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元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第3章(7)俺の秘密と敵の事情

作者: 刻田みのり

『お知らせします』


『魔力吸いの大森林エリア・廃教会地下にて中ボス「四色の闇司教(ダークビショップ)モダン」が次代の聖女イアナ・グランデに討伐されました』


『なお、この情報は一部秘匿されます』



『イアナ・グランデに「プラントバスター」の称号が授与されました』

『以後、植物系の相手との戦闘時に攻撃力と防御力が20%アップします』



「……」


 あれ、俺は何もなし?


 まあ、ほとんどイアナ嬢が戦ったようなもんだからなぁ。


 はいはい、俺はおまけみたいなものですよ。


「ちょっと!」


 俺がやむなしと判断しているとイアナ嬢が天の声に怒鳴った。


「ジェイも一緒に戦ったのよ。それなのにあたしにだけ称号を与えるなんて不公平じゃない」

「いや、俺は別に称号なんて要らない……」

「へぇ、あんたは随分と謙虚なんだな」

「!」


 突然の知らない声に俺とイアナ嬢は揃ってぎょっとした。


 俺たちの前に羽根の生えた小さな子供が降りてくる。黄色のローブを着た五歳くらいの小さな男の子だ。ちょい生意気そうではあるが割と可愛い容姿である。


 頭には正三角錐の帽子、そして背中には四枚の羽根。


「んだよ、なーに人にメンチ切ってんだ。泣かすぞ」

「……」

「うわっ、何こいつ口悪いっ」


 男の子、俺、そしてイアナ嬢。


 つーか、正三角錐?


 俺はしばし考え、訊いた。


「ひょっとしてヒップホップか?」

「他に誰がいるんだよ。その汚らしい首の上にあるのは飾りか? 身体ばっかり鍛えて頭の中は貧弱なのか?」

「……」


 うん。


 ヒップホップだね。


 どうしてこんな姿になったのかはわからんがこの口の悪さはヒップホップに違いない。


 ま、実際に悪口を聞いたのは初めてだけど。


 なーんかイメージが出来上がっちゃってるんだよねぇ。


「あんた何で姿が変わってるのよ。それにその姿。まさかそれが本来のあんただなんて言わないわよね?」


 イアナ嬢が早口に捲し立てる。


「あのクソくだらねぇ闇司教(ダークビショップ)様がくたばってくれたからな」


 ヒップホップが吐き捨てるように答えた。


「マリコーだっけ? 科学者だか何だか知らんが俺っちを勝手にマスマティカから召喚しやがって、さらにはあのクソ闇司教(ダークビショップ)に契約して助けてやれときやがった。俺っちのような超有能な精霊が悪魔程度に受肉された奴とまともに組める訳ねぇだろうっての」

「えっと?」


 返ってきた言葉の連射にイアナ嬢が目を白黒させた。


 あ、うん。


 何だか知らない単語もあるし戸惑うよな。


 てか、マスマティカって?


「それにヒップホップなんてダサい名前を付けやがって。俺っちにはちゃんと1D4という格好良い名前があるんだよ。この高貴でセンス溢れる名前をそのまま使わないなんてむしろ犯罪だと思わねぇか?」

「高貴でセンス溢れる……?」


 イアナ嬢がめっちゃ何かを言い足そうにしている。


 俺は「黙ってろ」と目で訴えた。


 これ、伝わらないと面倒くさくなりそうなので絶対に伝わって欲しい。


 俺の願いが通じたのかイアナ嬢からの余計な一言はなかった。


 その代わりに質問が飛ぶ。


「えっと……あんたはどこかから召喚されたのよね。マスマティカって?」

「俺っちのような理知的で品位のある精霊が棲んでいる世界だよ。そんなことも知らないのか。だからこの世界の奴らは(*お知らせします。以降の発現に極めて不適切な表現が含まれていました。そのため内容を伏せさせていただきます)」

「……」

「……」


 イアナ嬢が苦笑いし俺も何とも言えぬ気分になった。


「んだよ、てめーら俺っちに文句あんのか」


 俺たちの反応が気に食わなかったのかヒップホップが睨んでくる。凶悪な目つきだが見た目が可愛らしいので恐さは半減だ。


「ちっ」


 舌打ちしてヒップホップが再び話しだした。


「マリコーが間に入ったからかクソ闇司教(ダークビショップ)との契約はすげぇ俺っちを縛るものになってたし、そのせいで俺っちはあんな姿にされちまうし、そりゃあもう酷いもんだったぜ。おまけに体内には無理矢理変な球を入れられちまうしよぉ。俺っちってもしかしたら滅茶苦茶被害者なんじゃねーの?」

「球?」


 俺が尋ねるとヒップホップが心底嫌そうに顔を歪めた。


「大実験で使う増幅装置とか言ってたぞ。詳しいことはあのクソ闇司教(ダークビショップ)に聞けや……って、もう滅んじまって無理か」


 ヒップホップがニヤリと笑った。


 なかなかに悪そうな顔である。まあ可愛さでかなり半減しているが。


 それはともかく。


「……」

「……」


 俺とイアナ嬢は目配せし合う。


 こいつ増幅装置を持ってるぞ。


 どうする? 殺っちゃう?


