表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怖い部屋 ー見慣れた空間に潜む恐怖と謎の短編集ー  作者: 深水 紗夜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/29

約束の部屋

ハロウィンの夜、私は彼が住んでいたアパートの前に立っていた。

春樹が事故で亡くなって、ちょうど一年。

彼の部屋、203号室は今も空き部屋のままだ。誰も借りようとしない。理由は聞かなくてもわかる。

「怖いことがあるらしいよ」

大家さんは曖昧に言った。

「でも、あなたが見たいなら…」

鍵を渡された。冷たい金属の感触。

私たちは、付き合って三年だった。結婚の約束もしていた。

「来年のハロウィンに、プロポーズするよ」

春樹は去年のこの日、そう言った。

「なんでハロウィン?」

「だって、お前が一番好きな日だろ?魔法が起きる日だって、いつも言ってるじゃん」

優しい笑顔だった。

でも、その二ヶ月後、春樹は交通事故で…

階段を上る。一段ずつ、重い足取りで。

203号室の前に立つ。

ドアノブを握ろうとした時、中から声が聞こえた。

「…待ってたよ」

春樹の声だった。

心臓が止まりそうになる。

鍵を差し込む。手が震えて、なかなか入らない。

ガチャリ。

ドアが開く。

部屋の中は、春樹が住んでいた頃のままだった。

本棚、ソファ、窓際の観葉植物。

そして、ソファに座っているのは…

「遅かったね」

春樹だった。

一年前と変わらない姿で、笑顔で私を見ている。

「はる…き…?」

声が震える。

「うん、俺だよ」

彼が立ち上がる。

「やっと来てくれた。ずっと待ってたんだ」

涙が溢れる。

「なんで…どうして…」

「わからない」春樹が首を振る。「でも、俺はここにいる。去年のハロウィンの夜から、ずっと」

「去年?でも春樹が亡くなったのは12月…」

「違う」彼が言う。「俺にとっては、去年のハロウィンから時間が動いてないんだ」

テーブルを見ると、カレンダーがある。

2024年10月31日で止まっている。

そして、テーブルの上には小さな箱。

指輪の箱だ。

「これ…」

「今夜、渡すつもりだった」春樹が苦笑する。「でも、お前が来なかった」

「来なかった?」

「去年のハロウィン、約束してたじゃん。夜8時にここに来るって」

記憶を辿る。

確かに約束していた。でも私は…

「ごめん…仕事が長引いて…次の日に会おうって、メッセージ送って…」

「そのメッセージ、俺には届かなかった」春樹が言う。「俺は待ってた。8時、9時、10時…」

彼の声が震える。

「そして11時、お前を迎えに行こうと思って、車で出た。雨が降ってた。視界が悪くて…」

「やめて」

私は耳を塞ぎたくなった。

「それが…俺の最後の記憶。次に目が覚めたら、この部屋にいた。ハロウィンの夜のまま」

春樹が私の手を取る。

冷たい。氷のように冷たい。

でも、確かに春樹の手だ。

「なあ、答えてくれないか」

彼が指輪の箱を開ける。

中には、シンプルなシルバーのリング。

「結婚してくれる?」

言葉が出ない。

これは夢なのか、幻なのか。

でも、春樹がここにいる。

「私…私…」

その時、時計が鳴った。

深夜0時。

ハロウィンが終わる時間。

「そろそろ時間だ」春樹が言う。

「時間?」

「ハロウィンの夜だけ、俺はここにいられる。でも、日付が変わると…」

彼の体が、少しずつ透けていく。

「待って!まだ答えてない!」

「いいんだ」春樹が笑う。「お前の答えは、もうわかってる」

涙が止まらない。

「春樹…私…あの時ちゃんと来てれば…」

「違う」彼が首を振る。「お前のせいじゃない。俺が勝手に迎えに行っただけだ」

春樹が私の頬に手を添える。

もう、ほとんど感触がない。

「なあ、約束してくれ。幸せになるって」

「できない…春樹がいないのに…」

「できるよ。お前は強いから」

彼の姿が、どんどん薄くなる。

「でも、もし…もし、まだ俺のこと忘れられないなら」

「忘れるわけない」

「じゃあ、来年もここに来てくれ。ハロウィンの夜に」

「来る。絶対来る」

「その時、もう一度聞かせて。お前の答えを」

春樹が消える。

最後に、彼は微笑んだ。

