第3話 白黒彼女は赤も白く染めたい
茉白黒奈は雑貨店で様々な生活用品を買い集めていた。あれこれ手に取っては「どっちがいいと思う?」と聞いてくる。
彼女は自分の答えを持っているので僕の選択を聞く意味があるのかわからない。よくある答えを知ってるくせに質問してくるやつだ。
たまたま同じ結論にたどり着いた時は逆に自分のセンスを疑い始める。まぁ、たしかに僕にはセンスなんてないけども。
「じゃあ、精算してくるから外で待ってて」
彼女はそう告げると買い物かごを持ってレジへと向かった。
僕はその背中を見送りながら考えていた。
(なぜあんなに生活用品を買うんだろう。親が用意してなかったのか?)
彼女の支払いが終わるまで雑貨店の外で待っている。スマホで時間を確認するとお昼時になっていた。意外と長く雑貨屋で買い物をしていたことに驚きつつ、お昼ご飯をどうしようか考えていた。
休日、そしてお昼時ということもありショッピングモールは人で溢れている。
(神様、どうか知り合いに会いませんように…)
知り合いに会うと面倒事になりそうだから神様に何回目かわからない一生のお願いをする。もちろんそんなお願い本気で叶うなんて思ってもないけど。
「あれ?こんなとこで何してんの千尋」
案の定、知り合いに遭遇してしまった。
幼なじみの赤井凛だ。
なぜか母さんの言葉が頭の中を駆け巡った。
『あ、ちなみに凛ちゃんと茉白ちゃんどっち狙いなの?まさか……両方!?バレないようにしなさいよ~』
(狙ってるわけではないんだが…)
僕は頭を振って雑念を振り払り、凛を見た。
トレードマークの赤髪のポニーテールが嬉しそうにゆらゆらと揺れている。
服装を見る限り、上は女バスのチームTシャツ、下は学校指定のジャージを履いていた。少し上気した顔を見る限り、部活帰りなのだろう。
「あー、あれだ。買い物に来てたんだよ」
「そうなの?雑貨屋さんにひとりで?もしアレなら私も付き合うよ?」
凛が気を使って言ってきてるのをひしひしと感じる。
雑貨屋の店内をよく見れば女性が多く、男性もちらほらいるがカップルだと思われる。
凛は僕がほんな雰囲気に萎縮して店内に入っていけないと感じたのだろう。
凛の優しさに少し罪悪感を覚える。
(なんか悪いことしてる気分になるのはなぁぜなぁぜ?)
もちろんそんなこと誰も教えてはくれない。
とりあえず断りを入れておこうと思った矢先、待ち人がきた。
「ごめんね、レジが混雑してて。大分待たせちゃったよね……ってあれ?赤井さん?こんにちは」
「え?茉白さん?なんでいるの?待たせてた?千尋を?ん??」
茉白さんはなんとなく僕と凛を交互に見て事態を察した雰囲気を出しているが、凛には情報量が多すぎたようだ。
目に見えて?を浮かべている顔をしている。美少女転校生と僕が出会って数日で休日に雑貨屋で買い物をしている。もし僕が逆の立場だったなら間違いなく同じ顔をしていたと思う。いたって普通の反応だ。
「落ち着け凛。実は色々あってだな――」
僕が事の経緯を説明したら驚いたり笑ったり色んなリアクションをしながらも理解してくれたみたいだ。
「そんなことなら私も誘ってくれたら良かったのに~。私も茉白さんと買い物したかったなぁ~」
ちょっと残念そうに肩をすぼめる凛。
(出来ることなら僕と変わって欲しかったけどな)
そんな凜を見て、茉白さんは何かひらめいたようだ。
「ちょうどお昼時だし、よかったら3人でご飯でも食べませんか?」
その言葉にピクリと凛は反応した。
「いいね~それ!ナイスアイデアだよ~。千尋ももちろん行くよね?てか行くしかないでしょ~!でもどこにしよっか。私と千尋だけならガツンと行けるけど茉白さんはニンニクとか得意じゃ無さそうだし…うーむ」
どうやら僕の意見はフル無視する構えのようだ。凛らしいといえば凜らしいけども。そして凛のとある言葉に引っかかり、僕は無性に真実を教えてあげたくなる衝動に駆られた。
(凛、清楚なオーラに騙されるな。この人はニンニクむしろ得意すぎるくらいだぞ。マシマシだぞ)
そんな衝動に駆られているのがわかるのか、凛の後ろから口パクで「喋ったら許さない」とすごい圧をかけられた。
「ん?気のせい?なんかすごいプレッシャー感じた気がしたんだけど…」
勘が鋭いのか、凛はプレッシャーを察知しすぐに振り向いた。しかしそこには清楚オーラ全開で「どうかしました?」とニコリと微笑む茉白さんがいるだけだ。
(オンオフのスピード速すぎだろ!?)