 そうだな、殺るか。


 じゃあ、あたしがやるね。


 イアナ嬢が両手を腰に当てた。


 何気なさを装うとしているが動きはバレバレである。


 当然、ヒップホップが警戒した。


「んだよ、俺っちがいろいろ話してやってるのに殺す気か? 俺っちはあの女にムカついているからあんたたちに協力してやろうかなあって思ってるんだぜ? 重要な情報とか欲しくないのか?」

「重要な情報?」


 俺の疑問にヒップホップが得意気に胸を張った。


「契約中はあの女のせいで能力制限されてたから使えなかったけど、俺っち、相対した存在の過去データを読むことができるんだよ。まあ、あんたらみたいな低レベルの奴らには逆立ちしたって真似できないだろうけどな」

「……」


 どうしよう。


 こいつ、今すぐぶちのめしたい。


「クイックアンドデッド!」


 イアナ嬢が両手を前に突きだした。


 四つの光がヒップホップの脇を擦り抜ける。


 行き過ぎた光が弧を描いて再度ヒップホップを襲うが当たらない。


 何度か繰り返すと光は円盤の姿に戻って地面に落ちた。


「お粗末だな」

「くっ」


 ヒップホップに鼻で笑われイアナ嬢が唇を噛む。


「100発とか200発ならともかく、その程度ならちょいと魔力干渉して軌道をずらせばそんなへなちょこな攻撃なんて効かねぇんだよ。それにだ」


 ぐにゃり、とヒップホップの姿が歪んだ。


 次の瞬間、正三角錐を被ったイアナ嬢が現れる。


「自分に攻撃できるか? まあできるってんならあんたの親や姉妹に変身したっていいし何ならそこの男にだってなってやるさ。そっちの方がいいか? あんた、惚れた男を攻撃……」

「わぁーっ、わぁーっ、わぁーっ!」


 いきなりイアナ嬢が騒ぎだした。


 おいおい、親や姉妹に変身するとか言われて怒るのは仕方ないかもしれないが落ち着けっての。


「おやおや、必死かよ。何かすげぇ面白そうだからここは変身しとくか?」

「止めて! というかやったら殺すから。絶対に全力で滅ぼすからねっ!」

「……」


 イアナ嬢。


 そんなに親や姉妹に変身されたくないのか。


 あーそういやこいつ実家とは一本線を引いてるもんな。


 それならたとえ偽者でも親や姉妹には会いたくないか。


 俺もなるたけイアナ嬢の実家のことには触れないようにしよう。


 とか思っていたら……。


「わぁーったわあーった、つまんねーがここは止めておいてやるよ。その代わりに」


 ヒップホップの姿がまた歪んだ。


 今度はウィル教の修道服を着た超絶美少女になる。そのあまりの可愛さは(*お知らせします。以下の表現には過度な美化表現が含まれていました。恥ずかしいので削除します)。


 頭に正三角錐を被っているのはそういう仕様なのだろう。


 獣から人に変化する能力を持つ魔物や亜人種には変化後に耳や尻尾を残すタイプもいる。ヒップホップもそういったものと同じタイプなのかもしれない。


 ……て。


 待て待て待て待て。


 どうしてお嬢様の姿になる?


 それはやったら駄目だろ。


 俺、幾ら偽者でもお嬢様には攻撃したくないぞ。


「はははっ、そこの男の過去データからこいつを選んでみたぜ。どうだ、そっくりだろ? 大サービスでチュウとかさせてやるぞ」


 お嬢様の姿をしたヒップホップが自分で胸を鷲掴みにする。


「んー巨乳じゃないってのが今いちだがあんたはこんなんがお好みなのか? まあ別に貧乳って訳でもないし普通に少し大きめなおっぱいだよな」

「くっ」


 ヒップホップの言葉に何故かイアナ嬢がギリッと歯を噛んだ。とても悔しそうだ。


 いやそこイアナ嬢が悔しそうにするところじゃないよね?


 ええっと、どうして自分の胸を悲しそうに見るのかな?


 あれ、もしかしてイアナ嬢よりお嬢様の方が大きいのを気にしてる?


 安心しろ、お前は胸だけじゃなく他にもいろいろ負けてるから。


 ……とか思ってたら睨まれた。怖い。


 ムニムニと胸を揉んでいたヒップホップがその手を止めた。


「折角だからあんたも揉んどくか? 結構いいぞこいつ」

「なっ」


 俺が魅力的なお誘いに衝撃を受けているとヒップホップがいやらしそうな目をした。


「どうせこの女で妄想して(*お知らせします。こちらも極めて不適切な発言なので伏せます)」


 わぁ、止めろ止めろ。


 俺のお嬢様を汚すようなこと言うんじゃねぇ。


 心の底からそう願ったがヒップホップには届かなかった。


「それにあれだ、こんくらい上玉なら男なんて選り取り見取りなんだろ。あんたはこの女のこと心酔して美化してるみたいだが実際はどうだかなぁ。案外この身体で楽しんでいるんじゃ……」


