勇者ではない! 庶民なんです!
菜月は、様子を見に来たレオンによって自室へと運ばれていた。
レオンは、気軽な視察のつもりだったが、鍛錬場の様子に言葉を失った。
説明を求めるにも絡んだであろう王家騎士団員たちは、全員がひれ伏していた。
団長に至っては呆けていて話をするような状況にはない。
それ以上に目を奪われたのは、武舞台に倒れていた菜月の姿だった。
護るために、そう誓ったはずなのに…焦りと不甲斐なさが胸を焼き、全身を焦燥が駆け巡った。
随行したレオン直属の青の騎士団員たちは王家騎士団員の看護に置いてきた。
—―正直なところ、王家騎士団は…」
ジーンは、レオンの後を追いながら、呼吸を整え、言葉を探していた。
正直なところ、歯痒い思いがある。同時に自分が指揮していれば…どうなっていたのだろうかと興味が沸き上がっていた。
少なくとも自分が知る王家騎士団の実力をもってすれば、たとえ気を抜いていたとしても、引けを取るはずがない――そう、信じたかった。数か月前まで指導に当たっていたのだから。
「率直なところでいい。事実を知らねば、何も変わらない。」
「それは」
「なす術もなく…それは理解できる。あの現状だからな」
レオンの声には、焦りが滲んでいた。
菜月の部屋に入り込み、ベッドへと菜月を寝かせた。
肩を軽く揺すってみても、目を覚ます気配はなかった。顔色も、どこか白く見える。
薄暗い部屋に、窓から差し込む夕映えの光が揺れている。
静かな呼吸が、まるで嘘のように穏やかだった。
レオンは菜月の横に座り、ポポは当たり前のように菜月の上に飛び乗った。
うっという声にその場にいた誰もがポポを睨みつけた。
シーナは、ジーンの肩をポンとたたいて窓辺から沈んでいく夕日を眺めることにした。
誰もが困惑している。起きていることすべてに。
ジーンはどうかは知らないが、シーナにすれば、菜月は特別なことは何もしていない気がしていた。
彼女が見せたのは体術だ。
感情の起伏が激しい目だった気はするが、それでも人知の枠を超えた力ではない。
正確に、いや、的確に周りの動きを見極め、最小限の動きでかわし、必要であれば攻撃に転じた。
指揮官ひとつでこうもポンコツになるとは…ルシアナ推薦の隊長殿の心中は…
「いったい何が起きたんだ?」
レオンは、ポポを見たままつぶやいた。
ポポは、顔を上げうっかりと答えそうになった。
レオンと目が合っている。
【この状態は…何?】
ポポは、天井の方へと視線を移した。
【あ…それね、怒らないなら教えるけど】
【…怒られることしているわけだ、サラスは…】
【さっきも怒鳴ったし。わかっている?あなた猫じゃないのよ?】
【…それは自信がなくなったな。こいつら、猫扱いしかしない】
【どっちでもいいか】
【おい!、話をごまかすな】
【ほら、すぐそうやって怒る】
【……菜月が目を覚まさない理由は?】
【体力不足なだけ】
【えっ?】
【負けず嫌いなのね、精神力というやつで何とか最後まで持ったけど】
ポポは、菜月の身体の上を歩いていった。一歩、一歩と踏みしめて。
口元に鼻先を近付けていく。
すーっすーっとと静かに吐息を立てている。
ついでに、何かいい夢を見ているのだろう。口元が綻んでいる。
(心配してなかったとはいえ…ここまで図太いと)
パチン!と菜月の頬に猫パンチをおみまいする。
ジーンは、菜月を心配そうに見つめるレオンを見た。
汗もかかず、夢も見ていないような、深い眠りなのだろうか。
「王家騎士団は、正規軍の中でも選りすぐりの精鋭を集めています。その一人一人の技量はもとより、連携での戦いにも重きを置いた訓練がなさ…れていたはずです。それが」
「お前が指揮を執っていたころでは考えられない失態…かな?」
「…比べようもありませんが少なくとも」
「軍師として、お前が提唱してきた陣形戦略は……今じゃ“時代遅れ”だとさ」
レオンは、ジーンの言葉を遮ってそう言った。
それは、負傷した騎士から聞かされたばかりの情報だった。
「えっ?」
「軍団長殿は、……次期国王のためのに、自分の都合だけで組織改編を進めているようだ」
ジーンは、下唇を強く嚙んだ。悔しさが込み上げてくる。
一人でも多く仲間が死なないように。
そのことを長い時間をかけて考えてきた。
騎士たちとも、衛士たちとも確認しあい、陣形を組み上げてきた。
それを、ちっぽけなプライドで握りつぶして……その結果、小娘に全滅させられるなんて。
愚かにもほどがある。
それもこれも、私が女だから…
ジーンは拳を強く握りしめた。ギュッと音が漏れそうなほどに、腕が震えている。
「すまんな」
レオンがジーンの拳をそっと手で包み込んだ。
いまある権力を捨てることは簡単だった。ただ、そこに発生する歪みがあることを考えていなかった。
「……レオンのせいじゃない」
絞り出すような声に、レオンは返す言葉を見つけられなかった。
ジーンの足元に、ポタン、ポタンと静かに水染みが広がっていった。
「シーナ、菜月との手合わせはどうだった?」
「…悔しいですけど…」
「……武器は?」
「たぶんどの武器も扱えると思いますよ」
シーナは、ため息をつきながらゆっくりとレオンに近付いた。
黙ってジーンの肩を抱いた。
「好むのはタガーや短剣なのは、基本的に体術に重きを置いているのだと思います」
シーナは、菜月の顔をみて、鼻でも摘まんでみようか?と思ってしまう。
無防備に、安心しきっている。
シーナは、自分が熱くなって菜月の動きを見落としていたことは伏せて、自分が感じたままの印象をレオンに伝えることにした。
冒険者は、ギルドによるクラス分けをされる。
例外なく新人が入るクラスE。一定の成果を出すと上のクラスの試験を受けることができる。
クラスDになってダンジョンなどの迷宮に入る許可を得ることができる。
クラスCになれば、中級迷宮へパーティでの侵入許可がでる。
クラスBでは、中級迷宮に単独アタックすることができる。
冒険者として、クラスBになれば、十分に化け物並の強さがあるとされている。
騎士団員は、このクラスB。
それを瞬殺できる菜月は、最低でもクラスAになるだろう。
単独で、4パーティ分の戦士を倒したのだから。
異世界召喚者は、確かにチートな能力を持っている。と文献に残っている。
それでも菜月は度を越えている。気がする。あくまでもシーナの感想だが…
んっ…
「大丈夫か?」
「……おなかすいた」
目をこすりながら、ゆっくりと体を起こす菜月を見てシーナとジーンは顔を見合わせた。
ポポはかけ布団の上にいたせいで、ずるずると流されるように落ちていった。
「菜月!」
ジーンとシーナが声を揃えた。
「な、なになに?」
キョトンとする菜月に、シーナは庶民だよね、やっぱりと苦笑をこぼした。




