断罪のモブリーナー夜会と再会ー
さて!
私モブリーナ四歳は、これから夜会を開くのです!
と言っても建前はお父様の夜会。
ザイード帝国十五皇女として、初の夜会デビュー。
という訳では無く、成績優秀者達に勲章授与して断罪したら早目に引っ込む。
年齢的にもう寝なさいって時間に夜会があるからね!
優秀な側近を取り立てる試験の結果、見事十人が選ばれた訳ですよ。
まあ、選んだの私なんだけどね。
将来の大公を支える為の側近。
私の賜ったリヒテンシュタール大公領、後の大公国の領主となる予定の人々。
授与式、とその優秀さを讃えてという、お祝いの夜会。
別に、勲章授与だけで良かったんだけど、これはジモーネの父親と愛人をおびき出すための餌なのですよ。
中継ぎの侯爵でありながら、愛人を家に引き入れて、お家乗っ取りを企んでいたからね。
実の娘のジモーネと、息子のヴァージルを虐げてもいたから、虐待の罪もある。
それとは別に『また試験やるから、我こそはって思う人は来てね』という宣伝の為の夜会。
本来であればすぐに夜会の用意は出来ないけれど、皇后陛下や皇帝陛下が頑張りました。
夜会を開くって決めてから五日、面接終えてから三日後の夜。
その間もしっかり、人質にされているヴァージルはこっそり見守って貰ってたの。
病弱な彼が押し込められている部屋はジモーネの書いた地図通りの場所だったみたい。
暗部がしっかり見張って、何時でも助けられるように騎士達も近くに控えてくれてた。
この辺はお父様の側近ね。
ヴァージルの無事を見守っていた私達は、漸く彼を解放できる夜会を今から開く!
この日は各地から人が集まっていた。
急な夜会だから無礼講で、という但書付きで招待状を送り、子供達の試験を見守り支える為に来ていた親達も、領地へ帰る前に夜会に参加する。
衣装の新調とか時間的に不可能だから無礼講って事で低位貴族も参加しやすい筈。
子供だけを向かわせていた近隣の領主達も何とか駆け付けた。
けれどこう……やらかしてしまった子供達を持つ親は針の筵だよね……。
でもね、交戦中の辺境伯やら、距離的に無理やろって人以外が不参加なんて返事をしたら、忠誠心を疑われてしまうからね。
針の筵だと分かってて来るしかないの。
試験中にちょっとした禁止事項に触れた人と、明らかに不正をしてしまった人。
小さなやらかしは、厳重注意。
大きなやらかしは、後継から外されて、当主によっては除籍にした様子。
ピッピは婚約解消からの、平民落ちでした。
短い夢だったね!
欲を掻き過ぎると碌な事にならないって童話にもあるもんなぁ。
前世で小さい頃好きだった、金の魚のお話。
海で捕まえた金色のお魚が望みを叶えてくれるってやつ。
お婆さんは欲張りで、夫はお婆さんの言いなりになって、何度もお魚に願い事を叶えて貰う。
背景の海がどんどん荒れて行くのも不穏で良かった。
最終的に女王になったお婆さんに魚を家来にしろって言われて、お爺さんは魚に言いに行く。
家に帰ると元の貧乏な家とお婆さんがいて、終わり。
この世の栄華を知った後の貧乏は辛いだろうけど、大人になってからはちょっと違う感想もあるんだよね。
あ、今、身体は子供なんですが。
お爺さんは何を思っていたんだろうってすっごい気になる。
婆、業突く張りだな!って子供でも今でも思うけどさ。
お爺さんは、お婆さんを幸せにしたかったのか不幸にしたかったのかどっちなんだろうなーって。
何も考えてない可能性もあるんだけどね!
そんな昔の絵本に思いを馳せてたら、夜会の準備が整った。
控室の窓から会場を見下ろせば、沢山の着飾った人々が集まってきている。
授与式が最初にあって、会場にいるのは試験に参加した人々とその家族達。
二階席には今回の試験に参加していない、させなかった貴族達。
お兄様やお姉様が階下の会場へと降りて行って、最後にお父様と大母様。
私はひょいっと父に抱き上げられた。
抱っこされたまま、会場に続く大きい階段を下りていく。
一段高い場所に、ずらりと皇女と皇子に分かれて立っていて、皇妃と側妾達も王座の後ろの椅子に座っている。
玉座には皇帝皇后の両陛下、と私モブリーナ。
まあうん、溺愛アピですね。
「皆の者、よくぞ集まってくれた。今宵は新たなる逸材達に栄誉を与える。皆にもその智勇を讃えて欲しい。だが、その前に、オーピッツ侯爵とその家族は前に出よ」
突然名指しされたオーピッツ侯爵は紅潮した顔で、愛人と笑顔を交わした。
褒美が貰えるとでも思ったのかな……?
