第6話 白黒彼女は唐揚げが好き
茉白さんと別れて家に帰ってしばらくすると、母さんが仕事から帰ってきてご飯の支度を始めた。
トントンと野菜を切るリズミカルな音がキッチンから聞こえてきた。
仕事から帰ってきて疲れているのにご飯の支度もしてもらって母さんには頭が上がらない。
昔ご飯の支度をしようと思ったときがあったが、「子供が親に気を使うんじゃないよ。むしろ甘えてくれる方がお母さんは嬉しいかな」とやんわり断られたことがある。
やはり母は強しって言葉はあながち間違いじゃないと思う。
スマホでネットサーフィンをしながらベッドで横になってゴロゴロしていると呼ぶ声が聞こえた。どうやらご飯が出来るらしい。
リビングへ向かうとキッチンから声をかけられた。
「お味噌汁とご飯持っていって」
キッチンへ向かうとご飯とお味噌汁が3人分用意されていた。
(ん?なんで3人分なんだ?)
僕は疑問に思い、料理を盛り付けている母に問いかける。
「ん?今日父さん帰ってくる日なの?」
僕の父さんは単身赴任で絶賛海外で仕事中だ。でもイベント事があるとなんとか時間を作って帰ってきてくれる。家族の時間も大切にしたい父なりの最低限のルールらしい。
3人分用意されていたから父が帰ってくるものだと思っていたが、別に今日は特別な日でもなんでもない。
母さんは少し呆れた顔をして僕を見る。
「お父さんなわけないでしょ。これは茉白ちゃんの分よ」
「茉白さんの?」
予想外の人物で少し驚いた。まさかまさかの茉白さんの分だとは思いもしなかった。
そしてすぐに否定された父さんが少し可哀想に思えた。お仕事頑張ってね父さん。
「そう。茉白ちゃんの。だから早く呼んできてよ千尋。ご飯冷めちゃうわよ~って。」
母さんに言われるがまま玄関で靴を履いて、茉白さんの家の前向かった。まぁ、すぐ隣の部屋なんだけどね。
インターホンを押そうと指をちかづける。その瞬間、すごく緊張してることに気がついた。よくよく考えてみれば女子の家のインターホンを押そうとしてる訳であり、意識すればするほどなぞの胸の高鳴りが始まる。
この時だけは茉白さんがひとり暮らしで良かったと思える。茉白さんのお父さんやお母さんが出てきたら恥ずか死ぬ自信がある。
僕は胸の鼓動をコントロールしながらインターホンを押した。
ピンポーン
インターホンの音が夜闇に包まれたフロアに響き渡る。しばらくして扉の奥から人の気配が近づいてきて物音がした。
ガチャリ。
扉が開かれて家主が顔を出した。
「どうしたの灰原くん?」
茉白さんは薄手のパーカーに短パン姿でラフな部屋着姿だった。彼女ほどの美少女なら普通の男子は、目を奪われてしまうこと間違いなしだ。
お淑やかな女の子のラフな姿ってだけでもお釣りが来るレベルだが、何より短パンからスラッと伸びている透明感のある生足が、適度にムチッとした太ももが男子高校生の性を刺激してくる。
僕だって例外ではない―――はずだが、それよりも別のことでホッとしていた。
「よかったぁ~茉白さんだぁ。いないと分かってたけど、万が一お父さんとかお母さん出てきたらどうしようかなってドキドキでいっぱいだったよ。女子の家のインターホンってこんなにも押しづらいんだな。ソシャゲの課金もこれぐらい押しづらかったらいいのに」
茉白さんは僕のホッとしている姿を見てクスクスと笑いだした。
「私でよかったね~灰原くん。まぁひとり暮らしなわけだし、いるわけないんだけどね。ところでなんの用?ゲームするって雰囲気でもなさそうだけど。あ、もしかして私のプライベートを覗きに来たの?まだそこまで仲良くないよ~灰原く~ん。白黒つけるのはやすぎだね。ギャルゲーでも親愛度が足りません!」
得意げな顔でからかってくる茉白さんを軽く無視しながら僕は要件を告げる。
「母さんにご飯できたから呼んでこいって言われてね。ご飯冷めるからはやくこいよ。じゃあそういうことで」
僕は淡々と告げて帰ろうとしたら手を掴まれた。
思ってたよりも華奢な手だなと思った。
「え?私の分のご飯?なんで?え?いいの?」
僕をその場に留めたものの茉白さんは理解が追いついていない感じだ。
「あぁ、いいからはやくこいよ。母さんの考えは僕もよくわからん」
