが、衣装ひとつで随分と印象が変わるものだ。いまのパティは“藤の湯の売り子”ではなく、至って普通の“町娘”といった風情だ。知らずに街ですれ違ったら気づかないかもしれない。素朴なデザインの赤いディアンドルがよく似合う。

 妙に感心するアールを促し、パティが湯屋の暖簾をくぐる。昼下がりのティル・ナ・ノーグの街を、青年と少女は軽快に歩き出した。市中は本日も活気に満ちている。

「知り合いの店って、どんな所なんだ」

 装飾品店街を目指し先をゆくパティへアールが訊ねる。振り返ったパティがぴんと指を立てる。

「おばあちゃんのお友達のお店なんです」

「へえ、パティのばあちゃんの」

「はい~。この街で長くやってるらしくって、しかもあの辺りの装飾品店の中じゃ一番の老舗だから、きっと安心ですぅ!」

「マジかよ。そこ教えて貰っときゃよかったな~……」

 そうしたら、あんな紛い物を掴まされることもなかったかもしれない。つくづく早まった、とアールは額を押さえた。

 ぼやくアールに苦笑して、パティが励ますようににっこりした。

「でも、きっとここならアールさんのお目当ての品も見つかりますよ!」

「ん、そうだな!」

 弾むパティの声にアールの気分も上向きになる。日の光を受け一層明るく輝く蜂蜜色の髪といい、ひまわりのような少女だ。

 パティがすんなりした人差し指を振った。

「店主さんがちょっと変わってて、狐人なんですぅ」

「コジン? あ、狐の亜人種のか?」

「はい~。もふもふした耳とか、かわいいんですよ~」

 東の大陸が発祥とも言われる狐人はその名の通り、人と妖狐とが交わって誕生したという伝承を持つ獣人だ。長いときを経て人間の血が濃くなるにつれ容姿は人間に近付いていくようだが、その多くが狐のような耳や尻尾をその身に持つ。

 パティの祖母の友人、老舗、狐人、と聞いたアールは、狐の耳と尻尾を生やした小柄な老人の姿を思い浮かべた。東方起源の種族だからといって東国出身とは限らないのだが、衣装はなんとなくウーホァンやトウドウ夫妻のようなイメージだ。

 そういえばあの猫目の男は猫というよりは狐という雰囲気だったな、と不意にアールは考えた。一見は優男風だったが、愛玩動物に類するには些か野性味が強い顔立ちでもあった。

 あの男のにやけ面を思い返すとまたむかついた。アールの眉間の皺に気づかないパティは話を続ける。

「ゾロさん、ていう方なんです」

「ゾロォ?」

「はい~」

 アールが眉を顰めると、なにか変ですか?とパティが訊ねる。なんでもないと返したが内心、ふざけた名前だな、とアールは思った。

 身振り手振りを交え、パティがその「ゾロさん」とやらの説明をする。

「すら~っと背が高くて、お洋服はシンプルなんですけどなんか高そうな感じがして~、なんとなくこの国の人っぽくないような、そんな感じの方なんですぅ」

「へぇ」

 小柄な老人を想像していたのだが「ゾロさん」は予想に反して高身長であるらしい。

 人並みを掻き分け、二人は目抜き通りから商店街へ至る。宝飾品店の立ち並ぶ界隈をどんどん進むパティの背を追い、アールは胸をざわつかせた。なんだか、この道順には覚えがある。きっと装飾品店が集う通りだからだ、とアールは自分に言い聞かせ、案内するパティに黙ってついて歩く。

 やがて、パティが歩みを止めた。目前には一軒の装飾品店。

 張り出し窓へ飾られているのは色も取り取りの首飾りや腕輪である。建物はなかなか立派な造りだ。店舗部を一階のみと仮定してもパッと見で地上五階建て、隣接する他店より広いのがわかるが、かと言って客を選ぶような敷居の高さも感じない。陳列された商品は上等そうであるが、なによりも目を引くのは店の外観ではなく、看板の方だった。

 アールの顔が強張った。いや、きっとここじゃない、ここじゃないハズだ、まだもう少し歩くハズだ、この隣の店とか……――祈るアールへ、無情にもパティが宣言する。

「着きました~! ここです~!」

 細工の施された木製の看板がアールを見下ろす。刻まれているのは異国の言葉だ。

 頬を引き攣らせるアールの前で、パティが無邪気に笑って見せた。

「ヌエヴェ・コラス、このお店ですぅ!」

 “Nueve Colas”――アール、本日二度目の来訪である。




 昼前に訪れたときは締め切られていた扉が、いまは堂々と開いている。

 硬直するアールを振り仰ぎ、パティが元気よく促した。

「さ、アールさん、行きましょう!」

「やっ、ちょっ、ここはっ……!」

「こんにちは~」

 アールの静止は間に合わず、パティは店内へ足を踏み入れた。

 どうやら客の姿はないようだ。

 少女の呼び声へすぐさま返事が返って来た。

「いらっしゃ~い。や、パティちゃん。プリシーは元気?」

 その声、に。

 ぴくり、とアールの眉が動く。

 コツコツと店の奥から歩み寄ってくる靴音の主へ、パティがにこにこと答えた。

「はい~、おばあちゃんは元気いっぱいですぅ」

「それは良かった。今度、特製クイニーアマンのレシピちょーだいって言っといてヨ」

「わかりました~」

 察するに若い男の声だ。音域としてはテノールに分類されるのだろうが、声音には不思議な味わい深さがあって、鼓膜を心地よく揺らす。

 パティと談笑する声には聴き覚えがある、あり過ぎる。アールの眉間に次々に皺が刻まれてゆく。

 やがて柔らかな美声と共に姿を現したのは、果たして。

 浅黒い肌に銀の髪、猫のように縦に裂けた虹彩を持つ男であった。

 

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