え?ありえんでしょ……。
未だにこう、非常識な人達の反応って不思議だよね。
愛人との娘は、皇子達の方にちらちら視線を向けつつはにかみながら、前に出る。
こっちも、あれだね。
見初められるかも!とか夢見ちゃってるやつだ……。
身の程を知れ?
弟の方は逆に皇女達の方を意識しつつ、澄ました顔で前に出る。
うん、似た者家族だね!
「帝国の沈まぬ太陽、皇帝陛下にご挨拶致します。帝国の輝ける月、皇后陛下にご挨拶致します」
恭しく、頬を染めて侯爵は大袈裟な位に手をくるくるさせて深く挨拶をする。
その後ろで、愛人も愛人の子達も挨拶をした。
「時に侯爵、其方の連れの美しいご婦人の名は、何と申す」
美しい、と言われてぱああっと愛人の顔が輝いた。
もしかして、皇帝に見初められて側妾になれるかも!って思ったかもしれない。
「マヌエラ・ネスラーと申します、陛下」
侯爵が戸惑っている内に、さっさと愛人が一歩前に出てしゃなりと媚びを含んだ礼をしながら言う。
お前、声かけられてないのにかぁ!
だが、父は些末な事として今はとりあえずその無礼は無視をした。
「ほう、ネスラー男爵の……ん?この授与式に招いたのは試験に訪れた者達の家族であるが、侯爵、これはどういう事なのだ?」
この後、無関係な人も含めての夜会となるが、これから始まるのは授与式で、単なるお客様は会場ではなく、二階席で待機して会場を見ている。
私はバードウォッチングする野鳥の会のごとく鋭い目で二階席を見ていたの。
ネスラー男爵家の人を見つけようと思って!
あ、ネスラー男爵と家を継いだ兄か何かの両方が蒼褪めてる。
彼らはそのヤバさに一足先に気づいたよう。
「そ、それは、その……」
「既に一緒に暮らしていて、家族同然なのですわ、陛下!」
言い淀んでいる侯爵を押しのけるようにして、マヌエラが大袈裟に睫毛をぱちぱちさせながら上目遣いで父を見る。
ぇえ?
もしかしなくてもこれ、色仕掛け?
「ほう、つまり再婚予定であるか」
「いや、それが……」
「でも、陛下がお望みなのでしたら、この身を捧げる所存でございますわ」
…………うん。
………………うん。
お父様の笑みも怖いけど、大母様の笑みはもっと怖い。
オーピッツ侯爵の返答はしどろもどろになっていて、全てマヌエラが上から塗りつぶしている。
「私が其方を望むと?………どう思う?皇后」
「……不敬ですわね。礼儀もなく、許可も無いのに陛下に語り掛ける不届き者。それだけで牢に入れる理由にはなるけれど、他にもっと大きな罪がございましてよ、陛下」
「そうそう。オーピッツ侯爵、そこの男爵令嬢を愛人として屋敷に引き込み、本妻の子であり侯爵家の血を継ぐ正当なる後継者達を虐げたとか?」
わざわざ確定事項を聞いているんだけど、言い逃れ出来ると思っているみたい。
オーピッツ中継ぎ侯爵は大声でがなりたてる。
「ジモーネが言ったのですか!あの娘ときたら性悪でして、嘘を平気でつく娘なのです!」
突然息を吹き返したかのように罵倒するけど、いつもそんな風に怒鳴りつけていたんだろうね。
私は怖くないけど、お父様にしがみつく手にきゅっと力を籠める。
「大声を出すな。我が娘が脅えているではないか」
「あ……これは、申し訳もございません……」
変に愛想を浮かべてこっちを見るけど、気持ち悪いです。
「ジモーネ嬢から聞いたのではない。夫人の病没と共に侯爵家を解雇された使用人から聞いている。現在の使用人は其方らの意のままに動く者達で固めている様だが、さて、その忠誠心とやらも何時までもつであろうな?」
んー!そういう事か!