「最近できたパスタ屋さんに行こっか!リーズナブルでおいしいらしいし!それでいいかな茉白さん」
「パスタ、いいですね!」
ということで3人でパスタ屋さんへ。
待つこと10分で店内に入ることができた。
凛の言う通り、価格はリーズナブルでお財布に優しく、安いだけでなく本格的なメニューが多くある。
(カルボナーラにしようかな。いや、ボロネーゼも捨て難いな…うーん)
僕がメニューに悩んでいると女子達ふたりはすぐに決まったのか僕の決定を待っていた。
「まだ決まらないの?私お腹すいちゃったよ~」
部活終わりでエネルギー切れなのかお腹をぐぅーと鳴らしている。
茉白さんは口パクで「カルボナーラしたら?」と圧をかけてきている。
「したら?」と提案してるように見せてこれは命令形のやつだ。結局僕は圧に負けてカルボナーラを選択した。
それぞれタブレットを使って注文した。
待つこと十数分、注文の商品が揃った。
「それじゃあ食べよっか!」
凛のひとことを皮切りにみんな注文したパスタを食べていく。
凛はボロネーゼの大盛りを注文していた。
香味野菜で煮込んだひき肉がたっぷりとパスタにかかっていて、見てるだけでお腹がすく。
茉白さんはというと、ペペロンチーノを頼んでいた。ニンニクの香りがふわっと香りそれだけで食欲が刺激され無性に食べたくなる。
(ニンニク好きなの隠す気ないのかよ)
僕が見ていた視線に気がついたのか怪訝な顔をする茉白さん。
「何か言いたいことでもあるの灰原くん」
彼女はそういいつつ優しく微笑むが、目だけが笑っていなかった。
僕は首をブンブンと横に振って否定する。
僕が頼んだのはカルボナーラ。
厚切りのベーコンにチーズと生乳のソース、ブラックペッパーが相まってとても美味しい。
食事を終えた僕たちは、そこで解散することにした。
どうやら後は凛が案内してくれるらしい。僕はお役御免ってやつだ。
「今日はありがとう灰原くん。おかげで色々と助かりました」
「じゃあまたね千尋!」
「おう、またな」
彼女たちと別れて僕は帰宅した。
時刻は二時過ぎだが、ご飯を食べたことと早起きしたことによって猛烈な睡魔に襲われていた僕はそのままベッドに飛び込んだ。
色々と考えることはある。
生活必需品を買い込む姿や、清楚でお淑やかな姿を演じていること。
気がつけば僕はそのまま眠りに落ちていた。
数時間後。
ピンポーン。
インターホンが来客を告げる。
僕はうっすら瞼を開けてスマホで時間を確認する。
PM:17:05
3時間ほど寝ていたようだ。しかしまだ眠い。
(眠いし、居留守でもするか)
僕はまた瞼を閉じて眠りに―――
ピンポーン
眠りに―――
ピンポーン
眠り―――
ピンポーン
「しつこすぎだろ!」
僕は声を荒らげつつ誰がこんなにしつこくインターホンを鳴らしているのか気になった。
勢いに任せて玄関の扉を開くとそこ居たのは―――
「遅い。居留守なのバレバレだから」
やや不機嫌…いやかなり不機嫌そうな茉白さんだった。