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幸運の尻尾  作者: 水居
幸運の尻尾②
4/15

幸運の尻尾2‐3

 

「そうなのか?」

「うん。次の入荷も未定だし、もうこれはあるだけだね。効果もなかなかオモシロイしねぇ。ウチはフツーのお客さんも来るからねー、マジックアイテムだろうが見た目が気に入っちゃったら買ってくださる方が多いかナァ」

「マジかよ……」

 暗に、明日には売れて無くなっているかも知れない、と匂わされ、アールの気持ちは一気に銀の指輪へと傾く。銀貨五枚――安いので純銀ではなかろう、しかしマジックアイテムでこの値段なら買いだ。長くは保たないかもしれないが、どうせ一時凌ぎである。

 高速で損得勘定をするアールの眼前で、おもむろに店主が並べたアクセサリをまとめ始めた。

「――とまあ、ウチの商品はこんなトコロかな? 今日は下見ってハナシでしたし、こちらは棚に戻して……」

「ちょっ……!? まっ、待った!!」

 咄嗟に、アールは声を上げていた。

 商品を片付けようとしていた店主が手を止め、ゆっくりと首を擡げてアールを見つめる。

「おや? なにか?」

「それ、その指輪! 俺が買った!!」

「あれ、お買い上げですか?」 

「おう」

「本当に? この指輪でいいんですか?」

「買うつってんだろ」

 妙に念を押す店主にアールは焦れる。買うと決めたのに無駄な問答が煩わしい。

 またも男の猫目に凝視され、アールは苛立った。売りたいのか売りたくないのかはっきりさせて欲しい。売るつもりがないのにもったいぶって商品を並べたのだとしたら、怒り心頭に発せよう。

 アールが声を荒げようとしたまさにそのとき、店主の真顔が一変、にんまりと笑み崩れた。

「毎度、ありがとうございま~す」

 明るく張り上げられたテノールに、アールはぽかんと口を開ける。完全に肩透かしを喰らう形で罵声はそのまま喉から空気中へ抜けてしまった。

 店主が木箱に納めた指輪と紙片をいそいそと茶色い紙袋に詰める。

「説明書、ご一緒にしときますので、後ほど目をお通しくださーい。あっ、お代はこちらにどーぞー」

 差し出されたトレイの上へ、アールは流されるまま銀貨五枚を並べる。代金と引き換えにあっさり商品を手渡され、さっきの間は一体なんだったのかと小さく首を傾げる。

 店主の目にも言葉にもどこか含むところがあるようでなんとなく胸がざわつくが、きっと商品が売れたからだろうとアールは適当に解釈した。

 殊更に愛想のよい店主を背にアールは店の入り口へと戻る。

「ああ、そうだ。お客さん、コレ持って行って」

 呼び止められ振り向いたアールへ向かって、なにかが飛来する。店主が放ったそれを上手くキャッチして、アールは手の中の物体をしげしげと見つめた。

 ころりとした二枚貝である。貝殻を利用したケースの中には薬や化粧品が詰まっていることが多い。果たして、開いた貝の中には白い軟膏のような物が固められていた。

 きょとん、とするアールに店主がにっこり笑いかける。

「オマケ。帰ったら右足にドーゾ。よく効くよ」

「……どーも」

 手を振る店主のからかうような言葉に少しだけ頬を赤らめる。何気なく歩いて見せていたつもりだが、男はアールのぶつけた踵を気遣ってくれていたらしい。気恥ずかしさから、アールの返答はぶっきらぼうになった。

「またのお越しを、お持ちしております」

 柔らかく深い、独特の声音がアールを見送る。

 男の笑顔が憎たらしいような好ましいような、そんな妙な気分を抱きながら、アールは装身具店を後にする。

(……なんだ、いい奴じゃん)

 女性客との距離が近すぎたり、急に大笑いされたりと第一印象は良くないが、手の中の軟膏は素直に嬉しい。店主を少しだけ見直して、アールは空を仰いだ。太陽はその位置を下げ、空は青から薄紅に染まり始めている。