 ぷち。


「サウザンドナックルッ!」


 収納から射出された数百個の銀玉が一斉にヒップホップに襲いかかった。


 ヒップホップが魔力干渉で最初の数発こそ避けたがそれだけだった。


 すぐに力の奔流と化した数百個の銀玉がヒップホップを滅多打ちにした。あらゆる方向からの打撃が確実にヒップホップにダメージを与えていく。


「ウダダダダダダダダダダダダダダダダ……ッ!」



 **



 サウザンドナックルでズタボロになったヒップホップが仰向けに倒れている。


 変身は解けておらず未だお嬢様の姿のままだ。


 自分がやったこととはいえ、ボロボロなお嬢様を目にすると心が痛むな。


 まあ、正体はヒップホップなんだけど。


 俺とイアナ嬢は油断せずに奴を眺めていた。


 それにしても、あれだけの数の銀玉を食らってまだ生きていられるとは凄まじいタフさだな。


「ク、ククク……」


 ヒップホップが笑いだす。


 俺に目を向け、意地悪そうに告げた。


「なるほど、あんたも俺っちと同類か」

「……」

「どうだ? 同じ人外をぶちのめしてスッキリしたか? あのクソ闇司教(ダークビショップ)の時はあんまり活躍できずにもやもやしてたみてぇだしな」

「……それも俺の過去データとやらを見て知ったのか?」


 俺の声は自分でもわかるくらい硬くなっていた。


 ぎゅっと拳を握る。


 俺の中の「それ」が囁いてくるがどうにか無視した。


「そうやって人の過去をほじくり返して楽しいか? 人には他人に見られたくない過去だってあるんだよ。それを勝手に覗く権利をあんたは持ってるって言うのか?」

「は、ははは」


 ヒップホップが声を上げて笑った。見ていて気持ちのいい笑い方ではなかった。


「あん? 俺っちに大事なお嬢様を侮辱されて怒っただけじゃなくあんた自身の秘密も曝かれてキレてんのか?」


 ゲホッとヒップホップが血を吐く。


 少しの間咳込んでからまた言葉を接いだ。


「あれか、そこの女にはまだ言ってなかったか? そうだな、あーこいつは失敬。あんた自分が人間じゃないってこと他人に話したくなかったんだな。化け物扱いされたくないなんて随分と可愛いこって」


 俺は収納から銀玉を一個取り出してヒップホップの顔にぶつけた。


 グゲッと悲鳴を上げてヒップホップが悶える。手加減しなかったからな。さぞ痛かろう。


「ね、ねぇ」


 イアナ嬢。


「人間じゃないってどういう……」

「言葉の通りだ」

「っ!」


 俺が肯定するとイアナ嬢が息を呑んだ。


 顔を背ける。


「ひゃははははは」


 ヒップホップが嘲笑った。


「見たろ? それが人間の反応なんだよ。あんたがどう頑張ろうと結局人間はあんたを拒否する」


 また吐血してヒップホップが続けた。


「昔お嬢様に人間として認められたようだがあんたのお嬢様みたいなのは例外中の例外だ。それに人間はすぐに裏切る。あんたのお嬢様だっていつかはあんたを裏切って敵になるかもしれないぞ」

「……うるさい」

「あんたを人間として認めたお嬢様があんたを化け物と呼ぶ。あはは、傑作だ。その時あんたはどんな顔をするのかねぇ。さぞかし見物だろうよ」

「うるさい!」

「あんたは偽者のお嬢様を攻撃できたけど本物はどうかな? 化け物ならできるかもだよなぁ。そうだろ、化け物」

「うるさいッ!」


 俺は拳を構えた。


 拳に纏った黒い光のグローブが大きく脈打つ。


 煽るように「それ」が囁いた。


 怒れ。


 怒れ。


 怒れ。


「おっ、俺っちを殺るか? 仮に俺っちを殺ってもまだまだこの大森林にはあの女の手下がいるぜ? おまけにあの女は精霊王より上だ。果たしてあんたはあの女に勝てるかねぇ?」

