家族写真
祖母の遺品整理のため、久しぶりに実家のリビングに戻った時、麻衣は懐かしい光景に心が温かくなった。
暖炉の火が優しく燃え、馴染みのあるソファには色とりどりのクッションが並んでいる。
そして、コーヒーテーブルの上には、祖母が大切にしていた古い写真アルバムが開かれていた。
麻衣は微笑みながらアルバムを手に取った。幼い頃の家族写真がたくさん貼られている。
しかし、よく見ると、違和感があった。
写真の中の人物が、全て同じ顔をしていたのだ。
大人も子供も、男性も女性も、全員が同じ丸い顔、同じ大きな目、同じほころびそうな笑顔を浮かべている。まるで同一人物が様々な年齢、様々な性別に変身しているかのように。
「記憶違いかしら」
麻衣は首をかしげた。子供の頃はもっと普通の家族写真だったような気がするのだが。
母に電話をかけてみた。
「お母さん、祖母のアルバムの写真なんだけど…」
「ああ、あれね。お祖母ちゃんが最期に整理し直したの。『家族の本当の姿よ』って言っていたわ」
その夜、麻衣は実家に泊まることにした。
リビングでアルバムをもう一度開いてみる。暖炉の火が写真を照らし、同じ顔をした「家族」たちが微笑みかけてくる。
ふと、写真の一枚に見覚えがあることに気づいた。
自分の小学校の卒業式の写真だ。しかし、その中の「麻衣」も、同じ丸い顔、同じ大きな目をしている。明らかに自分ではない顔が、自分の体に付いている。
麻衣は他の写真も見直した。誕生日パーティー、家族旅行、クリスマス…全ての写真で、自分だと思っていた人物が、知らない顔をしていた。
「これは誰?」
翌朝、麻衣は母に詳しく聞いてみた。
「お母さん、私の小さい頃って、本当にこんな顔だった?」
母は困ったような表情を浮かべた。
「麻衣ちゃん、何を言ってるの。あなたはずっとその顔よ」
「でも、私の記憶では…」
「記憶って曖昧なものよ。写真が真実を語ってるの」
母はそう言って、微笑んだ。その笑顔が、なぜかアルバムの中の笑顔と同じに見えた。
麻衣は自分の子供時代の友人に連絡を取ってみた。
「小学校の時の私って、どんな子だった?」
「え? 麻衣ちゃん? 丸い顔で、大きな目の可愛い子だったよ。いつもニコニコしていて」
友人の説明は、写真の中の顔と一致していた。
麻衣は混乱した。自分の記憶が間違っているのか。それとも、他の何かが…
その夜、麻衣は鏡で自分の顔を見つめた。細面で、切れ長の目。写真の中の丸い顔とは全く違う。
「私は誰なの?」
アルバムをもう一度詳しく調べてみた。
すると、ページの隅に小さな文字で何かが書かれているのを発見した。
『真実の家族。愛に満ちた家族。完璧な家族』
祖母の字だった。そして、その下に日付。麻衣が生まれる前の日付だった。
「おかしい…」
麻衣は家族の写真を時系列で並べてみた。すると、奇妙なことに気づいた。
写真の中の「家族」は、年を取っていない。10年前も、20年前も、同じ年齢のまま写っている。
夜中、麻衣が眠れずにリビングにいると、アルバムのページが勝手にめくられた。
風もないのに。
新しいページには、今日撮ったばかりのような写真が貼られていた。麻衣が実家に帰ってきた時の写真。しかし、その中の麻衣は、例の丸い顔をしていた。
「いつ、こんな写真を…」
麻衣が困惑していると、暖炉の火が大きく燃え上がった。そして、炎の中に人影が見えた。
祖母だった。
「麻衣、ようやく帰ってきたのね」
「お祖母ちゃん?」
「このアルバムは特別なのよ。本当の家族の姿を写している」
祖母の声が暖炉から聞こえてくる。
「あなたは私たちの大切な家族。でも、間違った顔をしている。本当の顔に戻りなさい」
「本当の顔って?」
「アルバムを見なさい。それがあなたの本当の顔よ」
麻衣がアルバムを見ると、写真の中の「自分」が動いた。そして、こちらに向かって手を差し伸べてきた。
「来なさい、麻衣」
写真の中の自分が話しかけてくる。
「ここが、あなたの本当の居場所。完璧な家族の一員として」
麻衣は立ち上がって逃げようとしたが、足が動かない。リビングの家族写真たちが、全て麻衣の方を向いて微笑んでいる。
「愛されている実感が欲しかったでしょう? 完璧な家族に囲まれていたかったでしょう?」
祖母の声が続く。
「このアルバムの中なら、永遠に愛される。永遠に幸せな家族でいられる」
麻衣は必死に抵抗した。
「私は私よ。偽物の家族なんて要らない」
「偽物? これが本物よ。外の世界こそ偽物。冷たくて、愛のない世界」
アルバムの写真たちが、一斉に麻衣に向かって手を伸ばしてきた。
「家族になりなさい。本当の家族に」
麻衣は写真に手を触れた。その瞬間、温かい感覚が体を包んだ。
愛されている感覚。受け入れられている感覚。
こんなに満たされた気持ちは、いつ以来だろう。
「どう? 気持ちいいでしょう?」
祖母の声が優しく響く。
麻衣は鏡を見た。自分の顔が、少しずつ丸くなっていく。目も大きくなっていく。
そして、自然と笑顔が浮かんだ。アルバムの中の家族と同じ、完璧な笑顔が。
「これで完璧な家族ね」
麻衣は満足していた。本当の家族に囲まれて、愛されて。
外の世界のことなど、もうどうでもよかった。
翌朝、母が実家を訪ねると、リビングには誰もいなかった。
コーヒーテーブルの上のアルバムには、新しい写真が一枚増えていた。
丸い顔で大きな目をした麻衣が、家族と一緒に微笑んでいる写真。
「麻衣ちゃん、どこに行ったのかしら」
母は首をかしげた。しかし、なぜか心配ではなかった。写真の中の麻衣が、とても幸せそうに見えたから。
母もまた、アルバムの中の家族と同じ、完璧な笑顔を浮かべていた。
そして、暖炉の火が静かに燃え続けている。
永遠に。
後日、この家を訪れた人々は皆、リビングのアルバムに魅力を感じる。そして気がつくと、自分も写真の中の家族の一員になりたいと願うようになる。完璧な愛に満ちた家族として。
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