ジモーネの弟であるヴァージルを保護するだけかと思ったけれど、騎士団に使用人達も全員捕縛させたのか。
からの、尋問……からの拷問……?
尋問で吐けばいいけど、吐かない場合は拷問なんだろうなぁ。
途端に顔色が悪くなった侯爵。
冷たい目で見据えながら父が更に言う。
「実の子を性悪の嘘つきだと罵るか。次期侯爵はその姉弟であり、其方は中継ぎでしかないのに何を偉そうにしておる。そもそもお前は伯爵家の出自であろう。なあ、ノダック前伯爵……其方は息子に家を乗っ取る事が罪だと教えていなかったのか?」
父の眼は二階席に居るノダック伯爵と前伯爵とその家族達を見据えている。
彼らも真っ青だ。
必死で前伯爵が首を左右に振っているが。
「オーピッツ侯爵。貴様がどれだけ実の娘と息子を疎んじようと痛めつけようと、後継の座が自由になる訳では無い。もしお前の望んだように姉弟が死ねば、愛人と婚姻して二人の間の子を後継とする、などと夢に見ていたのかもしれぬが、姉弟の命が失われた瞬間、後継は別のオーピッツ侯爵の係累が任じられる故、中継ぎである其方は爵位を失うのだよ」
「……え、……ええ……」
まさか学校での授業の如く丁寧に教えられて、驚いているおっさんに私も驚く。
父、説明上手だし、優しい。
「つまり、お前には何の権限もない。実の娘と息子、侯爵家の姉弟が存在するからこその代理である。だが、弟を閉じ込め姉を酷使し、庶子達をのさばらせ、剰え姉弟に暴力暴言を与えた。更に侯爵家を乗っ取る心算だと分かる証言もある事から、其方らは極刑に値する。拘束せよ」
皇帝の静かな声に、騎士達が素早く駆け付けて、オーピッツ侯爵とマヌエラ、子供達を連行していく。
「た、助けてくださいましっ、わたくしは騙されていただけですっ」
マヌエラは何とか逃れようと身を捩って訴えるが、父は一瞥もくれずに、私を見る。
私も頷いた。
子供だから可哀そうといえば可哀想だけど、彼らは侯爵代理と男爵令嬢の間に生まれた庶子だから、正式な貴族ではない。
貴族の血を引く私生児で、扱い的には平民だ。
平民が貴族の子女を虐待していたのなら、極刑も止む無し。
と父が判断するのは当たり前だし、私もそこまで口は挟めない。
埒外ってやつ。
ジモーネを見れば、蒼褪めているが、しっかりと姿勢よく立っている。
私が頷くと、ジモーネも微かに頷いた。
「ネスラー男爵に、ノダック伯爵。その方達にも追って沙汰を下す。心して待て」
二階席の蒼褪めた人達は、深く礼をした。
そこまで酷い罰にはならないといいけど、やらかしたらその家門まで累が及ぶという見せしめだね。
この辺りは父の一存ではなく、皇后やら法務卿やらとの調整の後通告されるのだろう。
「時間を取ったが、授与式に移ろう」
父が私を変な金ぴかの台の上に載せる。
これから、私が勲章を皆につけてあげるのです。
隣には侍従長が控え、厚手の天鵞絨の上に勲章が並んでいる。
一つずつ手に取って、名を呼ばれる度に私の前に立つ彼らの胸に、その勲章を着けて行く。
ノアベルト・ピゼンデル
フロレンツ・フォン・ライヒェンバッハ
ラウス・パーペ
ジビレ・エストマン
カミル・フォン・パウルミュラー
ロイスター・フォン・レーヴェンタール
ゾフィー・フォン・マイシュベルガー
ジモーネ・オーピッツ
ライナルト・パラディース
スヴェン・エルトル
年齢も出自も様々な人々、されど優秀な人々。
「皆の者、讃えよ」
父の声と共に、拍手が降り注ぐ。
私も拍手した。
これから、出来れば末長く宜しく!
私の役目はここまでで、侍従長が抱き上げると、私の侍女にそのままスルーパス。
あ、ヴァージル!
ヴァージルとジモーネの感動の再会を見ないと寝られないっ!