「そんなの知るか」

「威勢がいいねぇ。けど化け物のあんたが幾ら身体を張って戦っても結局人間には認められ……」


 ごすっ。


 メイスで殴られ偽者お嬢様の頭に載っていた正三角錐が陥没した。


 正三角錐が灰色になり、お嬢様の身体が空間に溶けていくように消える。


 コロン、と半透明な緑色の球が転がった。


 高音を鳴らして正三角錐がブルブルと震える。


 その正三角錐に断罪するようにメイスの重い一撃が下された。


「もう喋るな、この腐れ三角っ!」


 金属の砕ける音とともに正三角錐がキラキラと光りながら消滅する。


 イアナ嬢が最後まで見届けずにこちらへ振り向いた。


 収納にメイスを片づけて腕組みする。


「あまりにもムカつく奴だったから成敗しちゃったけどいいわよね?」

「……」

「返事は?」

「あ、ああ。別に構わない」

「そ、なら良かった」


 イアナ嬢がうなずき、もう一度俺に背を向けて半透明な緑色の球を拾い上げた。


「魔石は残さなかったわね。マスマティカの精霊って話は本当だったのかしら」

「イアナ嬢」


 俺は声をかけた。


「俺が実は人間じゃないって……」

「あ、終わってる」


 別の声が俺の言葉を遮った。聞き覚えのある声だ。


 空間からすうっと天使の格好をした黒髪の男の子が現れた。


 ファミマだ。


 彼はきょろきょろとあたりを見回してから俺へと顔を向けた。なお、相変わらずふわふわと宙に浮かんでいる。


「僕ちゃんほどじゃないけど強い精霊がいたよね? 倒しちゃった?」

「あんたはまた唐突だな」


 ついつっこんでしまう。


 ファミマがフフンと鼻を高くした。うわっ、偉そう。ムカつく。


「僕ちゃんくらいになると転移の自由度も高いんだよ。というかここって前にも来たことあるし」

「そうなのか?」

「ここって元は古代魔法王国の実験場の一つだったからね。ほら、そこにおっきな魔方陣があるでしょ♪」


 確かに魔方陣はあった。


 イアナ嬢が半透明な緑色の球を持って近づいて来る。


「その魔方陣って魔力増幅のためにあるんですか?」


 精霊王相手だからかイアナ嬢の言葉遣いは丁寧だ。


 こうやって話すとグランデ伯爵家のご令嬢なんだなと思えて……こないな。すげー違和感ありまくりだ。


 これで次代の聖女なんだよなぁ。


 まあ、王都じゃあの(メラニア)が真の次代の聖女になってるしな。つまりはそういうことなんだろう。


 とか思ってたらイアナ嬢に睨まれた。怖い。


 あと袖口から円盤チラ見させるのは止めろ。


 イアナ嬢がため息を一つ吐いたタイミングでファミマが口を開いた。


「これリーエフが見たら懐かしがるかもなぁ。僕ちゃんとリーエフが当時の人間を守るためにこれを作ったんだよね。まあ結局はその人間たちも滅んじゃったんだけど」

「え、ファミマ様がもう一柱の大精霊とお作りになられたのですか」

「そだよ♪ 僕ちゃんと時空のリーエフでね」


 ファミマがどやる。腹立つな。


「降下は魔力増幅と自動魔力精製、それと空間拡張。あ、時間停滞と地上から落ちた時のための非常用落下速度軽減もあったっけ。とにかく万が一の時にはここに避難するように人間たちには伝えていたんだ」

「でも滅んだ、と?」


 俺の問いにファミマが肩をすくめた。


「仕方ないよね。本来伝え広めるはずの人間たちが邪神の信者として疑われて虐殺されちゃったんだから」

「どういうことだ?」

「簡単な話だよ。当時ここにあった教会の司教が人心を集めていた人手さ、それを妬んだ権力者が周囲に彼を邪教の使徒だと触れ回ったんだ。しかも、その司教のライバルだった別の司教に神託があったと嘘をつかせてね。」

「神託まで利用したのか。でも、それは本当の神託じゃなかったんだろ?」

「権力者が他の司教とはいえ同じ教会の人間に神託があったと言わせたんだ。神様のお言葉だよ。仮に疑う者がいてもはっきりと疑念を口にできたとは思えないね」


 それが嘘か真実かはともかく権力と威光には誰も逆らえなかった。


 そして司教は処刑され、その関係者たちも皆殺しにされた。


「酷い」


 イアナ嬢の呟きが哀しく響く。


 俺はファミマに尋ねた。


「その司教、もしかしてその後悪魔に受肉されたりしてないか?」

「ああ、そういや死に際の無念とか怨念を好むタイプの悪魔もいるね。そういった奴らの誰かが死ぬギリギリのタイミングで受肉した可能性は否定できないよ」

「……」


 その悪魔がモダンだったのかもしれない。


 そして、本来の身体が信仰していた神ではなく悪魔にとっての主を神として崇め奉った、と。


 まあ、神は神でも魔神かもしれないが。もしくは魔王とか?


 イアナ嬢がおずおずと手を上げた。


「あの、それだとおかしくないですか? 司教が亡くなったのは昔の話なんですよね。それが今までここで大人しくしてたんですか?」

「あの一件の後、世界が滅んでいるからね」


 ファミマがため息をついた。


「まあ生き残った人もいなくはないけどそういうのは例外として、みーんな死んじゃったんだ。何せ魔力が一カ所に集中して他は全部無くなっちゃうんだからね。人間も魔物もそして悪魔も魔力を失えばどうなるか……」

「……」

「し、死ぬ?」


 俺もそんな気がしたが口にはしなかった。


 イアナ嬢が「でも」と言葉を接ぐ。


「悪魔は魔石さえあれば何度でも復活できるんですよね。それなら……」

「うん。君の言う通り悪魔は魔石を破壊しなければ滅ぼせない。けど、魔力を完全に失った悪魔は仮死状態になるんだ」

「仮死状態?」


 俺。


「てことは生き返るんですね」


 イアナ嬢。


 ファミマがうんうんと首肯した。


「あいつらは大体仮死状態になると石になるんだ。だからたぶん司教が悪魔に受肉された後ずっと石になっていたんだと思う。蘇らせたり強化したりしたのはマリコーの仕業だね。大実験をやるタイミングで司教が活動してたのはそのせいだよ、きっと」


 元は人間だった司教が悪魔に受肉され闇司教(ダークビショップ)になった。


 あの巨大なバラは悪魔の特質を受け継いでいたからなのだろうか。


 それとも、マリコーによるものか?


