除霊師
新築で働きやすい新しいオフィス。新しく建てられた会社のビルは、そうなるはずだった。
だが、実際には問題があった。
「また、出たんだって」
休憩時間、廊下で立ち話をしていた女子社員が、同僚に耳打ちする。
「今度はどこ? 私、もう、一人でお手洗い行くのも怖いんだけど」
同僚は青ざめた顔でガタガタと震えている。それも仕方ない。この会社には出るのだ。
「せっかく働きやすい新しい会社だからって入ったのに……。こんなのもう耐えられないよ!」
もはや同僚は涙目だ。
話を振った女子社員もため息をついた。
「私も、こんなところもう辞めたいよ。仕事もお給料も不満はないんだけど、ね」
「ね、後ろ!」
「え?」
同僚に言われて振り向く。そこには何もいない。だけど、確かに何かの気配がした。なんだかとても冷たい空気だけがある。
「何か、いた?」
「う、うん。確かに人影が合ったような気がしたんだけど……。誰も、いない、よね?」
「いないね」
頷きながら女子社員は背中がぞくりとするのを感じた。
でも、確かに何かがいた。
そう。このビルには出るのだ。
幽霊が。
◇ ◇ ◇
会社の社長も困っていた。せっかく新しく自社ビルを建てたというのに、幽霊騒ぎで会社を辞めたいという社員が続出している。
だからといって、新築したばかりのビルを移転させるなんて、そんなことが出来るわけがない。かなりのお金もかかっている。それを取り戻すためには会社として利益を出さなければならないのだ。社員たちに辞められては困る。
幽霊騒ぎの元凶を、社長は知っていた。
この土地は他の場所に比べて土地の値段が安かった。それで自社ビルを建てることが出来たのだ。
以前、ここは墓地だった。しかも、幽霊が出ると噂の墓地だ。縁起が悪いからと買い手が付かず、地価が下がっていたところをこれ幸いにと、社長が買い取ったのだ。
元々、社長は幽霊なんてものを信じていなかった。だから、こんな騒ぎになるなど予想していなかった。
困り果てた社長は除霊師を呼ぶことにした。
だが、ダメだった。
日本でよくあるお祓い。
悪魔祓いのエクソシスト。
霊媒師。
様々な手を試してみたが、上手くいかなかった。彼らがイカサマ師ではないのかと社長は疑った。金だけ取って、本当はそんな能力は無いというオチだ。
が、彼らがそれぞれに、霊の力が強すぎるとか、自分の手に負えないとか、もうすでに除霊は終わっているとか、好き勝手なことを言う。
それが嘘か本当か、特別な力が無い社長にはわからない。
社長は困り果てた。
会社に現れる幽霊は一向にいなくならず、それが原因で退職する社員も現れ始めた。そして、あの会社には幽霊が出ると噂になって求人を出しても誰も入社してくれない。
このままでは会社が潰れてしまう。
そう思っていたとき、社長はあるホームページを見つけた。そこは、これまでのお祓いよりも更にイカサマ感が強く、最初はすぐにページを閉じようとした。
が、社長は思いきってそれに賭けてみることにした。もはや後がないのだ。
◇ ◇ ◇
「こんにちはー。除霊に来ましたー」
社長の不安は的中した。
これまでの除霊師は神主のような着物だったり、他にもそれっぽい衣装を身につけた人だったりしていた。
だが、今回来たのは設備の点検に来た業者のような作業着を身につけた、どう見ても普通の男だった。
社長は戸惑った。が、
「失礼しまーす」
作業着の男はすたすたとビルの中へ入っていく。
「あ、本当にヤバいですね、ここ。そこら中にいるじゃないですか」
そして、キョロキョロと周りを見回す。
「そ、そんなにいるのかね?」
「だから、俺が呼ばれたんですよね?」
作業着の男は首を傾げる。
前に来た除霊師たちは、どこに霊がいるのか案内しなければわかっていない様子だった。この男は違うようだ。もしかしたら本物かもしれない。
「じゃあ、始めますねー」
作業着の男はそう言って、肩から掛けていた鞄からパソコンを取り出した。一体何に使うのだろうか。パソコンなど取り出した除霊師は初めてだ。これは、やはり失敗かも知れない。こんなもので除霊が出来るはずがない。
「えっと、この辺ですねー」
作業着の男はなにもない空間にパソコンを向け、キーボードでなにかを打ち込む。すると、なにもなかったそこに向こう側が透けた人間が現れた。どこか恨みがましそうな顔をしている。
「ぎゃっ」
社長は悲鳴を上げた。出る出ると噂されていたのは知っていたが、霊感がないと自負していた社長は直接幽霊を見たのは初めてだった。
「ほ、本当にいたのか……」
「いますって、というか存在してしまっていますね。これは困るので……」
カタカタと作業着の男はまたなにかを打ち込んでいる。そして、
「消去っと」
タンッとエンターキーを叩いた。
その瞬間、幽霊は跡形もなく消え去った。
今度はそのことに驚いて、社長は言った。
「い、今ので、ゆ、幽霊は消えたのかね?」
「はい、もうバッチリ。跡形もなく」
男は事もなげに頷く。
「さて、数が多いのでパッパといきますよっと」
そうして、男は次々と建物の中を歩き回って、幽霊たちを『消去』していった。それはとても事務的に見えた。
「ふー、これで最後ですかね」
そう言って、男は最後の幽霊を『消去』した。その瞬間、社長はビルの中が清々しい空気になったような気がした。霊感はない社長だったが、それでもわかるくらいの違いを感じた。ビル全体が洗い流されたように綺麗になったような、そんな感じだった。
「除霊、終わりました」
「あ、ああ」
男に言われて、社長は頷いた。
そして、疑問に思っていたことを口に出した。
「今までどんな除霊師に頼んでも全く幽霊たちはいなくならなかったんだ。君はさっきからキーボードを叩いているだけに見えるのだが、一体どんな仕組みで除霊をしていんだい?」
「ああ」
男は事もなげに言った。
「幽霊は、この世にいないはずの魂が残ってしまった、言うなれば世界のバグなんです。そんなものが増える一方では世界のバランスがおかしくなってしまいますからね。特殊なパソコンを使ってバグのデータを消去しているわけです。まあ、パソコンがなかった頃はデータへの別のアクセス方法があったようですが。あなたが呼んだという他の除霊師たちは、そんなことも知らずに、訳のわからない方法でなんとかしようとしている人たちだったんですね。きっと、バグが見えていないのに見えていると言ってそれを消したように見せることで金を巻き上げている詐欺師か、見えているけれど消去する方法が間違っている人だったんでしょう」




