表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怖い部屋 ー見慣れた空間に潜む恐怖と謎の短編集ー  作者: 深水 紗夜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/29

クローゼットの闇

健太けんたが引っ越した新しいマンションの部屋には、贅沢なほど大きなウォークインクローゼットがあった。部屋の三分の二ほどの広さがあり、洋服だけでなく、季節外れの物や、趣味の道具、誰にも見られたくない思い出の品まで、すべてを飲み込む巨大な「収納庫」だった。


そのクローゼットの壁には、どこか古びた鏡が貼られていた。どうやら前の住人が残していったもののようだったが、なぜかその鏡はいつも少し曇っているように見えた。健太は「古いからだろう」と気にも留めていなかった。


ある夜、健太は明日着るスーツを選ぼうと、クローゼットの重い引き戸を開けた。内部のライトをつけると、無数のハンガーに掛けられた服が、ずらりと並んだ。


その時、健太は気づいた。奥の壁に貼られた鏡に映る自分。その足元、洋服の影になっている部分が、いつもより濃く、黒い。まるで、鏡の中にもう一つの床があるかのように。


「なんだこれ?影のせいか?」


健太は首を傾げたが、深く考えなかった。急いでスーツを選び、クローゼットから出ようとした。


その時、棚に置いていたはずの古い野球帽が、床に落ちていた。健太が子供の頃から大切にしている、サイン入りの帽子だ。


「あれ?ちゃんと置いたはずなのに、なんでこんなところに」


健太は不思議に思いながら、帽子を拾い上げ、元の棚に戻した。


そして、ふと振り返ると、鏡の中の自分の足元の黒い影が、さっき野球帽が落ちていた場所の形をしていたような気がした。ほんの一瞬の錯覚だろうか。


その夜から、異変は続いた。


クローゼットから衣擦れの音がする。カサカサ、という静かで乾いた音。健太は「風のせいか?」と思ったが、締め切った部屋でそんな音はしないはずだ。


数日後、健太は部屋の模様替えをしようと、クローゼットに入った。ライトをつけ、奥へ進む。


その時、棚の隅に立ててあったはずのスキー板が、なぜか横倒しになっていた。


健太はスキー板を起こし、違和感を覚えた。


「重い……?」


いつもよりずっしりと、中身が増えたかのように重く感じた。健太は「まさか」と思いながら、中を覗こうとしたが、その瞬間、背後で**「フッ」と、誰かの息が漏れる音**が聞こえた。


健太は心臓が凍り付くのを感じた。


このウォークインクローゼットは、袋小路だ。奥まで入ると、逃げ場がない。


健太は反射的に振り返ったが、そこにあるのはただの洋服の列。しかし、その服の隙間、隙間から、何かが自分を見ているような気がしてならない。


そして、健太は確信した。あの衣擦れの音は、何かが体を動かす音だ。それは、自分と同じ空間にいる、何かの。


震えながら、健太はゆっくりと後ずさりし、入り口の引き戸に手をかけた。


「は、早く…」


手がノブに触れたその時、**カサカサ…**と、健太のすぐ背後の洋服の列から、再び衣擦れの音がした。今度は、より近く、より大きく。


恐怖でドアノブを回せない健太は、目を閉じて、ひたすら時間が経つのを待った。


どれくらい経っただろうか。健太は意を決し、目を開けた。


クローゼットのライトは点いたまま。服の列も変わらない。


「い、いない…」


ホッとして、健太は急いでドアを開け、部屋へ飛び出ようとした。


その時、背後の鏡が目に入った。


鏡の中の健太の姿は、ドアに向かって走ろうとしている。


しかし、その鏡像の着ているシャツの裾を、黒い、節くれだった指のようなものが、しっかりと掴んでいた。


健太は、自分のシャツには何も触れていないことを確認した。しかし、鏡像は、確かに裾を引かれている。


「やめろ!」


健太は悲鳴を上げ、全身でドアを押した。


その瞬間、**ゴツン!**と、頭に何かがぶつかる音がした。


健太は倒れ込みながら、ドアを振り返る。


そこには、先ほど重く感じたはずの、スキー板が、健太目掛けて倒れていた。


そして、スキー板のケースのわずかな隙間から、古びた鏡の破片が覗いているのが見えた。


健太は意識が遠のく中、もう一度鏡を見た。


鏡の中の自分の口元は、笑っていた。そして、その鏡像の背後、黒い影の中には、無数の手が、まるで健太の服を漁るように蠢いていた。


そして、健太の耳に、静かで乾いた囁きが聞こえた。


「お揃いに、なれたね、健太」


それは、健太の服と、健太の体を、永遠に自分のコレクションに加えるという、暗闇からの誘いだった。

読んでいただき、本当にありがとうございます。

もしこの物語が心に残ったなら、どうかブックマークや高評価をお願いします。

感想ひとことでもいただけたら嬉しいです。

あなたの声は、この恐怖を次へと繋ぐ鍵になります。

そして覚えていてくださいーーあなたが今いるその部屋も、いつか物語の舞台になるかもしれないことを。

気づかないうちに、誰かがすでにあなたの部屋に潜んでいるかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