 いずれにしても俺には理解し難かった。それに何だか不愉快だ。


 あと、これは別件だが。


「なあ」


 俺は気になっていたことを訊いた。


「ジュークたちはどこだ?」



 **



「ジェイっ」

「わーい、無事。良かったぁ」


 廃教会の前。


 俺がイアナ嬢とファミマを伴って外に出ると二人のギロックたちが大はしゃぎで駆け寄ってきた。


「わぁ、本物だぁ」

「この匂い本物、ジェイだぁ」

「……」


 俺のズボンにそれぞれ貼り付いてクンクン匂いを嗅ぐと何やら妙なことを言い出したお子様たち。見た目が五歳児だから二人が駆け寄ってきた時は小さな姪っ子たちに懐かれたおじさ……いや、お兄さんといった気分になっていたのだが気になってしまったので訊いてみた。


「その本物ってのは何だ? ひょっとして偽者でもいたのか?」


 お嬢様とかイアナ嬢に化けた奴もいたしな。


「そんなのいない」

「ジェイ、唯一無二」

「……」


 どうしよう。


 再会の喜びより面倒くささの方が強くなってきた。


「ず、随分と賑やかな子たちね」


 イアナ嬢が顔を引きつらせている。あ、こいつ軽く引いてるな。


 俺は彼女にギロックたちを紹介した。


「イアナ嬢、この子はジューク。それでこっちがニジュウだ」

「よ、よろしくね」

「……」

「……」


 イアナ嬢が挨拶するがギロックたちの反応は薄い。


 二人はペコリと会釈するともう興味を失ったかのように俺に話しだした。


「ねぇねぇ、聞いて聞いて」

「ニジュウたち、女神様に会った」

「……」


 お前ら。


 それ、イアナ嬢に失礼だぞ。


 とか思っていたら天の声が聞こえた。



『確認しました』


『イアナ・グランデに「お子様たちのライバル(*ジュークちゃんたちは見た目がお子様なので実年齢が十五歳でもお子様なんですっ)」の称号が授与されました』


『なお、この称号授与は拒否できません』



「……」

「ええっと、これ嬉しくないんだけど」

「うーん、僕ちゃん的にもこれは微妙だなぁ」


 俺、イアナ嬢、そしてファミマ。


 つーか拒否できないってのは酷いな。


 本人の意思はまるっと無視かよ。


 ……て。


 ちょい待て。


「おいニジュウ、お前さっき何て言った?」

「ほえ?」


 阿呆面でニジュウが首を傾げる。


 俺は若干の目眩を覚えながら聞き直した。


「女神様に会ったって言ってたよな?」

「うん」


 即答された。おい。


 俺が詳しく聞こうとするとジュークがズボンを引っ張った。


「女神様、凄かった」

「凄い?」

「ジューク、見たこともない食べ物いっぱい貰った。タコヤキすっごい美味だった」

「あ、ニジュウも。あと、ワンタンラーメン美味しかった」

「……」


 あれ?


 何故だろう、お嬢様の顔が頭に浮かんでくるのだが。


 ワンタンラーメンで思い浮かぶならシスター仮面一号だよな。でなければクロネコ仮面。ワンタンが大好物みたいだし。


 それなのにお嬢様?


 何でだ?


 ファミマがふわふわと漂いながらうんうんとうなずいた。


「そだね、やっぱり美味しいよね。僕ちゃんもワンタンラーメン大好き」

「あ、いいなぁ。あたしも食べたいなぁ」

「……」


 イアナ嬢。


 お前、前にもそんなこと言ってたよな?


 そうやって何でもかんでも食べたがっているとそのうち痛い目を見るぞ。


 ……じゃなくて!


「お前ら本当に女神様に会ったのか?」

「うん」

「ここに来る前まで、女神様一緒だった」


 ジューク、ニジュウ。


 俺、絶句。


 いやいやいやいや。


 女神様ってそんな簡単に会えるものなの?


 いや、俺も精霊王とかならめっちゃ会うようになってきたけどさ。


 やっぱ、女神様と精霊王は違うでしょ。


 ほら、幾ら精霊王がウィル教的に十天使と呼ばれる程特別な存在だったとしても神よりは下な訳だし。


 てか、え?


 俺の認識がおかしいの?


 普通、女神様になんて会えないよね?


 あれ?


「ジェイ、変な顔。ころころ変わってる」

「ニジュウ知ってる、これ二十面相」

「あ、それ百面相じゃないかな?」


 ジューク、ニジュウ、そしてイアナ嬢。


 ニジュウ、俺は知ってるぞ。


 お前が言ったのは有名な異国の怪盗のことだ。以前お嬢様から教わったことがある。


 ……じゃなくて!


