夜の装身具店にて
夜更けの装身具店のカウンターに、小さな燭台が、一つ。
真白いティーポットと揃いのティーカップ二つを淡く照らしている。
勘定台の内と外で向かい合い、男が少女へ語りかけた。
「キミが言ってた子が、今日ウチの店に来たんだ、ホラ、劇場の少年」
心地よいテノールが、静かに店内へと広がる。
それを聞いた少女が、はたと手を打った。
(「……というと、アレか、赤毛の!」)
「そうそう。その子が買い物にね」
(「あれは久々に面白かった。我の話が新聞に載ったのだろう? 愉快愉快」)
呵々(かか)、と笑う少女の姿は全体的に白っぽく、うっすらと透けている。
少女の声は空気を震わすことなく男の頭の中へ直接届けられる。
ブレンドティーを一口飲み込み、男が笑いを堪えながら言葉を紡ぐ。
「でね、例のハナシをするんだ、幽霊を見たのは自分だ、除霊シーンまでバッチリ見たって自慢そうにするんだよ。ボクもう、おっかしくっておっかしくって……」
(「本人の前で笑ったのか? 酷い奴だな」)
「それ、キミには言われたくないな~」
(「お互い様、という奴だ」)
顔を見合わせて、男と少女は暫しクスクスと笑い合う。
男は滑らかな仕草で空になったカップに茶を注ぎ直した。
「キミが気に入るわけだよね、あの子、オモシロイもん」
(「だろう? 反応が良いのが楽しいが、我は昇天したことになっておるからな、暫くは姿を見せられんのが残念だ」)
首を振って嘆く少女に内緒話をするように男が首を寄せる。
「あの子、多分またすぐウチに来るよ――きっと苦情を言いにね」
(「お前、またヘンなモノを売りつけたのか? その内に訴えられるぞ」)
呆れたような顔で白い少女が言う。
表情とは裏腹に、その口調には面白がるような響きがあった。
男が猫目をにんまりと細める。
丸く瞳孔が開いた彼の金の瞳が、闇の中で底光りする。
「ふふっ、ちゃんとヒト見てやってるから、ダイジョーブ」
(「ダイジョーブ、ではなかろう。悪い奴だな」)
「キミだって楽しんでるクセに」
(「否定はしない」)
悪びれもせずに言い放ち、少女も口の端を吊り上げた。
パッと見は可憐な美少女なのに、そういう表情をすると悪戯小僧のような雰囲気である。
片肘をついた男が緩く笑う。
「きっとまたオモシロイことしてくれると思うから、後でキミにも教えてあげる」
(「おお、楽しみにしておるぞ」)
そこで、二人の会話は途切れた。
キィ、と小さく軋んでカウンター横の扉が開く。
「……どこ……? ここにいるの……?」
扉から顔を覗かせたのは銀色の髪の少女である。
眠そうなオッドアイをこすりながら、少女がドアを押し開く。
どうやら男の姿を捜していたらしい。
少女へ首を振り向けて、男はにっこり微笑んだ。
「ん、起きちゃった? お水?」
伸ばされた小さな手をひらって、男は軽々と少女を抱き上げる。
男の首にしがみつき、その確かな体温にそっと少女は安堵をした。
勘定台を見下ろした少女が、ぽつりと呟く。
「……だれか、いた……?」
カウンターの上にティーカップが、二つ。
しかし店内には男と後からやって来た少女の二人以外、誰もいない。
男は大きな目を瞬かせる少女のやわい銀髪をそっと梳く。
「ふふっ、オトモダチが、ね」
「……?」
不思議そうな顔をする少女に笑うばかりで、男はそれ以上なにも語らない。
晴れない疑問へ少女は少しだけ不満そうに唇を尖らせる。
その様を眺めて可笑しそうに喉を鳴らし、男はぬくいこどもの背をあやすように撫ぜた。
「さあ、寝よっか」
優しい男の声に促され、少女はこっくりと頷いた。
少女の機嫌はもうすっかり治ってしまっている。
男の首元に顔を埋める少女は、頭の後ろにある彼の金色の目が柔らかく細められていることを知っているのだ。
木犀の花を思わせる男の匂いを肺いっぱいに吸い込んで、少女はゆっくりと目を閉じる。
男は少女を抱いて、奥へと続く扉を開いた。
自分の店を少しだけ振り返った男が、囁く、
「……おやすみ」
ぱたん、と扉が閉められる。
男の腕の中でとろとろと微睡みかけていた少女は最後、誰かが「おやすみ」と返したような気がした。