「わたくしは、ヴァージルとジモーネの再会を見守りたいのです!」
活きの良い魚の様に、侍女の腕の中でびちびちとすれば、侍女が諦めた様に私を床に下ろした。
「少しだけでございますよ」
「ええ!」
そして、侍女がある部屋へと連れて行ってくれる。
しょんぼりと、痩せ細った赤毛の少年が居心地悪そうに長椅子に座っていた。
「あの……姉上は、何処でしょうか?」
「初めまして、ヴァージル。ジモーネももうすぐ来る筈よ」
私が挨拶すると、目を丸くした後でヴァージルも立ち上がって挨拶を返した。
「失礼致しました。ヴァージル・オーピッツと申します……挨拶もせず、大変申し訳ありませんでした」
侍女を連れているから、それなりの身分だと察したのだろう。
私は侍女を見上げる。
「侍医を呼んできて。すぐに診せたいの。あとジモーネも、退出していいのか分からずに戸惑っているかもしれないわ」
「畏まりました」
会釈をして、侍女は扉を守っていた騎士に用事を言いつけて、すぐに戻ってくる。
私は、長椅子を指さした。
「どうぞ、楽にして頂戴」
「はい」
遠慮しているヴァージルの横に座ると、彼も元の位置に腰かける。
暫くすると、扉が開いて、ジモーネが入って来た。
「ああ、ジルっ」
「姉上!」
二人は私の目の前でひしっと抱き合った。
涙の再会である。
これよ、これ!!
これが見たかったやつ!!
あーーー!今日はよくねむれそーーー!!
「モブリーナ皇女殿下、本当に、ありがとう存じますっ……ああ、本当に良かった、ジル……」
「姉上も、大変だったでしょう……本当に、ありがとうございます」
お互いを思いやる姉弟、いいね!
助かって良かった。
「お部屋の用意もさせました。ヴァージル様のお部屋はジモーネ様のお部屋の隣ですので、侍医はそちらへ向かわせました。ですので、お二人とも騎士と共にお部屋へとお戻りください」
「はい」
二人は素直に頷いて、もう一度私に礼を執る。
仲良く手を繋いで出て行く二人を見送って、私は侍女に抱き上げられた。
もう抵抗はしない。
活魚じゃなくてマグロと化した。
翌朝目が覚めて、色々気になって、まずはドアマット姉弟の部屋へ向かった。
「モブリーナ皇女殿下……おはようございます!」
「おはようございます」
ジモーネとヴァージルが挨拶をしてくれたので、こちらも返す。
「お早う。お加減はどう?」
「はい。お薬を調合して頂きまして、咳や胸の痛みは落ち着いているようでございます」
ジモーネの言葉に、ヴァージルも頷く。
「随分と楽になりました。これも全てモブリーナ殿下のお陰です」
「キント咳は、大人になるにつれて症状が和らぐそうで、出来れば自然の豊かな空気の良い場所での療養が望ましいとお医者様は仰っておりました」
空気の良い所かぁ。
前世での喘息みたいなものかな?
苦しいんだよね、あれ。
だったら、侯爵領で療養するのがいいのかもしれない。
「じゃあ、皆で行ってみましょうか、オーピッツ侯爵領の様子を見に」
「……皆、でございますか?」
「ええ。今回選んだ十人で、丁度いい実地訓練になるかと思うの。領主の代理をしている方がどんな方だとか、二人は聞いていて?」
ジモーネとヴァージルは顔を見合わせて、ふるふると首を振った。
そして、ジモーネが少しだけ言い淀んで付け加える。
「母が亡くなるまでは、お母様の従兄が代行していたと思うのですが、その後は……」
「ふむ……では、まず誰かを先に調査に向かわせますわ。ヴァージルももう少し栄養をつけて、お薬も飲んで診察も受けた方がいいでしょうし、日程についてはまたお知らせするわね」
「承知いたしました……殿下、あの……何から何までお任せしてしまって……」
申し訳なさそうにジモーネが目を伏せる。
可哀想に。
でも、まずはやれる事からやってもらおう。
「そうね、では、ジモーネはフロレンツと一緒に侯爵家の税金についての報告書を調査して貰おうかしら?」
「はい……!」
ぱあっと顔を輝かせてジモーネが頷く。
うん、これでよし。
「でも淑女教育の授業はちゃんと受けてね?」
「はい、仰せの通りに」
ヴァージルは、ゆっくり休んでもらおう。
うんうん。
私は二人の部屋を後にして、自分の部屋に戻って、呼び出した人々を待っていた。
探しに行こうとしたら、侍女に怒られたのだ。
呼ぶものであって、私が探してうろうろするものではない、と。
確かにそうか、と思って、従う事にした。
幼女の足でぽてぽて歩くより効率もいいしね!