「ニャー(やれやれだな。小僧、そんな細かいことを気にしていたら強くなれんぞ)」


 当然のように黒猫が現れた。


 相変わらず太々しい態度である。


「ダニーさんもワンタンラーメン食べてた。黒猫の兄貴とワンタン取り合ってた」


 ジュークが俺のズボンに貼り付くのを止めて黒猫を抱き上げる。


 あ、黒猫の奴今俺に猫パンチしようとしてたな。そんな気配を発してたぞ。


「……」

「……ニャン♪」


 俺がじっと見つめると黒猫が可愛らしく鳴いた。


 誤魔化そうとするんじゃねぇ。


「あら可愛い猫ちゃん」


 イアナ嬢がキラキラした目をしながら身を乗り出した。


 しゃがんで黒猫と目線を合わせる。


「ダニーさん、だっけ? あたしイアナ、よろしくね」

「ニャ(おう、こっちこそよろしくな嬢ちゃん)」


 黒猫が右前足を上げて応じた。何だか滲み出る雰囲気がダンディーだ。


 て。


 あれ?


 こいつさっきから鳴き声に親父の声が重なってないか?


「……」

「ジェイ、どした?」

「いや、気のせいだよな」

「?」


 俺が黒猫をじっと見ながらそう判断するとニジュウが首を傾げた。頭の上に疑問符が五個くらい並んでいるぞ。


「うーん、案外気づかないものかなぁ」


 ふわふわと宙に浮かんだ格好でそんなことを言うファミマに俺は訊いた。


「何の話だ?」

「あ、こっちの話。あはははは」


 あからさまに笑って誤魔化してきた。


 めっちゃ気になる。


 と、そのタイミングで天の声が聞こえてきた。



『お知らせします』


『魔力吸いの大森林エリア・日陰坂にて中ボス「四十六人喰いのスリーアイズオーガ」が冒険者パーティー「栄光の剣」に討伐されました』


『スリーアイズオーガの所持する増幅装置がニコル・マルソーにより完全破壊されました』



『お知らせします』


『新たに3基の増幅装置が魔力吸いの大森林エリア中央のラボに設置されました』


『美貌の科学者にして大天才のマリコー・ギロックから本ワールドクエストの参加者の皆さんへメッセージが発信されています』



 俺たちの前に宙に浮かぶ半透明の大きな板が現れた。


 どこかの研究室らしき部屋の薬品棚をバックに一人の女が映る。貴族の館の執務室にありそうな豪華な椅子に座っていた。


 二十代後半くらいの少し痩せた女だった。色白で肩まで伸ばした黒髪を綺麗に切り揃えたやたら眼力の強そうな女だ。シンプルなデザインのシャツと短いスカートを身に付けており、その上に白衣を着ていた。。


「……」

「えっ、何これ」

「わぁ、マムだ」

「髪の毛ボサボサじゃない。化粧もしてる。何かムカつく」

「ニャー(こいつが親玉かよ。若作りしてるがババァだな。俺は騙されんぞ)」


 俺、イアナ嬢、ジューク、ニジュウ、そして黒猫。


 あれか、普段のマリコーは残念な感じなのか。


 まあ人前に出るでもなければ身だしなみに気を遣わない奴っているよな。



「今私のことババァとか普段だらしなくしてそうな女だと思った人、後でそう思ったことを後悔させてあげるからね」



 マリコーが喋った。あ、ちょい声が色っぽい。



「さて、一応自己紹介しておくわ。私はマリコー・ギロック。この世界の管理者の一人にして美貌の天才科学者。まあ管理者云々は大してやってないから別にそっちは忘れてもいいわ。大事なのは私が美貌の天才科学者だということ」



「……」


 いや、そこまで美人じゃないぞ。


 確かに平均よりは美人かもしれないが。ちょっとした町に一人はいそうって程度だな。



「ちなみに今私のことそんなに美人じゃないとか言った人、ちゃんとチェックしてるから。絶対にあなたの魔力は優先的に吸い尽くしてあげるからね」



「……」


 やべぇ、俺声にしてなかったよな?