「愛してるよ」

光が消えた。

部屋には、私一人。

テーブルの上に、指輪の箱だけが残されている。

窓の外で、教会の鐘が鳴っている。

ハロウィンが終わった。

それから、私は毎年ハロウィンの夜、この部屋を訪れた。

大家さんは不思議そうだったけど、鍵を貸してくれた。

二年目のハロウィン。

ドアを開けると、春樹がいた。

「来てくれたんだ」

彼は泣きそうな顔で笑った。

「当たり前でしょ」

私たちは一晩中、話した。

この一年のこと、思い出のこと、これからのこと。

でも午前0時が来ると、彼は消える。

「また来年」

春樹が言う。

「また来年」

私は答える。

三年目、四年目、五年目…

毎年、同じことを繰り返した。

ある日、友人が言った。

「いつまで過去に縛られてるの?もう前に進みなよ」

でも、私にとってこれは「縛られている」んじゃない。

「約束」なんだ。

十年目のハロウィン。

私は203号室のドアを開けた。

春樹がいた。でも、いつもと違う表情だった。

「なあ」彼が言う。「俺、嬉しいけど…苦しいんだ」

「なんで?」

「お前が、俺のせいで誰とも付き合わないの、わかってる」

図星だった。

「お前の人生を、俺が奪ってる」

「そんなこと…」

「お前は生きてるんだ。俺はもう…」

春樹が私の手を取る。

相変わらず、冷たい。

「だから、今夜が最後にしよう」

心臓が凍る。

「やだ…」

「俺、決めたんだ。もうこの部屋に留まるのをやめる」

「なんで…なんで今…」

「十年経った。十分すぎるくらい、会えた。思い出も作れた」

春樹が指輪の箱を取り出す。

十年間、ずっとそこにあった箱。

「最後に、聞かせてくれ。お前の答えを」

涙で視界が歪む。

「春樹と…結婚したかった…」

「過去形?」

「今も…愛してる…でも…」

私は言葉を探す。

「でも、もう手放さなきゃいけないって、わかってる」

春樹が泣いていた。


「ありがとう」

彼が指輪を取り出す。

そして、私の左手の薬指に、そっと通した。

「これで、俺たちは結婚したことにしよう。たとえ一瞬でも」

指輪が、温かい。

「春樹…」

「幸せになれよ。誰かいい人見つけて」

「そんな…」

「俺の分まで、生きてくれ」

時計が0時を指す。

春樹の体が光り始める。

「愛してる」

私たちは同時に言った。

そして彼は、光の粒になって消えた。

翌年のハロウィン。

私は203号室を訪れた。

最後だとわかっていても、やっぱり来てしまった。

ドアを開ける。

部屋は空っぽだった。

春樹はいない。

でも、テーブルの上に一枚のメモがあった。

春樹の字だ。

「ありがとう。十年間、幸せだった。

もう心配しないで。俺はちゃんと、向こうに行けたから。

指輪、ずっとつけてなくていい。

でも時々、思い出してくれたら嬉しい。

愛してる。ずっと。

春樹」

私は床に座り込んで、泣いた。

これで、本当に終わりなんだ。

でも、不思議と胸がすっきりしていた。

春樹は、やっと解放されたんだ。

そして私も。

指輪を見る。

薬指で、小さく光っている。

外そう。

そう思ったけど、今日はまだいいか。

明日。

明日、外そう。

それから五年が経った。

私は新しい人と出会い、恋をした。

プロポーズされた時、左手には春樹の指輪はなかった。

でも、家の引き出しに、大切にしまってある。

毎年ハロウィンの夜、私はその指輪を取り出して、少しだけつけてみる。

そして窓の外を見る。

どこかで、春樹が笑っている気がする。

「幸せそうだな」って。

ありがとう、春樹。

私を愛してくれて。

そして、私を手放してくれて。

これが、私たちの物語。

ハロウィンの夜だけの、十年間の恋。




読んでいただき、本当にありがとうございます。

もしこの物語が心に残ったなら、どうかブックマークや高評価をお願いします。

感想ひとことでもいただけたら嬉しいです。

あなたの声は、この恐怖を次へと繋ぐ鍵になります。

そして覚えていてくださいーーあなたが今いるその部屋も、いつか物語の舞台になるかもしれないことを。

気づかないうちに、誰かがすでにあなたの部屋に潜んでいるかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