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やんちゃな猫を助けたら、巻き込まれて異世界に来たけど、帰る条件が"恋"ってどういうことですか!?(まきこい!)  作者: 麒麟
第2章 勇者は召喚後がいそがしい

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追憶~聖女ナッシュ

魔族との戦争は、数年にわたって続いた。

終わりの見えない戦いの日々は、人々の心を徐々に、しかし確実に蝕んでいった。

いつしか、禁忌とされていた“死人を活用する戦術”さえ動き始める。

何が正しくて、何が誤りなのか——その判断をすることすら、誰もが拒むようになった。

倫理も良識も、もはや入り込む余地はなかった。ただひたすら、「早く終われ」と願い続けるしかなかった。

戦争は、幾千もの命を喰らい続け、終わる兆しさえ見せなかった。

そして気づけば、女神の恩恵など最初から存在しなかったかのような、悪夢の時代が始まっていた。

その中で、レオン率いるアステリア王国騎士団はその力を示していく事になった。それが奇しくもシン王の名声を高める結果になり、イグレイン王家は再び名声と地位を高めていく事になった。そのジレンマの中でレオンは勇者召喚の儀が始められたことを耳にした。

シン王にとって、魔族との戦争は、自身の地位を護るためだけに存在するイベントのようなものになっていたのかもしれない。最初の頃に抱いていた崇高な思いなど、元より無かったかのように。

ほどなくして、戦争は膠着するようになる。


——あれから、少しは変われたのだろうか

レオンは、菜月の顔を見ながらふとそんな事を考える。

誰かの人生に関わるような選択など無いと考えていた。

王族として、皇子として、必要な婚姻はあっただろうがそれらは全て政治的なものに過ぎない。

自分の気持ちが介在するなど許されるはずもないだろう。

願わくば、自身が見つけた相手を伴侶にしたい。愛せる相手を…と叶わぬ夢を見る。

誰となら満足な婚姻が果たせるのだろうか。ふとそんな事を思うのは、菜月との婚姻に伴う手続きの多さの結果、なのかもしれない。

そういえば、ナッシュ・ナトラはいまだに行方不明のままだ。

王族であるがゆえに、祖の死すらも確認される。安らぎとは…無縁なのかもしれない。

「ナッツ…」

「えっ?」

菜月は、レオンを見た。

「あ、いや。私がすさんでいたときに、健気に声をかけてくれた少女がいまして。彼女とは、ほんの一度…話をした……そう言えるほどの時間ではなかったので、私の思い出にあるのは、『ナッツ』と兄弟たちから呼ばれていた、それだけですね」

何処か憂いを残すように言葉を吐くレオンに「…どのような方でしたか?」と菜月はきいてみた。

誰も寄せ付けないような空気をまとう割には、気の置けない仲間が数人いるようだ。大神官のダレンしかり、神職のグリンしかり、騎士団副長のサリュウ・ゲイザしかり。本人は気が付いていないだろうが、この三人の前だけは柔らかく暖かい笑顔をこぼしていた。

