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1 さっちゃんのなつやすみ

 

 今日は特に猛暑だった。蝉の鳴き声と日差しが私の体に染み渡る。田舎の田んぼ道を歩いて、駄菓子屋に向かっていた。


 何故駄菓子屋に向かっているかというと、この後虫取りの予定があり、その駄菓子屋が集合場所だった。


 何もない田舎道を歩くのは退屈で、余計に暑さを感じていた。


 しばらく歩くと、ぽつんと佇む駄菓子屋が見えた。駄菓子屋は古く、年季の入った木枠の窓は、開けるたびにギィっと鈍い音を立てる。


「おばあちゃーん、アイス一つちょうだーい」


  「まいどー、100円ね。」


 おばあちゃんに、ポケットから取り出した100円を渡す。ひんやりと冷えたアイスを受け取ると、それだけで暑さが少し和らいだ。店の前にあるベンチに腰をかけて口にする。


 心地よい風鈴の音を聴きながら、夏の空に目を向ける。少しぼーっとすると、溶けて短パンにアイスが垂れる。ようやくそこで溶けていることに気づき、再び口にする。


「もうすっかり夏だなぁ…」


 そんな風に駄菓子屋で夏を感じていると、背後から夏の暑さを吹き飛ばす様な、弾ける声がした。


「さっちゃーん!お待たせ〜」


 幼馴染のむぎちゃんだ。虫籠を肩にかけて、虫取りの網を持っている。


 むぎちゃんとは小学校からずっと同じクラスで、中学もそのまま2年間同じクラスだ。自分とは違って、明るくクラスの人気者だ。少しお調子者だけど、そんなむぎちゃんは私にとっての親友だった。


「さっちゃん、アイス買ったの?私も買おーっと!」


 むぎちゃんもアイスを買って、私の横に腰をかける。むぎちゃんはアイスを口に入れた瞬間、今までの暑さが吹き飛ばされたような満面の笑みで口に頬張る。


「さっちゃん!今日こそヘラクレス取ろうね!」


 むぎちゃんはいつもこの調子だ。


「ヘラクレスって、日本にはいないんじゃないの?」


「わからないじゃん!もしかしたらいるかもしれないでしょ!」


 今の彼女には日本にいるかどうかなど関係ないのだろう。


「せっかくなら、もっと大物を狙いたいよね!」


「というと…?」


 私は少し考えた。ヘラクレスより大物って何がいるのか。新種とか?それとも、金色に輝くカブトムシとか?


「宇宙人とか未確認生物!!」


 もはや、私の考えている次元を超えていた。むぎちゃんがもつ夢はいつも大きい。


「そんなのいるわけないじゃん……。」


「でも、せっかくならそんくらい珍しいやつがいた方が楽しいじゃん!!」


 アイスを口にしながら、彼女はとびっきりの笑顔で答えた。こんな田舎町にそんなのがいたら、明日のニュースはこの話題で持ちきりだろう。


「もしいても虫取り網じゃ捕まえられなくない??」


「その時は奴らと戦って倒して、私が持って帰る!」


  何処から湧いてるかわからないその自信、そしてドヤ顔を決めてこっちを見つめる。


「何言ってんの」


 思わずクスッと笑ってしまった。むぎちゃんの言う事はいつも少し馬鹿げでいるけど、楽しい。


「はい!さっちゃん笑ったから負け〜!置いてくからねー!」


 むぎちゃんはいつの間にかアイスを完食して、虫取り網を横に振って駆けていく。慌てた私は残りのアイスを一気に口にいれて、さっちゃんの背中を追っていく。



  ー----------


  私たちが向かったのは、近くにある山だ。山道を歩きながら散策をしていた。しかし、山に居る虫は限られている。蝉や蝶、たまに樹液に群がっているカブトムシなどを見かけた。私はカブトムシだけでも充分驚いたが、むぎちゃんは案の定納得していない様子だった。


「さっちゃーん、全然宇宙人や未確認生物居ないねぇ〜」


「むぎちゃん、そんなのいるわけないでしょ…」


  少し呆れつつも、宇宙人や未確認生物がもしかしたらいるかもしれないと期待していたのだ。無意識に、自分もどこかで『非日常』を求めているのかもしれない。


「とにかく、もう少し散策してみよっか。」


「うん!絶対捕まえよ!!」


 むぎちゃんはまだ諦めていない様子だった。宇宙人や未確認生物は恐らくいないのかもしれないけど、ほんの僅かな確率でいるならばぜひ出てきてほしいものだ。


 しかし現実はそんな甘くない。そもそも、こんな山に宇宙人や未確認生物がいる確率なんて0に等しいのだろう。


 でも、むぎちゃんが喜ぶ顔を見たいなと思う。むぎちゃんと過ごす夏休みは、毎年楽しかった。こうして虫取りしたり、祭りに行ったり、花火したり。そんなありきたりの夏休みが、私にとっては楽しい夏休みなのだろう。


「宇宙人や未確認生物が居るなら、是非現れてほしいものだよ…」


  つい口から溢れてしまった。さっきはむぎちゃんに居るわけがないと否定した自分が、そんな事を口にしてしまって少し恥ずかしくなった。


「なんか言った?さっちゃん??」


「うっうん、何も言ってないよ」


 少し誤魔化して、その場をやり過ごす。

 途端、少し強めな風が吹き、2人の髪は乱れる。急な強風に思わずびっくりしてしまった。

 しかし、何か違和感を感じる。何故だろうか。


「ねぇさっちゃん、なんか静かじゃない??」


 むぎちゃんも何か違和感に気づいていた。風が吹いてから、周辺の様子が少し変だった。


「むぎちゃん、蝉の鳴き声聞こえる?」


  そう。あまりにも静かであり、いつの間にか蝉の鳴き声が聞こえないのだ。さっきまで煩いと感じるくらいだったのに、今は静寂だ。

 ただ静かな山の中で、木漏れ日が私を照らす。


 ふと、こちらを見つめるむぎちゃんの背後に何かの気配を感じている。じんわりと額に滲む汗が、焦りを感じた。


 目を疑った。


 むぎちゃんの背後には、この世の者とは思えない存在が聳え立っていた。見た目は完全に死神だった。よく見る真っ黒なローブに身を包み、私たちより遥かに大きな鎌を持っている。


 私は足が硬直して動かなかった。途端、激しい腹痛に襲われて、膝を地面についた。


 助けなきゃ。むぎちゃんを助けないと、むぎちゃんが死んじゃう。どうしよどうしよどうしよ。体が固まって、口も動かない。どうしよ、どうしよ。


 次第に、むぎちゃんの後ろにいる死神の様な者は、鎌を大体に頭上で持ち上げる。


 どうしよ。どうしよ。どうしよ。どうしよ。むぎちゃんが死んじゃうよ!!口が動かない、動いて。動いて。口動いてよ!


 大きな鎌を振り翳して、日差しが鎌に反射している。そして、ゆっくりとむぎちゃんを狙った。


 その瞬間、再び蝉の鳴き声が聞こえ始めた。

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