 なんとなく歌い出したい気分で紙袋を開く。取り出した木箱の中には買ったばかりの銀の指輪が光っている。碌にサイズも確かめず買ってしまったのだが、どうやら中指に丁度良さそうだ。

 右手は筆記の邪魔になるので、と左手の中指にリングを通す。ぴったり納まった銀の輪に充足する。少し思い切ったとはいえ、これでアールもマジックアイテム持ちである。

 暫し自分の中指を眺めてにやにやした後、アールは説明書の存在を思い出した。指輪が取り扱いに困るような品だとは思えないが、一応目を通しておくべきだろう。効果や回数などの規定があれば確認しておかなければならない。

 紙袋の中に手を突っ込んで、アールは残った紙片を取り上げた。

「なになに……えーと、こちらの商品はマジックアイテム、その名も『ランダム・マジック』ですぅ?」

 頓狂な声を上げたアールを擦れ違うご婦人が振り返るが、注意など払っていられない。

 ランダム。

 なんだか大変に不穏な文字を目にしてしまった気がする。

 眉根に力が入るのを感じながら、アールは続きを読む。

「お手軽価格で憧れのマジックアイテムをアナタに、どんな効果が付いているかは完全ランダム、着けてみてからのお楽しみ☆ ……って、『お楽しみ☆』じゃねーよ!!」

 傍から見ればノリツッコミの様相を呈しているアール青年だったが、今はそんなことはどうでもいい。

 注意書きの「効果一覧」の中には確かに「盗賊避け」や「魔物避け」の項目もある。しかし、その他は「恋愛運アップ」だとか「体力増強」だとか「家内安全」だとか、アールが求めていないものばかりだ――いや、そりゃ付いていれば嬉しい効果ではあるけれど。「地震雷火事親父」やら「猛犬注意」やらに至っては意味がよくわからない。

 往来の真ん中に立ち止まり、通行を阻害しながらアールは説明書を凝視する。

「指輪を装着するとやがて表面にマークが浮かびます……、そのマークに対応するマジック効果があなたの身にも付加されます……マーク? 俺のマークってなんだ!?」

 アールが左手の中指を注視すると、すべらかな指輪の表面にじわりじわりとなにかの文様が浮かび上がって来た。やがてそれは二重のハートマークとなって刻まれる。

 アールはすぐさま効果一覧の中から該当する印を探した。

「ハート……ハート……あっ、あった!! えーと……これか? チャーム?」

 二重になったハートマークの横には「チャーム」と書かれている。

 チャーム――魅了のことだ。一体なにを魅了してしまうというのか。

 不安に駆られ、アールは先を続けた。

「この効果が付いたあなたはとっても魅力的! みんながあなたの虜になっちゃうかも? これがあればどんな男性もあなたにメ・ロ・メ・ロ。意中の相手を落としちゃお☆ ……チャーム、チャームね……」

 一々ふざけた説明文だと思いつつ、アールはふうっと息を吐き出した。

 額を軽く押さえ、前髪を掻き上げる。

「なんだ、これなら大丈夫……――って全然大丈夫じゃねえよ!! 『どんな男性も』!? 男じゃねえかよ!!!」

 安堵の笑みを浮かべかけたアールであったが、現実逃避に思わず流してしまいそうになった一文へと目を戻す。流せるわけがない。

 何度も見直したが、やはり目の間違いではなかったようで、そこには確かに「どんな男性もあなたにメ・ロ・メ・ロ」と記載されていた。冗談ではない。アールに同性をメロメロにする趣味はない。

 安物だから効果は大したことあるまい。……と思いつつ、アールは説明書に顔を隠しながらそろりと視線のみを上げる。道の真ん中で怒声を上げていたアールは言わずもがな目立っていたわけだが、まさかもう魅了された男がいるなんてことは、ないだろう。ないと信じたい。