そんな彼がこぼす、コイバナを少し期待してしまう。

「ナッシュ・ナトラ。ナトラ王族の姫の一人です。もしもあの戦争がなければ…彼女は、私の傍にいたかもしれない。……私に関わろうとしてくれた、数少ない人でした」

レオンは言葉を切った。ふと目の前の菜月の横顔に、遠い記憶が重なる。

「……羨ましいですね。その方が」

「えっ?」

「私の世界では、“死”について色々な考え方があります」

菜月は、部屋中央のソファーを手で軽く示す。

「中へ入りませんか? 少し…寒くなってきましたね」

「……ええ」

「私の世界では、死というものをどう捉えるか、その価値観が――


菜月はソファーへと向かいながら、ふと思い出した。

それは、早くに逝った友人の葬儀で母から聞いた話だった。

仲良く遊んでいた友人は、突然の病であっという間に亡くなった。

入院したと聞き、母に連れられて会いに行ったのが、最後のお別れとなった。

ほんの数日前まで一緒に笑って遊んでいたのに……もう会えないなんて、幼い菜月には理解できなかった。

「ありがとう」と声をかけたのは、母にそう言ってあげてとと教わったからだった。

帰り道、母はそっと話してくれた。

人には、三度の死があるのだと。

ひとつは、肉体の死。

ひとつは、魂の死。

最後は、記憶の死。

その時には理解できていなかった。でも、ゆっくりと自分の腑に落ちていた。

成長と言われる時間の中で、不意に、あっと気付く時が訪れる。

肉体の死については、改めて語る必要もない。

魂の死は、その人が成してきたことが消え去ること。

記憶の死は、誰かの記憶の中から消え去ること。

菜月は、ソファーに身を預けながら、話し終えるとレオンを見た。

自然と涙がこぼれた。それが、ナッシュ・ナトラに対するものではなくレオンに対する喜びだと気付いた。

「どうして…」

レオンには、その涙の意味がわからなかった。

きっとナッシュという幼馴染の死を悼んでくれているのだろう——そう思った。

慌ててハンカチを取り出し、菜月の頬へと手を伸ばしかけて、ふと躊躇する。

彼女の視線に、静かに見つめ返される。

その涙が、どうしようもなく美しいと思った。

真直ぐに見詰められる視線に呑まれた。その流れていく涙を美しいと思った。

「ナッシュ・ナトラは、サラスの恩恵を受ける聖女のひとり…だった?」

「……本当のところは判りません。舞踏会でナッシュに会ったとき、傍にいたダレス。当時はただの神職でしたが、彼に言わせると。ただ、秘匿されていたようです」

「そうですか」

菜月は、ナッシュ・ナトラが、このラディウムにおける自分の身体であることに気が付いた。

残念ながら再構築されることで、ナッシュの記憶はさほど残っていない。ただ微かに薫る程度に教えてくれる。幸せな時間の中にいた…と。


ナッシュ・ナトラは、戦乱の中で多くの兄弟と共に北へと逃れた。

繰り返せる撤退戦の中で行方不明になった。

もしも彼女が、自身が聖女であることを知っていたら。

その修練を行っていたら自体は変わったのかもしれない。

ただ彼女の両親は聖女であることを伏せた。

本人に伝えなかったのは幸せに自由に生きてほしいという純粋な願いからだ。

聖女の力は世界に分散している。何処かで活性化されれば、何処かで収束する。

総量が決まっているのは世界における近郊のためでもあった。

奇しくもナッシュの魂が死ぬことでルシアナの力は強まった。

それを覚醒と勘違いしたシン王を始め、イグレイン王家が利用するのは必然だった。

ナッシュは、従者と共に川に流され大陸北西の永久氷土の中で眠りについた。

腐敗することのない絶対零度の世界で。

菜月がその場所を知ることはできない。

たとえナッシュの記憶を手繰ることができたとしても、その地にナッシュ自身が辿り着いたことを知らないのだから。


サラスは、魂だけの存在だった菜月の宿りのためにナッシュ・ナトラ、本来、この時の大聖者になる力を持った肉体を使うことにした。もっとも、ことが終われば元の氷土の中に戻ることになる。

少しだけナッシュにも自由な”ときの記憶”を。わずかな夢のような時間を与えたいと考えた。

それは……サラスの身勝手な思いかもしれない。


レオンは、すっと菜月を抱きしめた。

抱きしめたから、ハッとして「すまない」と離れようとした刹那、菜月がギュッと抱きしめた。

「特別だよ、今日会ったばかりで、こんなの間違えているから」

「…はい」

レオンは、なぜか視界ぼやけていくのを、何も考えずに受け入れることにした。

菜月の肩が濡れていく。

できる事は声を押し殺す事だけだった。

自身に何が起きているのか、不安で仕方がない。でも、いまはこの温もりに甘えたい。


(さて、と)

【ぽぽ…起きているよね】

【…さすがに疲れたんだけど】

【そういえば体はそのサイズのまま?】

【もう少し魔素が増えればサイズは変えれるし戦闘力もあがるかな】

【猫パンチ…期待しているね】

菜月は、レオンの肩越しにぽぽに視線を向けた。

ぽぽは明らかに面倒くさそうに頭を上げた。

【瞑想できるよね?】

【まぁ、武術の修練のひとつだし】

【ステータスに入っている『星空の本棚』を使えば…古今東西栄一の知識に触れることができる】

【この状態でも?】

菜月は、レオンの背を指さしながらぽぽをみた。

【できるけど…俺の神聖力が足りないから、無理】

【なんで教えたの?】

【後でわかるということだよ、と】

【……ただ、眠いだけでは?】

ぽぽは、ふっと笑みを零して、菜月に背を向けて丸まった。


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