「あ、すぐ支度するから待って!一緒に行こ?ね?お願い」
茉白さんは僕の返事を聞かずにサッと部屋に戻ると身支度を済ませた。
茉白さんを連れてリビングへと向かった。
「お邪魔します。すいません、夜ご飯もご馳走させていただくなんて」
さっきまで狼狽えていた女の子とは別人の礼儀正しいお淑やかな女の子がそこにいた。
「いいのよいいのよ!それにそんなに畏まらなくてもいいわよ。いつもの自然な感じで」
母さんはまるで全てを見透かしてるように言う。茉白さんはそう言われても清楚系に振る舞うがなんだかぎこちなさを感じる。彼女自信、見透かされてると感じているのかもしれない。
「冷めちゃう前に食べちゃいましょ」
母さんに促されて茉白さんと共に席に着いた。メニューはご飯とお味噌汁、そしてサラダ。メインは鶏の唐揚げだ。唐揚げはニンニク醤油味の唐揚げで、外はカラッと揚がっていて中はジューシーに仕上がっていた。ひと口食べると、ニンニクの香りと濃いめの醤油の味付けが口いっぱいに広がる。ご飯が進む味付けだ。
茉白さんを横目でチラリと覗くと、唐揚げを食べては恍惚の表情を浮かべていた。
「茉白ちゃんが美味しそうに食べてくれるから嬉しいわ~」
母さんは茉白さんを見て嬉しそうな顔をしている。
茉白さんは母さんのひとことで我に返ったのかハッとしていた。
「とても!とても美味しいです!」
もはやそこにはお淑やかな女の子はいなくて、唐揚げで喜ぶ子供がいた。
なんだかそんな無邪気な姿が可愛らしく思えた。
食事が終わると茉白さんはお礼を言った。
それに対して母さんは茉白さんに優しく微笑んだ。
「明日もご飯食べにおいで。ひとり暮らしじゃご飯とかも大変でしょ?」
「えっ?」
茉白さんは「なんか言ったの?」という意味で僕を見る。
僕は「何も言ってない」という意味で首を横に振る。
「やっぱりそうなんだ。ちょっとかまかけて見ただけだよ。2人とも顔に出すぎだよ」
そんな僕たちを母さんは見て優しく微笑む。
「ひとり暮らしは大変でしょ?ご飯に洗濯にお掃除に色々あるし。ましてやあなたはまだ子供なわけなんだから甘えたっていいんだよ。それが大人の役目だから」
「えと、私…私は…」
茉白さんの瞳には涙でいっぱいだった。
泣かないって強い意志が押しとどめているのかもしれない。
「だから明日からも一緒にご飯食べよっか。一人で食べるよりみんなで食べた方が美味しいでしょ?それにこんなに綺麗な肌してるんだからちゃんと栄養も取らないと!」
そんな母さんの言葉をきっかけに彼女の頬をひとしずくの涙が流れていく。一度こぼれてしまうと止まらず、次から次へと流れ出してしまう。
そんな茉白さんを母さんは優しく抱きしめていた。
「それにー、こんな茉白ちゃんが千尋と関わりあるなんて奇跡だからね~。お母さんとしてもほってはおけません!きゃー私ってなんて息子思いなのかしら!将来ゆくゆくは息子の嫁として―――」
「おい、母さんの下心丸出しなんだけど!」
そんな僕と母さんのやり取りを聞いて茉白さんは笑った。涙で顔はぐしゃぐしゃだけど、素敵な笑顔だと思う。
「そういうことなら、明日からもお邪魔しますね!」
なんだか母さんと茉白さんで勝手に白黒つけられた気がするが今はそっとしておこう。
それから茉白さんは、「また連絡するね」といい帰っていった。
キッチンで皿洗いを手伝っていると母さんから話しかけてきた。
「ねぇ千尋。茉白ちゃんのことどう思う?」
「どう?ってどういうこと?まぁ…普通かな」
「普通ね~、あんたは普通が好きだからつまり……好きってことね!」
カチャン。
持っていた皿を落としそうになり慌ててキャッチする。
「いやいや、普通だから!好きとか嫌いとかないから!」
母さんは聞く耳持たず、そっかー、ふーん、と1人でなにやら考え事をしてるみたいだ。
そんなとき、ピロンとスマホがなった。
「ほら、茉白ちゃんからかもよ!こっちはもういいからいったいった!」
無理やり仕事を奪い取られ、スマホを確認しに行く。
『今日はありがとう。それと、今時間空いてるなら、ゲーム一緒にしない?』
届いたメッセージはゲームのお誘いだった。