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怖い部屋 ー見慣れた空間に潜む恐怖と謎の短編集ー  作者: 深水 紗夜


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26/29

止まない雫

その部屋は、家賃は破格だったが、致命的な欠陥があった。


壁や天井から、常に水が漏れているのだ。


しかし、水ではない。それは、透明で、粘り気があり、ほんのりと塩気を含んでいた。


涙だった。


アパートの二階。六畳一間のその部屋に越してきて一週間、佐伯はその現象に慣れてしまった。いや、慣れるしかなかった。壁紙は常に湿り、天井からは一滴、また一滴と、まるで誰かが絶え間なく泣いているかのように、雫が落ちてくる。


「前の住人は、相当な悲劇に見舞われたんだろうな」


佐伯はそう解釈していた。集合住宅には、過去の住人の「残留思念」が残ることがある、という話を信じるタイプだった。


しかし、ある深夜。佐伯は部屋の隅に座り込み、天井から落ちてくる雫をぼんやりと見上げていた時、違和感に気づいた。


雫は、いつも同じ場所から落ちてくる。


天井の中央、直径五センチほどの染み。そこから、まるで蛇口をひねったように、静かに、しかし確実に、雫が滴り続けている。


佐伯は立ち上がり、椅子に乗って、天井の染みに手を伸ばした。


濡れた壁紙を剥がしてみる。


下からは、古びた石膏ボードが現れた。そのボードにも、同じように、雫の跡がついていた。


佐伯は指先に力を込め、ボードの湿った部分を少しだけ削り取ってみた。


すると、その奥に、空洞が現れた。


天井裏ではない。まるで、壁の内部にだけ、小さな空間があるような、不自然な空洞。


そして、その空洞の奥から、微かに、嗚咽のような音が聞こえてきたのだ。


「誰かいるのか…?」


佐伯は震える手で、懐中電灯を空洞の穴に向けた。


穴は小さすぎて、奥まで見通せない。しかし、光が届いたその一瞬、佐伯は空洞の「壁」が、まるで人間の皮膚のように、白く滑らかであるのを見てしまった。


そして、その白い壁の中央に、黒い**「目」**のような窪みが、一つだけ存在していた。


その「目」は、佐伯が光を向けた瞬間、ゆっくりと見開かれた。


恐怖で体が硬直する佐伯。その時、その「目」から、透明な雫が、ツーッと流れ出した。


それが、この部屋の**「涙」**の正体だった。


雫は穴から溢れ出し、佐伯の顔に滴り落ちた。塩辛く、そして、熱い。


その雫は、佐伯の頬を伝い、口の中に滑り込んだ。


次の瞬間、佐伯の脳内に、耐え難いほどの「悲しみ」が流れ込んできた。


捨てられた。


独りになった。


ここから出られない。


誰も見つけてくれない。


その感情は、佐伯自身の悲しみではない。壁の奥にいる**「何か」**の絶望だった。


佐伯は椅子から転げ落ちた。部屋中に、自分の、そして、天井の奥からの、二重の嗚咽が響き渡る。


佐伯は、泣きながら、知ってしまった。


この部屋は、泣いているのではない。


この部屋の壁は、**「誰か」**を閉じ込めて、その悲しみを、ずっと、ずっと、絞り出しているのだと。


そして、今。


天井の穴から、ぼたり、と、一回り大きな雫が落ちてきた。


それは、佐伯が、この怖い部屋の新しい「客」として、その「涙」を永遠に浴び続けることを意味していた。

読んでいただき、本当にありがとうございます。

もしこの物語が心に残ったなら、どうかブックマークや高評価をお願いします。

感想ひとことでもいただけたら嬉しいです。

あなたの声は、この恐怖を次へと繋ぐ鍵になります。

そして覚えていてくださいーー

あなたが今いるその部屋も、いつか物語の舞台になるかもしれないことを。

気づかないうちに、誰かがすでにあなたの部屋に潜んでいるかもしれません。


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