 目だけを使いそっと辺りを見回す。特別アールを凝視している男は居ないようである。

 ほっとして顔を上げたアールは、丁度擦れ違おうとしていた中年男性と目が合った。

 途端、中年男性がアールを見つめる。その後ろから来た商人風の男も、アールを見て急にぼうっと立ち止まった。

 彼らの頬に血の気がさすのと同時に、アールの顔面からざあっと血の気が引いた。自分を見て顔を赤らめるオッサンなんて気色悪いだけである。

 男たちの口が動きかけたのを認識するや否や、アールは回れ右して全速力で駆け出した。踵の痛みなどは忘れた。

 幸い、男たちが追って来る気配はないが、それでめでたしめでたしなどという状況では全くなかった。擦れ違う男という男がアールを振り返っているのだ。それも、頬を染めて。寒くもないのに全身に立った鳥肌が治まらない。

 疾走するアールは中指から指輪を引き抜こうとした、けれどがっちり食い込んでどれだけ引っ張っても外れない。

 焦燥に駆られ握り締めていた説明書を開くと、くしゃくしゃになった紙片の末尾にはこう記されていた、

「……この指輪は、装着後、効果が切れるか七日を経なければ、外れない仕様となっております、ご注意ください~っ!? ふっざけんなっ!! 先に言えっ!!!」

 説明書にぶち切れるアールは帰路を逆走し、再びあの装身具店へ向かう。苦情を言ってやらねば気が済まない。返品後、全額返金を要求である。せめて外し方だとか対策だとかを客に教えるべきだ。

 程なくして例の装身具店に辿り着く。ヌエヴェ・コラス――看板の文字を睨みつけ、荒い息を吐きながら怒鳴り込もうとしたアールは、店の扉が閉め切られていることに気が付いた。

 ドアに飛びつきノブを回す。けれど、鍵がかかっているのかガチャガチャと音がするばかり、激しく揺すぶっても猛烈に叩いても、厚い木製の扉はうんともすんとも反応しない。終いにはアールの腕の方が疲れてしまった。

 張り出し窓にもカーテンが下ろされ中の様子は窺えない、ただ店内の照明が落とされたことだけがその暗さから窺えた。よく見ると扉の取っ手に下げられた木製のプレートが「本日の営業は終了しました」とゆらゆら揺れてアールに告げていた。 

 建物の二階以上を見上げるが、何処の階にも明かりは灯されていない。この建物の中にあの男がまだいるのかいないのか、全くわからなかった。

 沸々と、アールの胸に怒りが込み上げて来る。

 正確な時間の概念などない国だ、大抵の商家は日が暮れれば店を閉める。営業時間なんてものはその店の主の自由だ。それはわかる。が、さっきの今で早くも店仕舞いとは一体どういう了見であろう。日はまだ暮れ切っていないし、周りの店はまだ営業しているのだ。まるで、アールが不満を持ち込みに来るのを見越して早仕舞いしたようではないか。

 やたら念を押した店主の態度、アールが買うと言い切った後のほくそ笑むような顔、含むような言葉――男の数々の仕草を思い返すに疑念は深まるばかりである。

 騙された、と打ち震えるアールの背後で密かな声が聞こえる、

「……なんか、あいつ見てるとドキドキしねえ?」

「な。なんか、ドキドキするよな……」

 道ゆく男たちのひそひそ話が耳に入り、アールの全身が総毛立った。ドキドキすんな気色悪い、とアールは吐き棄てる――振り返るのが怖いので、心の中で。

 腹立ち紛れに蹴り上げた店の扉は存外に堅く、強か打ちつけた爪先の痛みになおのこと怒りを掻き毟られたアールは夕日に吠える、

「ちっくしょー!!!」

 夕暮れのティル・ナ・ノーグの街に、青年の叫びが木霊した。




 アール・エドレッド。

 所持金、残り銀貨三枚と銅貨三枚。

 

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