 こんな自分の姿を遠隔で投影できる奴ならもしかしたら自分の悪口を言った人の居場所も簡単に見つけられるのかもしれない。


 底が読めないからなぁ。


 精霊王より上らしいし。



「マム、妖精型偵察魔導人形(オートマータ)完成させた?」

「虫型の方かも」


 ジュークとニジュウが何やら不穏なことを言っている。


 何だその偵察型魔導人形(オートマータ)って。


「あぁ、あのちっちゃい羽根のある女の子みたいな奴とかハエみたいな奴ね。そういやカプセルの中で量産していたなぁ」


 ファミマの発現もなかなかに聞き捨てならない。


 イアナ嬢が目を白黒させた。


「な、何だかよくわからないけどやばそうな物があちこちにいるってこと?」

「ニャ、ニャー(そんなちっこい奴なんぞ気合いでぶっ潰せるだろ。心配無用だな)」


 黒猫は余裕そうだな。


 まあ黒猫の言う通りぶっ潰してしまえば怖くはないか。それっぽい奴を見かけたらぶん殴っておくことにしよう。



「私、このメメント・モリ大実験のためにかなりの準備をしてきたの。だからあなたたちに邪魔されたとしても必ず成功させるつもりよ」



 マリコーが手で合図すると彼女の左側から三人の男女が現れた。角やら翼やらがあってとても普通の人間には見えない。


 つーか、あいつらって……。



「この三人は私の助手の竜人たちよ。右から赤竜族のドモンド、青竜族のウサミン、そして緑竜族のアミン」



 三人が挑戦的な笑みをこちらに向けてきた。


 ドモンドは大柄でいかにもな戦士タイプだ。燃えるような赤髪と獰猛そうな鋭い目が印象的だ。


 ウサミンはドモンドと対照的ですらりとした中背の魔導師タイプ。知的そうだがその細い目は何を考えているかわからない不気味さがある。要注意だ。


 そして、紅一点のアミンは小柄な可愛らしい少女。何となく癒やし系に見えるので回復役(ヒーラー)タイプかもしれない。それにしても目が大きい子だな。


 マリコーは自分が話し続けたいからか三人の助手たちに発現を許さなかった。三人もそれに不満はないようだ。



「私のラボに設置した3基の増幅装置は彼らに守らせるから。どうしても早死にしたいって人はどんどん彼らに挑戦してね。まあ、勝てるとは思えないけど」



 マリコーが馬鹿にしたように笑った。


 同調するように竜人たちも笑いだす。


 そこに……。



「あーら、あなたたちしばらく見ないと思ったらそんなところにいたの?」



 めっちゃ聞き覚えのある声が映像の中から聞こえてきた。



 **



「あーら、あなたたちしばらく見ないと思ったらそんなところにいたの?」



 マリコーたちの映っている半透明の板からそんな声がした。とても聞き覚えのある声だ。


 三人の竜人がぴたりと笑うのを止める。笑っているのはマリコーだけになったが彼女はそれに気づいていないようだ。



「最後に会ったのはこの国の開祖の姫が亡くなったあの内戦の時だから、もう300年前になるのかしら? あの時、あなたたち相手側についていたわよねぇ。リアちゃんとウェンディちゃんがすごーく怒ってたわよん」

「「「……」」」



 おや?


 何だか三人の竜人の顔色が悪いぞ。


 俺はそう思いながら周囲を見回してラキアの姿を探した。


「……?」


 いない。


 そういえばさっきから見かけないな。


 確かギロックたちが俺の無事を知って駆け寄ってきた時にはいたよな?


 うん、たぶん廃教会の前にいたはずだ。


 あれ、いたよな?


 ちょい記憶が曖昧になっているがとりあえず廃教会の前にいたってことにする。そう思えって誰かに言われてる気もするし。


「……」


 あ、うん。


 変に考えても疲れるだけだから深く考えない方がいいな。


「うーん」


 俺がそう判断しているとイアナ嬢が唸った。


「ラキアさんってここにいたっけ? おっかしいなぁ、いなかったような気もするんだけどいたような気もするのよねぇ。ああ、何かもやもやする」

「わぁ、古代紫竜(エンシェントパープルドラゴン)の認識阻害を破りかけてる。これ、まずいよね? やっぱり女神様が魔改造し過ぎなんじゃないかなぁ」


 難しそうな顔のイアナ嬢をちらちら見ながらファミマがブツブツ言ってる。微妙に声が小さくて俺にはうまく内容を聞き取れなかった。


 どうやらイアナ嬢にも聞こえてないようだ。


 あと、三人の竜人に話しかけている声によると、どうやらウェンディちゃんとは水の精霊王ウェンディのことらしい。


 あ、この国の開祖の姫が亡くなった時と聞いたのでリアちゃんが闇落ちの……じゃなかった闇の精霊王リアだと察しました。まあ察しなくても名前でそのくらいわかるかもだけど。


 亡くなった開祖の姫ことシャーリー姫とリアとウェンディはとても中が良かったそうだ。


 だから内乱でシャーリー姫が犠牲になったことに二人の精霊王はめっちゃショックを受けてその結果リアは引き篭もりウェンディは人間嫌いになったのだとか。


 ああ、それでウェンディはザワワ湖で俺たちと会った時にあんな態度を取っていたのか。



「だから、あんたたちリアちゃんとウェンディちゃんに見つかったらどうなっちゃうかしらねぇ。今まで隠れていたのにこんなふうに目立っちゃったらあの子たちにばれちゃうかもしれないわねぇ」

「「「……」」」



 声の主……て、もうラキアでいいか。ラキアなんだろ。


 そのラキアの言葉に三人の竜人はもう完全に戦意喪失状態になっている。


 ドモンドは目が泳ぎまくっているしウサミンはガタガタ震えているしアミンに至っては……ああ、もう泣いてるじゃん。可哀想にそろそろ勘弁してやれよ。



「ちょ、あなたたちどうしたのよ?」


 ずっと笑っていたマリコーがようやく三人の異常に気づいたらしく声をかけた。遅ぇよ。


 これ、ひょっとしたらラキアが認識阻害とか使ったんじゃないか? 古代紫竜(エンシェントパープルドラゴン)って滅茶苦茶だからなぁ。


 何せ俺の致死以外の状態異常無効を突破して眠らせることができるくらいだし。


 あいつならやりかねん。



「気が変わった。俺はこの件から手を引く」

「は?」


 ドモンドがそう宣言するとマリコーから間抜けな声が出た。


「ちょっとあなた何をいきなり……」

「あ、それなら僕も止めにするよ。あの方が見てるなんて聞いてないし」

「ウサミンまでっ、えっ、そういうの凄く困る……」

「二人が抜けるならアミンも抜けるっ! てか、ここにいたらやばいよ。早く逃げないと」

「アミン、あなたまでどうしたのよっ!」


 ドモンドに続いてウサミンとアミンが離脱を口にし、マリコーがおろおろしながら引き留めにかかった。


「ねぇ、せっかく強力な魔石と大量の黄金を用立てたのよ。あなたたちが今回の大実験に協力する報酬として要求してきたから無理してかき集めたんじゃない。それを今になって止めるとか抜けるとかってそれはないでしょ。馬鹿なことを言わないで私の実験のために働いて頂戴」

