永遠の添い寝
太陽の光が薄く差し込む、古びた寝室。空気は静まり返り、時間の流れが止まったように感じられる。
部屋の中央にあるベッドには、私の恋人、サヤが眠っている。その寝顔は驚くほど穏やかで、まるで夢の中で美しい花畑でも見ているかのようだ。柔らかな光が、彼女の静かな頬を撫でている。
私は、サヤの隣にそっと腰を下ろす。
彼女の眠りは、幸せなものでありながら、**「永遠の眠り」**だ。昨日、突然。心臓の病で、サヤはもう二度と目覚めることはない。医者も家族も、私が彼女を一人にしないよう、この古びた家で最後の時間を過ごすことを許してくれた。
私は、冷たくなり始めたサヤの華奢な手を、両手で包み込むように握りしめる。彼女の体から、温もりが失われていくのが分かった。しかし、その手はまだ、私たちが愛し合った記憶を微かに留めているような気がした。
「サヤ、愛してるよ」
そう呟いても、彼女が答えることはもうない。
私は身動き一つせず、何時間もそこに座っていた。握った手から伝わる冷たさが、私が**「現実」**にいる唯一の証拠だった。
私は、この残酷な現実に耐えられなかった。もう一度、サヤの声が聞きたい。もう一度、彼女の笑顔が見たい。たとえそれが、現実ではないとしても。
私は、深く息を吸い込んだ。そして、冷たいサヤの手を握ったまま、ゆっくりと自分の目を閉じた。
暗闇が私を包み込む。
「会いたいよ、サヤ…」心の中で強く願った、その瞬間。
耳元で、聞き慣れた優しい声がした。
「…トモヤ?」
目を開けると、そこは、私たちが初めて会った、雨上がりのカフェだった。窓からは、眩しいほどの午後の光が差し込んでいる。
目の前には、サヤが座っていた。生前と寸分違わぬ、生き生きとした笑顔で。
「どうしたの?急に黙り込んで。もう、夢でも見てるのかと思ったわ」サヤはそう言って笑った。
ああ、ここは私たちの夢の中だ。永遠の眠りについた彼女が、私だけのために用意してくれた、秘密の再会。
私は喜びと安堵で涙があふれるのを感じたが、サヤの手に触れることはできなかった。この夢は、儚い、ガラス細工のようなものだ。
「うん、夢だよ」私は笑った。「最高の夢だ。」
私はサヤの顔を見つめ、この一瞬を永遠に焼き付けようとした。夢の中で、私たちは、別れのない時間を過ごした。永遠に。
どれほどの時間が経っただろうか。夢の中でサヤと別れを告げ、現実の世界に引き戻される時間が来た。私は心の中でサヤに囁いた。「また会いに来るよ、毎日。」
ゆっくりと、現実の寝室へと意識が浮上する。瞼の裏に、眩しい光を感じる。
そして、私は目を開けた。
再び、冷たい空気に包まれた寝室。目の前には、静かに眠るサヤの姿がある。私はまだ、彼女の手を握っている。
だが、違和感があった。
握っているサヤの手が、以前より温かい。
そして、私の視界が揺らぎ始めた。
壁の染みが、棚の上の写真立てが、ぼやけて、光の粒となって散っていく。
足元を見た。私の足先から、体が薄くなり始めている。肌の色が薄くなり、体が部屋の光を透かし始めた。
背後のドアが、遠く、ぼやけていく。
私は気づいた。夢の中でサヤと再会したことで、現実と夢の境界線が完全に曖昧になったのだ。
サヤは永遠の眠りについた。そして、彼女に会うために夢に入り浸った私は、現実という世界から、サヤのいる夢の世界へと、自らの存在を引き抜いてしまった。
私は急いで、愛するサヤの顔を見つめた。
彼女の顔は、夢で見た時と同じ、幸せそうな笑顔に戻っていた。そして、握っている彼女の手は、すっかり温もりを取り戻していた。
「これで、ずっと一緒だね、サヤ…」
私の体は、光となって空中に散っていった。
ベッドの横には、誰もいなかった。
ただ、古びたベッドに眠るサヤの姿だけが残った。彼女の顔には、まるで、誰かが隣に寄り添ってくれた後のような、安らかな微笑みが浮かんでいた。
そして、窓から差し込む光の筋の中、微かに揺らめく、二つの影だけが、部屋の中に残された。