そして、私の側近達が集合する。
「……という訳で、まずはオーピッツ侯爵領の現状を調べたいのです」
話を聞いて、それぞれ頷いたりしている。
まずは私の方で仕事を割り振る。
「フロレンツとライナルトはジモーネと一緒に、過去十年分くらいの侯爵領の税金や提出書類を調べて、不審な点がないか確認お願いね」
「分かりました!」
「畏まりました」
後は現地調査に向かわせよっと。
「ジビレは、魔導車の性能試験を兼ねて、現地調査組を送って欲しいの。ロイスターは護衛ね。調査はノアベルトとラルスとスヴェンにお願いするわ」
「畏まりました。ですが、私は単独での調査の方が良いので、単独でも構いませんか?」
ノアベルトがにこやかにだが、物静かにそう宣言する。
疑問形だけど、もうこれは宣言だ。
暗部だもんね。
何かこう秘伝の術とかあるのかもしれないし……魔法はないけども。
「ええ、構いませんわ」
「だったら、私も同じく」
「ええ、はい……」
「と、いう事は私も単独、という事ですね」
「そ、そうなりますわね」
ラルスがノアベルトの宣言に乗って、自分もと主張し、残されたスヴェンも結果的にソロになる。
なんなんこれ。
協調性は何処に行ったんだ?
まあいいけど、物は試しだし。
「ふうん。じゃあ馬車は寝泊まり出来る形態を二台か三台手配しておきますわね」
「え、ちょっと待ってー、私とカミルは?」
「えーと、貴方達は待機です。わたくし達が向かう時に一緒に行きましょう」
ゾフィーの質問に私が答える。
調査に役立つか分からないし、大人数で嗅ぎまわったらバレちゃう。
こちらも犯罪してる訳じゃないから、別にバレたところで問題はないのだけど。
はーい、とゾフィーは素直に返事を返す。
カミルも、綺麗に人差し指を上げる。
「ちょっと宜しい?殿下が向かう時は、領地運営に何かしらの梃入れをするという見解でいいのかしら?」
口調はちょっと女性っぽいが、服装はスマートに男性服を着こなしている。
ちょっと派手な位で、似合っているから良かった。
「ええ、そうです。ジモーネの弟のヴァージル君が将来受け継ぐ予定の領地なので、わたくし達の実地訓練に良いかと思っていますの」
「だったらゾフィー、私達にも残ってやる事があるわよ」
「えー?なあに?」
「地誌を調べて、特産物や植生を理解しないと、思い浮かばないでしょ?」
「ああ、確かに。警備体制の見直しとかも必要かも?」
元々既知の、辺境伯家二人組は話が弾んでいるようで、宜しい。
しかも建設的な意見に、私モブリーナもにっこりです。
「では、そのように。出発は明後日にしましょう」
そして私は父の許可を取りに行く。
私が開発に携わったとはいえ、魔導車は国の財産で作られているので。
それに後継達の許可があるとはいえ、侯爵領を勝手に調査するのも、越権行為だしね。
後継だけでなく陛下の許可があれば、万全。
「おお、モブリーナや、我が最愛のお人形ちゃん」
「ご機嫌うるわしゅう、お父様。許可を戴きに参りました」
生き物ですらなくなった。
愛称だから別に良いんだけど。
私は抱き上げられて、父の膝の上に座る。
だが、見上げた途端に言われた。
「ならぬ!」
「まだ何も言ってませんが!」
だって、獣人国へ行く許可はもう取ったもん!
