超級悪魔として創造されたけど、まともに魔法が使えないから0.2秒の魔法で世界の理を覆す!
『ノル様、どうやら遅かったようです』
頭の中で声が響く。俺にとって、初陣は壮絶な光景となった。それまで、ここは比較的大きな村で、農場の拡大とともに特産の黒小麦で発展してきた。今は、赤々と燃える炎に包まれた荷車や家が夜の闇を煌々と照らしている。
「人…か?」
まだ、火の手が回っていない家の裏で揺らめく人影が多数見える。叫ぶ声が聞こえた瞬間、俺は走り出していた。畑の脇を通り抜け、家の裏に回り込む。彼らは、そこにいた。
「リリス」
頭の中で先ほど話しかけた声の主を呼ぶ。
『ノル様、お気を付けください。彼らは既に入り込まれてます』
「もう村の外れまで汚染されてんのか…」
剣を抜くと「ゲッゲッ」と奇妙な鳴き声を上げながら、元村人たちは、一斉に視線を少年に向けた。10体ほどだが、半分以上が笑ってる。
「舐められてんな」
『仕方ありません。彼ら低級はあなたの力を推し量ることは無理でしょうから。とはいえ、油断禁物です』
少年は、リリスの言葉に少し不服そうな顔をしながら、無造作に彼らに近寄っていった。風に吹かれ、ぱちぱちと燃え上がる炎に照らされると彼らの顔が鮮明に浮かび上がる。通常の人間と悪魔憑きと呼ばれる者たちの明らかな違いは、目だ。
瞳はもちろん、白目も含めて真っ黒になる。
『来ます』
リリスの言葉と同時に、ある一定の距離を超えた瞬間にレギオンたちは襲い掛かって来る。半円状に囲い込み彼らは俺に目掛けて鍬や鎌などの農具を振り下ろした。
「遅い」
レギオンたちの視線の先には何もなく、少年の呟きだけが彼らの後ろから聞こえた。
「ギッ…」という声と上げながら、3匹が同時に前のめりに倒れる。それを見て、笑っていたレギオンたちの表情が変わった。異変に気付いて後ろを振り返ると、今度は別の2匹が血を吹きながら倒れる。彼らの視線が移る前に、俺は移動していた。
あっという間に半数を倒されると、レギオンたちは混乱し始める。無理もない。ただの子供だと思っていたら出会い頭に半数が倒されてしまったのだ。ただの子供ではない、それどころか動きすら掴めない。彼らは怒りと恐怖を撒き散らしながらも、流れるように動く12歳の少年に次々と討ち取られていった。
『ノル様』
最後の一体の胸を貫いたところで、リリスの声が頭の中に響いた。気配を察して振り向くと、横たわっていた村人がむっくりと起き上がろうとしている。小さく息を吐いて構えた。起き上がり方が、既に人間のそれじゃない。先ほどの叫び声の主だろうか。
「死体にまで憑いたのか……」
次々と起き上がってくる村人たちを倒しながら、村の北側に向かって行くと、また別の叫び声が聞こえた。別の悲鳴に混じって剣戟を交わす音も微かに混じっている。どこかで戦っているらしい。
「間に合うか……!?」
音のした方に向きを変えて走って行くと、かがり火が焚かれている通りに出た。通りの真ん中には木の板で簡易的に作られたバリケードが築かれている。だが、そのバリケードもあちこちが破れ、その前には戦っていたであろう村人たちが、それぞれ手に武器を持った状態で絶命している。悲鳴が聞こえたのは、もう少し先のあの家だ。微かにまだ剣戟の音が響いている。
バリケードの穴を抜けて通り過ぎようとした瞬間、暗い影から何かが飛んで来た。不意を食らった格好になったが、視界に入ると同時にバックステップで躱す。投げナイフが家の石壁を突き破って刺さり、中心からヒビが広がって崩れた。
「やあ、良い夜だ」
影から姿を出したのは、冒険者風の恰好をした男だ。夜とはいえ、クソ熱い真夏に、黒いコートに黒い手袋というイカレっぷり。眼鏡の奥で青白い瞳が俺を値踏みするように上下に動いている。
『他とは違います。気を付けてください』
「低級じゃないみたいだな」
俺が呟いたのを聞き取ったらしく、勝手に答えてきた。