「マリコー、あんたには悪いがあの方には逆らえない」


 ドモンド。


「そうですね。相手が精霊王程度ならどうにかなりますがあの方は別です。いくらお優しい気性でもそう何度も敵対したら何をされるか……」


 ウサミン。


「だからこんなことに手を貸すのは止めようって言ったのよぉ。大人しく浮島に隠れていればあの方にだって見つからなかったかもしれなかったのにぃ。うわーん、ごめんなさーいっ!」


 アミン。



「あら、三人とも彼女の大実験とやらはいいの? アタシ別にあなたたちが彼女の側についていても構わないのよん。だって……」


 ラキアの声が低まった。


「その方が遠慮なくお仕置きできるしぃ」


「あわわわわ」

「ひぃぃぃぃぃぃぃ」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ」



 三人の竜人たちが大慌てで土下座をし始める。全員床に頭を擦りつけ、必死に許しを乞いた。



「俺はもうこの件とは無関係だ。だから勘弁してくれ」

「ぼぼぼ、僕も大実験にもマリコー・ギロックとも関係ありません。どうかご容赦をっ!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」



「あーら、それでいいの? まああなたたちがそうしたいならアタシはそれを尊重するわよん。とは言え誠意は示して欲しいわねぇ」



 三人の竜人たちの前に複数の数字が現れた。



「この座標に転送してね♪ あなたたちならできるわよね?」



 あえて何をと指定しないあたりが何とも。


 三人の竜人たちは壊れた人形のようにコクコクコクコクとうなずいた。

 目配せし合い、最初にウサミンが次にドモンドとアミンがほぼ同時に首肯する。


 ウサミンが片手を上げると、青く光る三重の魔方陣が竜人たちの前に展開した。


「えっ、ちょっと止めて! あなたたち何をっ?」


 マリコーが騒ぐが転送作業はあっという間に終わってしまう。



 そして、俺たちのいる廃教会の前の空き地に青く光る三重の魔方陣が形成された。


 スパークするかのように淡く青い光をそれぞれの魔方陣から放ち、一個ずつ半透明な緑色の球を出現させた。それらは宙に留まることができず地面にポトリと落ちる。


 役割を終えたと言わんばかりに三重野魔方陣がすうっと消えた。


 俺には残された三個の半透明な緑色の球が何なのかもうわかっていた。



 そして、三人の竜人たちが立ち上がる。



「これでいいよな? じゃあ、俺たちはもう行くぞ」

「反省して大人しくしていますから。お願いですから探さないでください」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 ウサミンがまた片手を上げると空間に溶けるように三人の姿が消失した。


 困惑やら怒りやら驚きやら何やらですっげぇ面白い顔になったマリコーが一人取り残されていた。


 しばし呆然と三人の竜人たちのいたあたりを見つめ、やがてふるふると身体を震えさせる。


 マリコーが叫んだ。


「だ、誰なの? こ、こんなふうに私の実験の邪魔をしようとするなんて卑怯よ。こっちは戦う機会を与えているんだから正々堂々私の楽しい実験のために戦いなさい。これじゃせっかく準備した実験が無駄になるじゃないの」



 おいおい、マリコーの奴動揺のあまりポロッと妙なこと漏らしているぞ。


 なんたら大実験とやらがお前の目的じゃないのかよ。


 とか思っていたらファミマが言った。


「あぁ、やっぱりメメント・モリ大実験以外にもあれこれ実験するつもりだったんだね」

「マム、実験中毒だし」


 ジュークがうんうんとうなずく。


「きっとこの機会に人体実験しまくろうとしてる」


 ニジュウが諦め気味にとんでもない発現をした。おい。


 それらの発現を拾ったのかマリコーがフンと鼻を鳴らす。



「当たり前でしょ。何のためにわざわざワールドクエストにしたと思っているの。世界中から被検体を集めたいからに決まってるでしょっ!」



「わぁ、こいつ最悪だ」

「とんでもない奴ね」

「マム、平常運転」

「実験したい病患者」

「こんなのが管理者の一人って言うんだから世も末だよ」

「ニャア(とりあえずぶん殴る)」


 俺、イアナ嬢、ジューク、ニジュウ、ファミマ、そして黒猫。


 ところで、黒猫の発現がめっちゃ俺の親父っぽいのだが気のせいだよな?


 ま、いっか。


 俺は三個の半透明な緑色の球、つまり増幅装置に歩み寄り収納した。


 さて、マリコーをぶちのめしに行くとしますかね。

 

 

 


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