むむむ、と父は眉を寄せている。
「オーピッツ侯爵領の調査を、わたくしの側近に任せたいので許可をくださいませ。報告書は提出致します。わたくしも後程姉弟と向かい、現地を見て色々と学びたいと思います」
「ふむ、許可は与える。が、どの位の時間を要すのだ?」
ほっ、許可は出た。
よきよき。
「先に調査に向かわせて、一週間後くらいに私も参りまして、滞在は三日~一週間弱を想定しておりますの。調査隊が調査している間、わたくしも侯爵領の運営について学んでから参ります」
「三日……だな、分かった」
うん、一週間弱は聞いてないことになりましたね。
一応問題がなければ、その位で良いと思ってる。
「オーピッツ侯爵とマヌエラ嬢は処刑が決まった。一週間後だ」
ああ、極刑ですものね、やっぱり。
気になるのは子供の処遇。
じっと見ていると、父は眉を顰めた。
「子供達は庶子、平民の扱いで年端もいかぬ者達だからな。もし虐待などに関わっていなければ修道院送りにするところだが、教育が悪かったとはいえ悪事に手を染めている者は野放しに出来ぬ。ゆえに鉱山送りとした。二人ともまだ十三と九つ。飯炊き女と雑用係として労務に当たる」
「そうなのですか。そこから出てくるような事は?」
「無いな。帝室の所有印を顔に刻んである故、一生を其処で暮らす。逆恨みで事を起こす事も出来まいよ」
かわいそう、だなんて思ってはいけない。
親が悪かったと諦めるしかない事もある。
でもね、良い親から悪い子が生まれるように、逆もあるからね。
親の所為ばかりではない。
親が意地悪でも、子供は何処かでおかしいと立ち止まれる人もいるから。
中々親の呪縛から逃れられる人は多くないとは思うけど。
少なくとも、何の罪咎もなく虐げられた二人の境遇に比べれば、仕方ないと思える裁定だ。
「その他の人は……」
「うむ。従業員達か。解雇されていた者達は咎めだてはせぬ。姉弟に何かあったらと思うと行動出来なんだろうからな。たとえ騎士団に通報されたとて、口裏を合わせられては手が出せぬ事もあろう。全ての事柄に暗部を動かす訳にも参らぬ故な」
まあ、それはそうか。
無能とかそういうのではなく、雇われている内に姉弟を連れて訴え出たとかなら別だけど、そんなに簡単に事は起こせないだろうし、行動力のある人もいなかったんだろうし、皆自分の生活の方が大事だよね。
解雇されるって分かってたら行動出来た人もいたかもしれないけど、まず最初に解雇されたくないって思うだろうし。
そうなってしまうと動くに動けない。
「現在の従業員は、ほぼほぼ連座で極刑となる。それぞれの証言と照らし合わせて、虐待に関与した者共は処刑。中には既に尋問の途中で亡くなっている者もおるが、関わらずとも沈黙していた者共には労役を負わせる。助けていた者がおれば斟酌したが、ジモーネからもヴァージルからも申し出はなかったな」
「ええ、聞いておりません。…委細承知致しました。二人にはもし聞かれたら話す事にしようと思います」
「うむ、それでよい。屋敷の管理は元の従業員で勤める事が可能な者達を集めるよう指示した。姉弟が戻るまで役人が様子を見に行くだろう」
「はい。お疲れ様でございました」
父の暗めの金の髪を撫でると、深い森の様な緑の瞳が細まる。
そしてぎゅっと抱きしめられた。
「其方は本当に私の癒しであるな」
「はい。それなら良かったです」
いつかは育って、巣立っていくよ!といつものように言いたくなったけれど。
きっと久々の貴族の犯罪で、疲れているみたいだから優しくしとこ。
「ああ、そうだノダック前伯爵は蟄居の上、伯爵家も降爵して子爵になった。ネスター男爵家はとり潰しの上、除籍となる」
「……はい。お父様はよく頑張りました」
ナデナデぽんぽんと手の届く範囲で父を撫でてあげた。
皇帝や国王って大変だよね。
相談する相手がいても、最後に決断するのはどうしたって頂点にいる者の責任だもの。
人々の崇敬を集めながらも、同じ位怨嗟にも晒される。
少しでも助けになれればいいな、と思いながら、同時にぬくもりに眠気を感じる四歳児でした。
ひよこの父が余命宣告を受けました。ガンです。
こんなに溺愛する父でもないし、出来の良い娘でもないですが、書籍化で喜んでいたので、親孝行はそれでいいかななんて思うひよこ。
ちょこちょこ親子ネタは挟んであるのですが、モブリーナの呼び名が枯渇していきます。
次は聖女編、良いとこどりでチラっと出て来た聖女さん、結構人死んでるので平和じゃないです!