「冗談じゃないな。知能すらないあんなのと一緒にされては不快だ」
「別におまえに言ったんじゃない」
「では、誰に?」
リリスのことがコイツにわかるわけもない。そいつは、俺が黙っていると勝手に話を続け始めた。
「珍客が紛れ込んだと思って様子を見ていたが……。それにしても、下級とはいえ随分殺してくれた」
辺りを見回しながら、肩をすくめてさらに続ける。
「普通の人間は、先程のナイフで気付く間もなく死んでるはずだが…。面白いことに、おまえからは我々と似た匂いがする。どういうことか教えてくれないか?」
当たらずとも遠からずだ。知恵があるってのは、思ったより厄介なものかもしれない。俺は笑って答えた。
「さあな……。知りたいなら教えてやるよ、おまえが死んだ後でな」
その悪魔は小さく笑った。
「そんな通常武器で我らを殺すなど―おまえに興味が沸いた。是が非でも教えてもらうとしよう」
『魔力反応、来ます』
「わかってる」
リリスが頭の中で声を発する。奴から放たれた炎弾を、俺はステップで躱しながら一足飛びに距離を詰めた。剣先が奴の持つ剣と衝突する。咄嗟に剣で受けるあたり、レギオンとは力も反応速度も違っている。だが、俺は相手の想定と少し違っていたらしい。奴のひきつった表情が物語っていた。衝突した速度と衝撃を支えきれず、奴の足が地面から浮き上がって踏ん張りが効かなくなる。そうして、そのまま後ろに飛ばされた。
「出ろ!」
飛ばされながら奴が叫ぶ。と同時に、家の壁を破って横薙ぎに爪が飛び出た。追撃態勢から咄嗟に身を低くして避ける。壁の中から出てきたのはクマみたいな魔獣だった。
「リリス」
『クロウベア。この辺りに棲息してる自然魔獣ですが、悪魔に憑かれてるようです』
「めんどくさ……」
魔獣は、初撃を躱された直後も、間髪入れず2撃目を繰り出す。一方、吹き飛ばされた先で、ガシャンと盛大に音を立てながらも奴は炎弾を立て続けに放った。魔獣の2撃目を剣で受けていた状態で、横から炎の塊が飛んで来る。端からこれも作戦の内だろうか…?ジリジリとする熱風を撒き散らす炎を横目に、俺は魔獣の爪を受け流した。そのままくるっと回転して炎弾の前に躍り出る。
「フラックス・アーク」
剣に、ほんの一瞬だけ魔法陣が現れて消える。2発の炎弾に剣を叩きこむと、軌道が直角に変化。襲い掛かる魔獣に対しては、完全な不意打ちとなった。1発目は腹、2発目は頭に、それぞれ撃ち分ける。派手な音がしたと同時に魔獣の腹と頭部が吹き飛んだ。炎弾は奴が撃ったものより速度を上げてある。まず避けられないだろう。
「炎弾が…弾かれた!?」
悪魔は一瞬、呆気に取られたが、尚も迫って来る少年の姿を見て逆上した。
「ふざけんなよ、小僧!私を下級と一緒だと思うな!」
「俺、んなこと言ってないけどね…?」
悪魔の周りに無数の炎弾が出現する。ブラッドマジック。リリスが言うには、悪魔は人のように魔法陣を必要としない。その血が媒介となり術式を組み上げる。もっとも、どういう原理だかよくわからない…。だが、この最大の利点は瞬時に魔法を放つことが出来るということだ。
無数の炎弾が俺目掛けて飛んで来る。その向こうで奴がバカ笑いしながら叫んだ。
「どうやって弾いたのか知らんが、この数だ。1つ2つ弾いたところでどうしようもないぞ?」
たぶん―20以上はある…。ウォリアー、あるいはストラテジスト級かな。短時間でたいしたもんだ。
「フラックスフィールド」
同時に襲い掛かる炎弾を、一瞬で弾き返していく。
「…!?マジックウォール!」
跳ね返される自らの炎弾が、慌てて築いた見えざる壁に当たっていくつもの爆発が重なる。
「何故、あの速度で魔法陣を構築出来る!?奴は人間じゃないのか」
「そこは当たってる」
あり得ないことに、後ろで耳元に囁くのは、先ほどまで魔法を撃ち込んだはずの声と、同じ響き同じトーンだった。距離はあったはず?いつ移動した?どうやって?
