政略結婚の意味をご理解ですか? 魔道ナッツクラッカーの刑と不名誉どちらがいいですか?
「婚約、おめでとうございます、ミーナ様!」
ほほ笑む侍女の声に、ミーナ・グレイファーンは曖昧な笑みを浮かべた。
──おめでたくなんか、ない。
十六歳の誕生日目前。
辺境伯の家柄に連なるものの、名門とは程遠い彼女が、大公家の長男・アレクセイ・ヴァルトラインとの政略結婚を受け入れるしかなかったのは、"叔父"の政治的策謀のおかげだった。
(違う……叔父は私を守るつもりだった。アレクセイに弱みを握られ、仕方なく結婚話をまとめたのだ)
本来なら誇らしい縁談。
しかし、アレクセイの目に浮かぶあの嫌悪と、どこか哀れみを含んだ笑みが、ミーナの心をざらつかせる。
何より──
あの夜の、記憶のない"事件"のあとから、彼女の人生はじわじわと歪み始めたのだった。
「ミーナ様が……他の男と、ですって?」
冷淡な噂が社交界に広がったのは、婚約からほどなくしてのことだった。
覚えのない夜。目覚めたときには体に痛みと違和感があった。そして、アレクセイの一言。
「……お前、随分乱れてたな。男の好みは俺じゃなかったか?」
ミーナは愕然とした。
医師でもあるアレクセイは、記録に残らない睡眠薬や薬草に詳しく、それを使ってミーナを陥れたのだった。
さらには「一緒にいた男の服の繊維」や「香水の残り香」まで用意し、徹底的に偽装工作をしていた。
アレクセイに弱みを握られていた他家の令嬢たちも、「見た」と証言し、ミーナをふしだらな女だと非難した。
「貴族の娘が、あんな真似を……恥知らずにも程がありますわ!」
「まさか、ヴァルトライン家に泥を塗る気!?」
貴族社会は一瞬で敵になった。
(あの男は嘘をついている──確実に)
ミーナは冷静に動いた。
母方の実家である古い薬学の家系に頼り、薬物鑑定の専門家と接触。体内に残った微量な成分と、アレクセイが使っていた薬の痕跡を見つけ出す。
さらには、アレクセイが資金洗浄や、違法魔導薬の密売に関わっていた記録も浮上。被害に遭った令嬢の一人──既に国外に逃れていた少女が密かに真実を告げ、証言台に立った。
そして、衝撃の事実が明らかになる。
「アレクセイ・ヴァルトライン殿下は、十二歳の少女に異常な執着を示していた──」
婚約自体も、ミーナを"繋ぎ"としか見ていなかったことが判明し、社交界は騒然となった。
裁判の場。アレクセイは逆上して叫ぶ。
「お前が俺にふさわしくないんだ! だからだ! 女としてのレベルが低い、愛するに値しない!」
ミーナはその言葉に、ほんの少しだけ眉を動かした。
そして、静かに口を開く。
「──政略結婚の意味をご理解ですか?」
アレクセイは口をつぐんだ。
「あなたが私を愛する必要など、初めからありません。これは、"家"と"家"の取引。身分と責任の契約。にも関わらず、あなたはそれすらも踏みにじった」
法務官が宣言する。
「アレクセイ・ヴァルトライン、貴族としての義務違反および性犯罪により、爵位の剥奪および資産凍結、並びに……」
「待てッ!! やめろ、俺は大公家の──!」
ミーナが冷ややかに告げた。
「では、性犯罪の刑罰に従って──"魔道ナッツクラッカー"による、去勢処置を望みますか?」
その瞬間、アレクセイの顔から血の気が引いた。
「……それか、一生不名誉な性犯罪者王子としてのあだ名がよろしくて? あなたはご自分から私との結婚を遠ざけたのです。あなたは私たちの婚約を犯罪で破棄したのですから、今までの取り決めは無効。全てあなたの有責での婚約破棄。慰謝料は当然いただきます。そして、あなたが性犯罪者の汚名を濯ぐ機会は2度と訪れません」
「ミーナ! 俺が結婚してやれば(、、、)気が済むんだろう! 低位貴族の分際で生意気な…!」
「いいえ。人に汚名を着せて私有責の婚約破棄を目論んだ挙句、私がさも悪評があるかのように見せかけた。そんな嘘つきで、性犯罪者であるあなたとの結婚は2度と望みません。だからあなたは一生性犯罪者のままです」
後の判断は司法と貴族社会に委ね、ミーナは裁判所を後にした。
「はは! 俺が傷物にしてやったから! お前の嫁の貰い手なんかないぞ!」
ミーナの背中に、アレクセイはせせら笑う。
「あら? 眠り粉で無理やり眠らされて暴力されただけの娘に、なんの落ち度がございますの?
ご自分で罪を堂々とお認めになることも恥ずかしくないとは。まさに、貴族の風上にも置けませんわね」
「高位貴族にきさま! なんて口の利き方を…!」
だが、裁判所に集まった令嬢たちが冷ややかにアレクセイを見つめている。
年頃の娘を持つ父親達も、さも不快な汚物を見る時のような顔を浮かべて。
「……結婚したくないからというご自分の一存で、未婚の令嬢に暴力をふるう殿方が今後この社会で生きていけるとお思いで? 少なくとも、私に落ち度はございません。さようなら」
ミーナは今度こそ裁判所を後にした。
後日、貴族社会による身内庇いのために大した罪をかぶらなかったアレクセイだが、少なくとも娘を持つ親世代の貴族からは白い目で見られたようだ。
そして、ある日アレクセイは闇討ちされたーー
気絶昏倒させられた隙に、魔導ナッツクラッカーで去勢されたと風の噂でミーナは聞いた。
アレクセイの謝罪など価値はない。
性犯罪者に必要なのは性犯罪者を許さない社会と、魔道ナッツクラッカーだけなのだ。
ミーナはその後フェミニストとなり、社会に対して性犯罪を身分によっても絶対に許さない会を立ち上げ、令嬢たちと日夜性犯罪の撲滅活動に奔走する日々を送ったという。




