第38話 罠って…ありましたか?
ナツキは、ゆっくりとひとつの魔法陣へと近づいた。
足音ひとつ立てないように、そっと床を踏みしめる。
が、ガランッ…と爪先が当たっただけなのに…なぜかいい音が響く。
小ぶりの石のはずなのに、軽快すぎる音に、ざわざわとしていた冒険者たちが静まった。
慌てて振り返り、ポポを睨むように、指を立てて「しーっ」とジェスチャーを入れる。
【いや、蹴ったのオマエだろ】
ポポは心の中でだけ呟き、肩をすくめた。
そんなお約束のやりとりを経て、ナツキは気を取り直して再び足を踏み出す。
今度は見事に猫科の獣のようにしなやかに…ただ動きが怪しい。
…おいおい…大丈夫か…?
その場で、気持ちを明らかに切り替えているのは理解できる。
その動きは獲物を狙う獣のようで、あるいは罠を避ける術師のようにもみえる…
見事なほどに、さっきの失敗は何もなかったような顔で歩みを進めている。
ポポは、その様子を少し離れた位置から眺め、肩をすくめて苦笑していた。
…慎重すぎるっての…まあ…ナツキも…たまにはいいか……
この魔法陣は、ただ近づいただけで起動するような安易な仕掛けではない。
そのことは、ポポにも予測がついていた。
それ以前に、この中規模クラスのダンジョンに投入されるにしては多いパーティが来ている。先行しているパーティの誰かが魔法陣に触れている可能性のほうが高い。つまり、こちら側から発動する仕組みにはなっていないのだろう。
まぁ神獣としては、チート能力の一つくらいつけてほしいものだが…
(それにしても…慎重すぎないか?)
ナツキの歩みの遅さにポポは身構えた。
嫌な予感しかしない…
ナツキは、周りにいるパーティの位置を確認しながら魔法陣へと近付いて行っていた。
どう足掻いたところで発動すれば後の祭りだろう。
なら先手を打ちたいものだが…ナツキには軍師としての才能はそれほどない。
もともと戦略家ではない。考えるよりも体が先に動いてしまう。
一応……後付けで勉強することでまぁ賢いといわれる部類に入れるが、臨機に物事を考えるのは苦手だ。
許されるのなら、その手のタスクは遠慮したい。
ただ仕掛けてきている相手がいるということは、入念に計画されているのだろう。
それもギルドに依頼を出せる実力者が暗躍している。というよりは、聖女だろうけど…
●●転生のようにライトノベルや乙女ゲームをやりこむ性格だったらよかったのに…そうすれば、これから起きることを知れたかもしれない。チート能力を要求できたかもしれない。
(イチかバチかだけど…)
ナツキは腰に差してあった短剣を抜いた。
魔法陣の文様の一部に刃を当ててみる。
刻まれている地面を削るように、短剣を突き立ててみた。
どうやら魔法陣はここで書かれたものではなく、空間転移として浮き出ているようだ。
【ポポ】
【いやだ】
【まだ何も言ってない!】
【…先行しろと言われそうな気しかしない】
【殿でもいいけど】
【いや、それも遠慮したい】
【じゃあ、後ろね】
ナツキはそう思い浮かべると駆け出した。
【お、おい…返事待たないのかよ】
どれだけのパーティがこのダンジョン内にいるのかはわからない。
解るのは、ナツキたちよりも後にこのダンジョンに入ってくるパーティはいないことだけだ。
すでに下の階層まで下りているパーティもいる。
明らかすぎる実力差、経験値差に誰もが戸惑っているはずだ。
ギルドが組織しているにもかかわらず、統率が取れていないのが一番の問題だ。
それ以上に、このダンジョンにいるべきモンスターが出てこないことの方が問題ともいえる。
ダンジョンは生き物と言われている。
その作りについては創造主のご都合主義であることは間違いがない。
それでもルールは存在している。
この世界では、ダンジョンのボスを倒してもダンジョンが消えるというようなことはない。
ただ、ボスが討伐されれば、ダンジョン内にいる冒険者、ダンジョンにとっての遺物は外へと排出される。そのあと一時的な閉鎖があり、また復活をする。魔物もだが、宝箱の類も復活する。ただ、レベルというものが存在し、高レベルの冒険者がダンジョンに挑戦すれば、魔物のレベルはもちろんのことダンジョンのレベルも上がる。とされている。
ただ、ダンジョンは、入ってきた冒険者を見て魔物を生み出すわけでもない。
レベルの調整は進化という過程が踏まれているはずだ。つまり、下層に行くほどに強くなる。
それを阻害するには、できるだけ早く階層を攻略する必要がある。
【どう思う? ナツキ。やっぱり餌か……それとも罠か】
【どちらも願い下げだけどね」
下層に降りる階段を探しながら、駆けているナツキの横で魔法陣が輝きを放った。
【見極めないと、どっちにしろ巻き込まれ…】
「ちっ!」
ナツキは咄嗟に壁から離れるように飛んだ。
その刹那だった。
ピキィン――ッと、空間が軽くきしんだ。
【るぞ…】
「……来た!」
ナツキの手が空を切ると同時に、魔法陣が淡く浮かび上がる。
目には見えない“境界”が破られ、微細な魔力が走った。
ゴッ――!!
突如、壁の空間が揺らぎ、音もなく広がる熱風。
次の瞬間――
「跳んで、ポポ!!」
「わかってる!!」
爆発。というより、空間そのものが“弾け飛ぶ”ような衝撃が走った。
土煙が視界を遮っていく。
ナツキは跳ねるようにして、地面に次々と浮かび上がる魔法陣を交わしながら、入り口付近まで押し戻された。どこからか吹く風に、嫌な匂いが混じっている。肉や布の焦げた匂い。熱気と湿気を含んだ重苦しい風は土のにおいをまとっていた。
通路のいたるところが崩壊を始めていた。
壁が崩れ、紫檀改装にまで穴が開いている部分もある。
これを狙ってしているのなら安心できるがどうやら違うようだ。
約束が違うと騒いでいる好色顔の爺がじたばたと床の上を転げまわっている。
誰に頼まれたかは横に置いておくとして、人を殺すために魔法陣を発動させたのだろう。
とても魔力を正確に使えるようには見えないが…この期に及んで誰かのせいにするように喚き散らしている。手柄は自分のもの、失敗は他人に押し付けるもの。それを地でやっているのだろう。どきにでもいるウジのような存在。
シバァー!!!
誰かの叫び声が響き、続けるように、肉に剣が突き刺さるようにドスッ!ドスッ!と音が鳴る。
仲間内の制裁…というところだろう。
シバと呼ばれた他責している爺さんが、助けて…とあの少年たちのほうへと手を伸ばした。
少女たちの悲鳴が上がり、シバは、その場で絶命した。
「気分のいいものではないな」とナツキの肩に飛び乗りながらポポがため息交じりに言う。
「そりゃね。空間爆破+人間ドロドロ劇場のフルコースだったし」
「……感想が軽すぎる…結構ヘビィな状況だぞ」
その背後で吹き上がる炎柱。
揺らぐ空間の中心に、闇色の穴……
「異界の門が開くぞ」
「…ポポ、どこかの魔物の巣窟とつなげられただけだから」
「……いまさらだけど、冷めているね…ってそんな余裕があるなら…逃げろ!」
ナツキは肩をすくめて笑った。
(気をつけてくれたんだ…)
基本的に 火曜日更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
※誤字脱字の報告・?の連絡ありがとうございます。
慌て者につきご容赦いただけるとゆっくりですが成長していきます。