いくつもの疑問が湧き上がる。驚いて振り向こうとするその時になって初めて、悪魔は気付いた。自分の首と胴体が既に切断されていたことに。
「ブラッド…マジック?」
斬られた悪魔の思考と身体は、塵となって消えていった。悪魔憑きとなったものは、全てが消える。
「ぐっ」
急に額に痛みが走った。軽い眩暈もする。
「リリス、どうなってるんだこれ?」
『ノル様の階級が上がったんですよ』
「階級…。俺にもあるの?」
『はい、ノル様の階級はサーヴァントに上がりました』
「マジかよ。全然嬉しくないんだけど…」
『後々、役に立つかと思います』
軽い眩暈が治まると、俺は小さく息を吐いた。さっきの悲鳴が気になる。声が聞こえた家は小さな丘の上―風が吹き下ろす中で、音も運んで来たのだろう。俺は既に走り出していた。
「ルナ、ダメ!抑えて」
「だって、あいつら、あいつら、お、お母さんを……!」
ルナと呼ばれた少女が、涙混じりの声で鍬を握り締める。止めている少女は、納屋の扉の隙間から後ろ姿の男を覗き込んだ。
「お父さん…」
少女の呟きに、父と対峙している何かがぴくっと反応したように感じた。
「エリス、行かせて。私もお父さんと戦う」
「ルナ、ダメだよ。エリスの言うこと聞かなくちゃ……」
納屋の奥に隠れてる3人目の少女の小さな手にも、鎌が握られている。その手はカタカタと小刻みに震えていた。
「ルナ、ステラの言う通りだよ。お父さんがここに隠れてろって言ったんだから。私たちが出て行ってもお父さんの邪魔になるだけ」
「……」
エリスに言われて、ルナは歯を食いしばったまま押し黙る。簡素な槍を構えた男――父は、対峙したまましばらく動かなかったが、動き出すと同時に相手の腹を突き刺したようだった。
「お父さん…!」
小さく、うわずる声を上げるルナに応えるように、槍を引き抜いて父は振り返る。納屋に隠した娘たちのところへ駆け寄ろうとした時だった。父の腹から錆びた剣先が突き出る。突き出た切っ先は、瞬く間に赤黒く染まっていった。
「お父さん!」
「に…逃げろ」
ルナに目に飛び込んで来たのは、目が真っ黒に変異した異形の者だった。一目見て人間ではない姿、少女たちが日々聞いていた怖い話に出て来る姿。悪魔だ。ルナの思考は恐怖で停止した。
「ルナ!」
エリスが納屋の中で叫ぶ。
「行かせるか!」
悪魔が歩き出す悪魔の足を、父が抱きついて止める。その首を無造作に突き刺した瞬間、ルナの感情は怒りが恐怖を凌駕した。
「げっげっ」
ニタつく笑みを浮かべる悪魔目掛けて鍬を打ち下ろすも、少女の細腕では圧倒的に力不足である。鍬の柄は折られ、そのままルナの服を引きちぎり、顕わになった腹に剣を突き刺した。涙を流しながら吐血し、痛みに顔を歪めるルナの顔を見て、悪魔はまた「げっげっ」と笑う。
「ルナを離せぇぇぇ!!」
納屋の扉を勢いよく飛び出した2人の少女を目にすると、掴んでいたルナを放り棄てゆっくりと歩み寄る。勝負は、最初から明らかだった。鉈を持ったエリスは腕ごと斬られ、ステラの足は両断された。なんで、こんなことに…!?エリスは転がされた地面の上で記憶を辿った。これが走馬灯というものだろうか?
