第1話 転校生は白黒彼女
「ねぇねぇ!私の事好きでしょ?」
誰もが1度は訪れるかもしれない、究極の問いかけ。好きな子から言われるとドキッとするし、嫌いな奴に言われるとムカッときてしまうやつだ。
彼女のような可愛い女の子に言われたら、陽キャなら「好きだよ」とか言えるのかもしれないが、僕は別に陽キャなわけではない。
だから僕が持ち合わせる答えはひとつだ。
「いや、別に」
適当に答えると彼女は急にしおらしくなり、小動物の様に可愛らしく首をかしげる。
「むぅぅ。じゃあ……私のこと…嫌い?」
うん、嫌い。と言えるやつがいるだろうか。
もし居るとしたら人でなしか、あるいはハイパー陽キャだけだろう。
もちろん僕は人でなしでもハイパー陽キャなわけでもない。
持ち合わせた答えはいつもひとつ。
「いや、別に」
気に触ってしまったのだろうか、彼女はワナワナと肩を震わせ苛立っているようだ。
そこには先程までのしおらしい、いたいけな女の子はいなくなっていた。
「じゃあ、一体なんなの!?」
少し声を荒らげながら言う彼女に僕は淡々と答えた。
「普通…かな」
彼女は、茉白黒奈は何でも白黒つけたい女の子だ。
――――
5月のとある日。
ゴールデンウィーク明けで教室の喧騒が懐かしいなと感じていた日にそれは突然訪れた。
「うちのクラスに転校生がくるらしい!しかもめっちゃ可愛い女の子!」
朝の教室でヤンチャな男子が大きな声でみんなに伝えていた。どうやら朝、職員室に担任の先生と向かう転校生を目撃したらしい。高校二年生になっても転校生でバカほど盛りあがる僕たちはまだまだ子供なのだろう。
男子は可愛い女の子が来るということで「よっしゃ!」と歓声をあげている。中には急に髪型を確認し始めるやつもいた。現金なヤツらだ。
逆に女子では「どんな子が来るのか楽しみだね!」と盛り上がっているが、一部は好きな人が取られたらどうしようと不安そうな顔をしている人もいた。
「転校生楽しみだね千尋!」
隣の席から元気に話しかけてきたのは幼なじみの赤井凛だ。
トレードマークの赤い髪をひとつに束ねポニーテールにしている。パタパタと下敷きで扇いでいるということは女バスの朝練をしていたのだろう。どことなく甘い制汗剤の匂いが漂っている。
「楽しみではあるが、別にみんなほどではないかな」
僕、灰原千尋はみんなのように特別転校生に興味はなかった。気にはなるがまぁ、普通って感じだ。
そんな僕の答えなんて聞く前からわかっていましたと言わんばかりの顔で彼女は言う。
「相変わらずだね~。さすが普通大好き男!そんなんじゃモテないよ~」
「いや普通が1番だろ。あ、噂をすれば来たみたいだぞ」
チャイムが鳴ると同時にガラガラガラと教室の引き戸が開いた。
見慣れた担任の先生がヒールをカツンカツンと鳴らしながら教壇へ登る。
「おはようございます!今日はみんなに新しいお友達が増えます。仲良くしてあげてくださいね。さぁ、どうぞ入ってー」
先生の呼び声に少し遅れてから教室の扉がガラガラと開く。
入ってきた女の子を見てクラス中がごくりと息を飲んだ。
芸能人を生で見たことは無いが間違いなく他とは違うオーラがそこにあった。
夜闇を照らす月のような美しい白髪からは清楚な印象を受ける。セミロングの白髪がなびくとインナーカラーに黒髪が混じっているのがみえた。清楚だけでなく遊び心もあるように感じる。
そして何より透き通るように白く綺麗な肌が驚きだ。「きれい…」と思わず女子が口に出すほどの透明感があった。透明感ってこういう事なのかと男の僕でも理解するレベルだ。
「それではみんなに自己紹介してもらえるかな」
彼女はこくりと頷いで全体を見渡してから自己紹介をした。
「初めまして。茉白黒奈です。まだ引っ越して日が浅く、分からないことだらけなので仲良くしてくれると助かります」
最後に彼女は優しく微笑んだ。
微笑みに対して数人の男子が胸に手を当てていた……おそらく恋に落ちたと思われる。
これがスクールカースト最上位の力か。
それから数日間はみんなから質問攻めにあっていたが嫌な顔ひとつせず真摯に対応していた。そして僕が1番驚いたのはクラスメイト一人一人にあいさつに来たことだ。陰キャにも優しいなんてずるい。
もちろん僕のところにも来て普通にあいさつをした。凛と違って制汗剤じゃないいい香りがして驚いた。これがスクールカースト最上位が奏でる香りなのか。
クラスの陽キャから陰キャまでみんな彼女に好意的だ。たった数日でこのクラスをものにしていて、まるで最初からここに居たような感じだ。
彼女が転校してきてから数日後の週末の放課後。
僕はいつも通り隣の席の凛が女バスに向かうのを見送ってから家に帰宅する準備を始めた。カバンを持ち、教室を出る。
下駄箱で靴を履き替えているとピロンッと音がなり、スマホにメッセージが届いた。
『今日は仕事が遅くなるから夜ご飯適当に済ませといて』
母さんからのメッセージだ。僕は『了解』とだけ返して、夜ご飯を何にするか考えながら歩いた。
(久しぶりにピザでも食べようかな)
