第40話 罠には…なわを…
ポポはダンジョンの入り口を睨みつけながら欠伸をもらした。
人が上がってくる気配はしていない。
この騒ぎの中でダンジョンから出てくる冒険者の数が少なすぎる。
となれば、幾つかの罠が仕掛けられている可能性がある。
そういえば、ナツキがスラムのちびっこ冒険者たちとしていた遊びに魔法陣を使ったものがあった。
魔法陣の入り口と出口がランダムにつながる互換性を持たせたものを森に配置し鬼ごっこをするというものだった。これの難点は、逃げるために魔法陣に飛び込んでも必ずしも逃げられるというわけではなく、鬼役の前に出ることもあることだった。これによって、咄嗟の瞬発力を培われたのが、ここにいるちびっこどもだ。その甲斐あって仕掛けられた罠から飛び出して来るモンスターと戦えていた。
残念ながら倒せるだけの技量はなかったのでポポが始末することになったのだが…
(って…お前ら…何をしている?)
ポポのお尻を押してダンジョンに戻そうとする少年たちをポポは睨みつけた。
話す方がらくなのだが…猫という生き物は人と人語を介して話さないらしい。
ほんと面倒な約束事を作ってくれたものだ、と空を見上げてしまう。
まぁナツキのことだどうにかするだろう。
ポポはそうつぶやき、尻尾で小僧どもを軽く押し返し、ダンジョンの入り口を眺めるように伏せた。
炎と煙が立ちこめ、爆音がまだ断続的に続いている。
ナツキはポポが戻らないことを気にしながら、B3フロアへと足を踏み入れた。
先ほどまでの爆音が嘘のように、ここだけは静寂が支配している。
まるで「息を潜めた空間」。その不自然さに、肌が粟立った。
「……嫌な感じね」
靴底が石を踏むたび、音がやけに響く。
火の明かりも届かないこの階層では、視界はほとんど闇だ。
光を灯そうとした瞬間、ナツキの背後に影が立った。
「ずいぶん静かな場所を選んだな」
闇の中から現れたのは、ベリアルだった。
その表情にはいつもの皮肉げな笑みがなく、むしろ何かを探るような鋭さがあった。
ただその皮肉屋の空気がナツキを安心させる。
「あなたも、生きてたのね」
「運が良かっただけだ。……お前も、だろう?」
「私は最後列だからね…安全に。というより…もまだここなの?」
二人の間に短い沈黙が落ちた。
バカ話しをしながら緊張を解くつもりだったが、伝わってくる空気感が肌を刺すようになっていた。
気配を探るように二人は自分を中心点にして網目のように索敵のための探知魔法サーチを展開した。
その沈黙を裂くように、床の石が微かに震えはじめた。
サーチには何も引っかからない。
ナツキのサーチはトラップや魔法を検知する水準のものだが…
「……この振動、覚えがあるか?」
「まさか、また爆発?」
「いや……違う。これは魔力の共鳴だ」
ベリアルが指を鳴らすと、床の模様が淡く光を帯び始める。
魔法陣――ナツキがB1で見たものと同じ形。だが、中心部の紋様が違っていた。
「これ……転移陣じゃない?」
「あぁ。いや、たぶん吸収陣だ」
「吸収?」
「そうだ。ルシアナが使う聖魔陣の応用だ」
「やばそうにしか聞こえないけど」
「敵も味方も関係なく、一定範囲内の魔力を根こそぎ吸い上げる…やばくないと思うか?」
「つまり……」
「このダンジョンそのものが、彼女の魔力炉にされている可能性が否めない」
ナツキは息をのんだ。
—―魔力炉。それは禁忌の呪法。古のとき、ひとりの魔術師が辿り着いた悪魔の実験によって理論化されたものだ。件の魔術師は駆使する魔法陣に供給するマナを確保するために自身のマナではなく、周りにいる命からマナを吸い取り転嫁することを実演した。
もしかすると多くの魔術師は知っていたのかもしれない。でもそれを道義的にすることを躊躇った。
だが人の心とは弱いものだ。
それによってもたらされた高濃度のマナが爆発的な力を持つことに魅了された。
個人の力ではなしえないことが、集められたマナで成すことができるのなら…
それが悪魔に心を売り渡す行為とされようとも…手を出してしまう。
ただし魔力炉を作り出すには密閉空間である必要がある。
必要以上のマナが身を亡ぼすという結果から見出された答えだった――
それをダンジョンひとつ使って行う。その発想の異常さにナツキはベリアルを睨みつけた。
「睨んだところで予測は変わらないぞ」
「転送陣は何のために?」
「命の最後の灯だ」
「…壊せる?」
「簡単に言ってくれるな」
ベリアルは口角を上げて答えた。
「できるのね?」
「やってみる…程度だぞ、期待はあんまりするな」
「失敗しないで」
ナツキはそういうと、複数の探知魔法を無詠唱で発動させた。
「(取れるものなら取ってみなさいよ)perfect search」
ナツキを中心に複数の魔法陣が浮かんだ。
ナツキの四方に浮かんだ魔法陣が、上下に浮かんだ魔法陣が光を残して四散する。
(まさか…失敗?)
ベリアルは、地面に書き始めた魔法陣の手を止めた。
ナツキが魔法を失敗するのをはじめてみた。
ナツキは憎たらしほどしれっと魔法を成功させる。高難易度の魔法であっても。
その上にオリジナルのものまで生み出すチートさがある。
その能力をもってしてもマナを吸い取られるのか…
とはいえ落胆している場合では…
ん?
「見つけた。B5…最下層?」
「えっ、お、おう」
「真ん中のここをしっかり壊しておいてね」
その言葉を最後にナツキは消えた。
「やっぱりチートかよ」
ベリアルはつぶやきながら魔法陣の続きを書き始めた。
魔法の展開には二つの方法がある。
ひとつは魔術師・魔法師などの自己マナを使い詠唱による発動。
もう一つは魔法陣による周辺マナを活用した魔法発動。
ナツキはそのどちらにも長けている。
「心配するんじゃなかった…」
ナツキは一気にB4からB5に続く階段に向かって走った。
充満する血と死肉のにおいに気分が悪くなる。
散らなくていい命がいくつも散り、転移を繰り返されることでモンスターがパニックを起こしている。目的の一つにスタンビートもあるのだろう。ルシアナ魔力炉につかまらないクラスのモンスターたちが巻き起こすそれは、世界を揺るがす結果になるだろう。戦える者はまだしも、戦う力のない者までが蹂躙される事態が引き起こされるだろう。
むかつく…
思い返せば、B1での爆発もスタンビートを引き起こすための布石だったのだろう。
あの爆発で通路が作り出されている。
魔物の異常再生も、あの魔法陣が発動していたことの副作用だったのかもしれない。
いや多少マナを消費しようともモンスターに暴れられる方が目的を達せられるのだろう。
…ポポが戻らないのは……スタンビートに備えてくれているのだろう…
道をふさぐように大型のモンスターが襲い掛かてくるのを何事もなかったようにナツキは剣で払う。
一閃。その切っ先が放った波動が何体ものモンスターを切り裂いた。
…ルシアナ…
目の前の魔法陣が光を強め、再び地鳴りのような低音がフロアを満たしていった。
ナツキは地面を蹴り、速度をあげた。
冷たい魔力の風が頬をかすめ、対峙するモンスターが溢れてくる。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
少し間を開けてのさいかいになりました。
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アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
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