今日は、ダンジョン探索を生業にしてるお父さんが、久しぶりに帰って来た日だった。お父さんが帰って来る日は、いつもよりちょっと豪華な食事になる。ルナはステラと一緒に市場に買い物に行って、食材の買い出しをした。私はお母さんと料理の下ごしらえを手伝う。鍋にお湯を沸かしながら、野菜を刻んで香草を使う分だけ分けておく。
ルナとステラが買い物から帰って来て、それから、お父さんが帰って来た。以前は専業農家だったって聞いたけど、不作続きで探索者も兼業としてやることになったって聞いたことがある。
お父さんは、久しぶりのおうちのごはんに笑顔だった。だけど、お母さんが探索のことを尋ねると、少しだけ顔が曇った。探索仲間の様子が少し様子が違ったらしい。
……それからだ。村でちょっとした騒ぎが起きて、狂った魔獣が暴れた。しばらくして、村の人たちがどんどんおかしくなって、遂に殺し合いが始まった。それから、それから……。斬り飛ばされた腕の先が、エリスの目に入ると、急に現実に引き戻された。すぐ隣には呻きながら荒い息をしてるルナとステラが転がっている。
「ル、ナ…、ステ、ラ…」
エリスはふらつく意識の中で、2人に顔を向けようとした時、真っ黒な瞳と目が合った。漆黒のどす黒い瞳が、エリスの顔を覗く。ニタつく悪魔はそのままエリスの服に手を掛け―その瞬間、轟音と共に悪魔の顔がひしゃげて吹き飛んだ。
エリスの前には銀髪の少年が立っている。信じられない光景だった。彼が蹴り飛ばしたかに見えた悪魔は、その衝撃で地面に頭が半分以上めり込んでいる。噴き出した土煙が、月の明かりの下で舞い上がった。悪魔は、ぎぃぎぃ言いながらめり込んだ頭を抜いている。その顔は先程のニタついた笑顔ではなく、恐怖に歪んだ顔だった。
その顔を見た瞬間、沸々と怒りが湧き出すと同時に、エリスの目から涙がこぼれた。
私にも、力があれば……。こんな奴に……。
「下衆野郎が……タダで死ねると思うなよ」
横で怒気を込めた言葉を吐いた少年の姿は、エリスの視界から消えていた。エリスは思わず目で少年の姿を追う。少年の姿はいつの間にか、逃げようとする悪魔の進行方向に立っていた。悪魔の表情はわからない。直後、砲撃のような音が何重にも重なり合うようにして響く。それが銀髪の少年が悪魔を殴ってる音だと認識するのに、数秒かかった。少年は散々殴りまくると、最後に元の形がわからなくなった悪魔を天高く蹴り飛ばす。そして、そのまま落下してきた悪魔の胴体を真っ二つにした。村の人たちや、お父さんが束になって戦っても勝てなかった化け物が、自分と同い年ほどの少年ひとりに手も足も出ないなんて……。
「凄い…」
時が止まったように、3人の少女は自分の失った腕の痛みも忘れて、その一方的な戦いに見入った。やがて、ドンっという衝撃音が響くと、悪魔は跡形もなく消し飛んでしまった。
「大丈夫か?」
少女たちにそう声を掛けようとして、俺はその言葉を飲み込んだ。あと数分―それだけあれば確実に全員死ぬ。全員が致命傷だった。
「リリス、彼女たちをなんとか助けることは出来ないか?」
『残念ながら、ノル様には出来ません』
思わず事情の知らない彼女らの前で、舌打ちしそうになる。俺には回復魔法なんて使えない。生涯使えるはずもない。でも、じっちゃんなら…。
「この近くにクランメンバーはいるか?」
『恐らくいないでしょう。ここは、討伐地域からずれてます。ここまで来たのはノル様の感覚と成り行きで来てしまったので』
「くそっ……」
横目で彼女たちをチラッと見る。長髪の子は両腕、その隣の子は脚が切断されてる。少し向こうに倒れてる子が一番酷い状態で、腕と腹部から大量に出血していた。ジリジリと迫るタイムリミットに苛立ちと無力感が襲って来る。
メンバーが近くに居たとしても、こんな状態じゃ呼びに行ってる間に死ぬ。そもそも近くに居ないなら、そんなこと考える意味もない。…ちくしょう、考えすぎて頭がクラクラしてきた。
……。
そういや、さっきも頭が痛くてクラクラした。
なんだっけ。ああ、そうか。俺、階級が上がって…。
……!