そう思いつくと、ネットでピザの配達のオーダーをしておく。週末だし、ニンニクマシマシのガーリックピザにした。付け合せにフライドポテトを添えて。飲み物は頼むと高くつくから近くのスーパーに寄って帰ることにした。
スーパーで買い物を済ませて、家に向かう。
新商品のお菓子とかを見てたら配達がギリギリの時間になってしまった。でも高校生なら仕方がない、普通のことだ。
僕は急いでマンションのエントランスを越えて、エレベーターに乗り家に向かう。
エレベーターを降りると、案の定ピザ屋さんが配達に来ていて、インターホンを鳴らしていた。
僕の隣の家に。
空き部屋だったからもしかしたら誰か引っ越してきたのかもしれないが、さすがにピザの配達を僕と同じ時間にしてるなんてありえないはずだ。もしかしたら間違えたのかもしれない。そう思いピザ屋さんに話しかける。
「あの、ピザ頼んだのはこっちの家ですよ?」
店員さんは振り返り、わかってますよと言わんばかりの顔をして答えた。
「わかってますよ。そちらにもお届けに向かいますから」
ガチャリ。
言い終わると同時にドアが開き、家主が出てきた。すごく綺麗な白髪の女の子だ。
「ピザの配達に来ました~。ご注文の商品、ニンニクマシマシのガーリックピザです。またよろしくお願いします」
「わぁ~、ありがとうございま……」
あんなに幸せそう頬を緩めてピザを受け取る子を初めて見た、そして見られた。深淵をのぞく時深淵もまたこちらを覗いているのものだ。
彼女が顔をこちらに向けたときに綺麗な白髪からインナーカラーの黒髪が見えた。僕は素早く目を逸らし何も見ていない風を装った。
(うん、普通普通。隣の家に転校生が引っ越してきているなんてよくある話だ。まぁ他人の空似かもしれないしな。)
「あ、こちらも配達のピザです。ご注文の商品、ニンニクマシマシのガーリックピザとポテトになります。またよろしくお願いします~」
「あぁ、どうもです」
店員さんは素早く僕にも配達して去っていった。僕も家に入ろうとしたら声が聞こえた。
「ねぇ……見た…よね?」
今の僕に振り返る勇気は無い。もしかしたら聞こえているこの声も気のせいかもしれない。そう思い、僕はドアノブに手をかけ扉を開こうとした――が腕を掴まれた。
「ねぇ、見たよね?今更見てないとか言わないよね?」
ギュッと腕を掴む力が強くなった。
僕は観念して振り向くとすぐそこに顔が来ていた。そしてこの距離だからこそわかる。
この女の子は茉白黒奈であることが。
「あなた灰原くんだよね?いい、このことは2人だけの秘密よ?私がニンニクマシマシのピザたべてる何て知られたら私のイメージが崩れるから。わかった?」
美少女転校生に名前覚えてもらってる嬉しい――とはならない。
いいたいことはわかる。清楚で高嶺の花のような存在が、ニンニク臭を撒き散らすわけがないって話だろう。僕としてはそれはそれで親しみがあって普通にいいと思うのだが…。
彼女の作り上げたイメージ通りなら優雅にアフタヌーンティーをしていたのかもしれない。それにしてもすごいプレッシャーだ。
「お、おう」
僕は圧に負ける形で生返事をしてしまった。
それが良くなかったのかもしれないと気づいた時には遅かった。
彼女はさらにグイッと顔を近づけてきた。
これが目と鼻の先ってやつか。いい匂いがふわりと香り、鼻腔をくすぐる。後から来るニンニク臭は僕が手に持っているピザの箱からだろう。なんだかすごく損をした気分だ。
「返事は『はい』か『いいえ』で答えなさい」
「いや顔近すぎだって……」
さすがにこんなに顔が近いと普通に誰だって照れてしまうと思う。例に漏れず、僕も流石に恥ずかしい。しかし、彼女はそんな事お構い無しに勢いを出していた。
「返事は!?」
「は、はい!」
「わかればよろしい。じゃあね」
彼女はさっと僕から離れると自分の家へと帰っていった。嵐が過ぎ去り、静寂を取り戻したマンションの通路。
(ふぅ。とりあえず早くピザを食べよう。そして今日のことは忘れよう。厄介事は懲り懲りだ。)
僕は家の鍵を開け扉を開ける。
ガチャリ。
僕が家の扉を開けると同時に、またしても隣の家の扉が開き家主が、茉白黒奈がひょこっと顔を出した。
「言い忘れてたけど、明日からよろしく。お隣さん?ふふっ」
言いたいことだけ告げると彼女はまた家に戻った。今度はしっかりガチャンと鍵を閉める音が聞こえたのでもう出てこないだろう。
(明日からよろしく?どういう意味だ?)
僕は彼女が言い残した言葉の意味を考えながらピザを食べてその日をすごした。
答えは翌日の朝、判明することになる。
休日の朝、なんだかリビングが騒がしい。
普段なら二度寝して昼前まで寝ているが(これが普通だよね)、あまりの騒がしさに目を覚ました。
眠気まなこをこすりながらリビングへと向かう。
ガチャリ。
「ふぁあ~。おはよう、母さん。朝からどうしたの?」
そこには夢なんかじゃないかと思う光景が広がっていた。いや、むしろ夢であって欲しかった。
「おはよう灰原くん!ぐっすり眠れた?」
そこには僕の家で朝食を食べている茉白黒奈がいた。
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