ラブレター
埃っぽい空気が漂う屋根裏部屋。古い木の棚に、無数のラブレターが積み重ねられていた。茶色く変色したもの、真新しいもの、大きさも形もバラバラで、まるで時が止まったように静かに鎮座している。
なぜか惹かれるように手を伸ばし、一番上のレターを手に取った。丁寧に封をされたそれを裏返すと、見慣れた文字で自分の名前が書かれている。—私の、恋人であるヒロキの筆跡だ。
胸が高鳴るのを感じながら、そっと封を開け、便箋を広げる。読み始めた私の心は、たちまち冷たい水に浸された。
「ごめん。もう、会えない。」
たった一文、それだけ。署名はないが、確かにヒロキの文字だった。
混乱しながら、次のレター、その次のレターへと手を伸ばした。棚の上の手紙は、すべて私宛。そして、内容はどれもが同じ、冷たい一言だった。
「もう会えない。君を幸せにできない。」
「さよなら。もう二度と会えない。」
「どうか忘れて。会えないんだ。」
無数の拒絶の言葉が、私の胸を深く、深く抉っていく。
ヒロキは、つい数日前まで私の隣で笑っていたはずだ。昨日だって、明日のデートの約束をしたばかりなのに。
何かの間違いだ、悪質な冗談に違いないと、私は涙をこらえながら手紙を読み続けた。棚の半分を過ぎる頃には、私の手は震え、膝の力が抜けていた。この世の終わり、恋人の死を宣告されているような絶望感が私を支配した。
「ヒロキ……どうして?」
私は泣きながら、一番最後の一通、棚の隅に立てかけられた、ひときわ分厚いレターを掴んだ。それは他の手紙とは違い、封筒の紙質が上等で、少し濡れているようにも見えた。
最後の望みを託し、開いて、便箋を取り出す。そこには、切なくも美しいヒロキの文字が、びっしりと綴られていた。彼の私への愛、感謝、そして別れなければならない理由……。しかし、読み進めるうちに、背筋が粟立つのを感じた。
手紙の最後の一行は、私の頬を伝う涙すら凍らせた。
「ねえ、ミサ。僕は今、ここであなたを見ているよ。」
直後、耳元で、私を呼ぶヒロキの声がした。
「ミサ……」
それは、紛れもなく愛する人の声。呼吸の音すら感じられるほどの至近距離。私は悲鳴を飲み込み、反射的に勢いよく振り返った。
しかし、そこに立っていたのは、空虚だけだった。
誰もいない。
屋根裏部屋には、私と、無数の「もう会えない」のラブレター、そして、私を照らす微かな午後の光だけ。
その瞬間、床に落ちた最後の手紙の裏側に、私は気づいた。
便箋の裏側全体に、インクで何度も何度も、狂ったように同じ言葉が書き殴られていた。
「まだ会えない」
「まだ会えない」
「まだ会えない」
まるで、誰かが閉じ込められているかのように。
そして、再び、背後から、すすり泣くようなヒロキの声が聞こえた。
「ごめんね……まだ、君に触れられないんだ……」
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