そうだ、階級だ!悪魔の階級。
「おい、リリス。俺の階級上がったよな?」
『…はい』
「こいつら、俺の眷属に出来ないか?」
『……可能ですが、眷属に出来るのは数が限られてます。それに、一度契約したら変更は出来ません。彼女たちは戦力としては―』
「いいんだよ、そんなこと!それより、おまえ黙ってたな?」
『‥‥‥』
リリスの反応が無かったということは、やっぱり知ってたんだろう。
俺は改めて彼女たちの様子を見た。この村で唯一出会った生存者だ。死なせたくはない。
「おい…俺の言葉はわかるか?」
必要最低限の確認を3人にする。ルナを助けるためにエリスとステラが戦ったのが幸いした。3人とも声の届く範囲に倒れている。
3人は今にも止まりそうな弱々しい呼吸を続けながら、視線だけを向けた。
「良かった、今から俺が質問することに答えてくれ」
少年の言葉は闇夜の空気に溶け込むようだったが、その響きは強かった。彼女たちの視線は尚も彼の言葉を待つ。
「俺は、他人に対して回復魔法を使うことが出来ない。それに、仲間を呼んでたらおまえらは死ぬと思う。だけど、たぶん別の方法で助けることが出来る」
俺が喋ってる間にも、ルナの呼吸が途切れ途切れになって来ていた。たぶん、意識も朦朧としてきているに違いない。
「俺は悪魔の血を引く魔人だ。俺と血の契約を結べば瞬時に回復出来る。その代わり、人間には戻れなくなる」
「…どう、いう―」
エリスが辛うじて受け答えする。俺は、エリスの質問の意味を瞬時に理解した。
「俺と血を分け合うということは、俺が死ねばおまえらも消滅する存在になる」
一拍の間をおいてエリスが口を開いた。
「おね、がい…します」
エリスの言葉を聞いて俺は他のふたりを見る。ステラは一瞬エリスと目線を交わした後、俺の顔を遠慮がちに見て頷く。ルナは既に目が見えていないようだった。軽く手を触れると、微かに握り返す。その反応で俺には十分だった。
「わかった」
短く答えて、腰に巻いたベルトの鞘から短剣を取り出し、鋭い刃を手首に当てる。月明かりに照らされた刃が鋭く光り、シュッという音と共に彼女らの傷口に血が注がれた。暖かい血が触れた瞬間、彼女らの傷口が淡い光りを帯びて塞がっていく。まるで、時間が逆戻りしていくかのような光景だった。
彼女たちの斬り飛ばされた腕や足が瞬く間に再生されていった。驚く表情で彼女たちは自分の身体を触って確かめる。一通り自身の身体が再生されると、自然と家族に目が向いた。
「エリス!?」
「ステラ!」
ふたりが喜ぶ姿を見て安堵する。ふたりはすぐに俺の横で倒れたままのルナの傍に座り込んで、軽く肩を揺さぶった。
「ルナ、ルナ!大丈夫?」
一番傷が深かったルナは、意識が途切れてしまったようで、ふたりの呼びかけでようやく目が覚めたようだった。
「エリス、ステラ!?」
「良かった!ルナ!」
「え、ちょっと待って!ふたりのそれって何!?」
ルナが驚いたのは、ふたりの背中に黒い羽が生えていたことである。
「血の眷属として、身体が順応し始めてる証拠だ」
「血の眷属?」
エリスの問いに静かに頷いて続ける。
「俺の血は魔人の血。おまえらは血の契約を通して、俺の眷属となったんだ」
エリスとステラはお互いの黒い羽を見つめ合っている。その後ろからルナがエリスに代わって質問を続けた。
「あの、これってずっとこの格好のままです?」
「そんなことはない。ただの初期反応だ、すぐ消える」
リリスに確認しながら彼女らの質問に答える。俺だって眷属にしたのは彼女らが初めてだ。ルナはそれを聞いて少しホッとしたようだった。
「あの、命を助けて頂いてありがとうございます」
エリスが頭を下げると、他のふたりもそれに倣って頭を下げる。ステラは内気なのか俯きがちにおずおずと頭を下げた。ルナはステラとは対照的な様子で、真っすぐと視線を送って来る。
「私の名前はエリス、隣の眼鏡を掛けているのがステラで、私の後ろにいるのがルナです。よろしければ、お名前を伺ってもよろしいですか?」
名前はあれだけお互いに連呼されたから知っていたが、エリスは年齢の割に対応がしっかりしている。この3人の中で彼女がリーダー的存在なのだろう。
「俺の名前はノル。ノル・スタークだ。礼を言われるようなことじゃない‥‥‥」
「そんなことはないです。みんなこうして無事に―」
「正直、この結果がお互いにとって良かったのかは、まだわからないだろ?」
「どういうことですか?」
俺は自分の生い立ちを少し話して聞かせた。自分の母親のこと、リリスのこと―そして、超級悪魔として創られた自身のこと。話してる最中、3人は一言も話さず、ただ黙って静かに聞いていた。咄嗟とはいえ、3人の命を助けることで果てもない自身の戦いに巻き込んでしまったのだ。
聞き終わってしばらくの沈黙のあと、エリスが切り出した。
「ということは、ノル様はいずれルシフェロンという悪魔に狙われる可能性があるということでしょうか?」
「……リリスはうまく隠してくれてると思う。だけど、隠し通せるものじゃない。いずれは、そうなると思う…」
「私、ノルさまのために戦う!」
ルナが拳を握り締める。一瞬、ルナに視線を送り、エリスも続く。
「私の命はノルさまのものです。ノルさまのお役に立てるよう頑張ります」
ふたりの様子にステラが慌てだす。俺を含め、2人の姉妹の視線がステラに注がれるなかで、懸命にステラは言葉を紡ぎ出す。
「あ、わ、私も―です!ノルさまが来なかったら3人とも死んでました。だから、えと、その―」
その様子を見て、ノルはフッと力が抜けたように笑った。
「エリス、ルナ、ステラ。3人ともありがとう」
リリス曰く、俺が直接眷属に出来るのは3人が限度だ。こんな少女ではなく、もっと力の強い魔獣や冒険者を眷属とすることも出来たのだ。だが、上級悪魔と戦うには絶対に揺るがない強い意志が必要になる。その点だけを挙げれば、彼女らは申し分ない。
ルナの顔色が急に変化する。
「そうだ、あいつら!あいつら、お父さんとお母さんを!」
エリスとステラは、辺りを見回すルナに視線を戻すと複雑な表情を浮かべる。エリスは悲しさと怒りと決意が入り混じったような表情。ステラは、悲しさで涙を浮かべながら俯くのだった。
「さっきの悪魔は俺が倒した」
ルナは意識が飛んでいたのだろう。俺の言葉を聞いて少し、力が抜けたようだった。だが、その横でエリスが絞り出すように答える。
「実は、もうひとりいたんです」
「もうひとり?」
俺が尋ねると、黙って3人は頷いた。
「はい、目が黄色い悪魔でした」
『黄色い瞳は上級の部類に入ります』
リリスが割り込む。上級……。
「あいつも許さない!絶対に許さない!」
ルナの手が怒りで震えている。
「気持ちはわかるが、今は抑えろ。今のままじゃ勝てない」
ノルの言葉を聞いてエリスが決意を固めた瞳で見上げる。月の明かりで、エリスの瞳が濡れたように青白い光を反射した。
「ノルさま、私たち、強くなれますか?」
「もちろん。強くなれるし、そうするつもりだ」
俺は頷きながら答えると、彼女たちはお互いを見合って力強く「お願いします!」と叫ぶ。俺と彼女たちは、こうして出会った。
設定やエピソードが出し切れませんでしたが、もし、人気が出るようでしたら長編化も検討していきたいと思います。