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やんちゃな猫を助けたら、巻き込まれて異世界に来たけど、帰る条件が"恋"ってどういうことですか!?(まきこい!)  作者: 麒麟
第2章 勇者は召喚後がいそがしい

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追憶~ 誰? ナッシュ・ナトラ

「……謝ることなんて、ないのに」

しばらく頭を下げているレオンに菜月は呟くように言う。

急にしおらしくなられたところで対応が困ってしまう。

菜月自身、異性との対応は得意ではない。

絡んでくるような輩への対応策は身に着けていてもまっすぐに自分を見てくれる相手への対応は…。

まぁまだ恋をするような歳でもないし、と周りのコイバナに背を向けてきた結果、突然、困るような事案にぶち当たると考えてもいなかった。

男性のまっすぐな視線にドキドキしている。いやイケメンかつ流麗な所作に。

レオンは、静かに頭を上げた。

まっすぐに菜月を見つめる。

「不思議な人だ」

「えっ」

「挑んでくるかと思うとしおらしくなる」

レオンは、口元をふっと緩ませた。

菜月は、少しだけ目を伏せながらも、レオンのその姿を真っ直ぐに見た。

しばらくの沈黙。

ぽぽが寝返りを打つと、ふたりの視線が自然とそちらへ向く。

丸まった黒い毛玉が、まるでこの世界の平穏の象徴のように感じられ、思わず微笑がこぼれた。

「私は…転生者に会いたくなかった」

「えっ?」

「うまく言えませんが…」

レオンは言葉を飲み込んで少し考えた。

「転生者は、元の世界で命を落としています」

「えっ」

「この世界には魂だけでたどり着き、この世界で生まれ変わるそうです」

「うん」

「それは、元の世界に戻れないことを意味しています」

「えっ…(ホント?…ええ~)」

菜月は慌てて手で口を抑えた。

「召喚の儀において、この城に来ていただいていますが、もしかすると、どこかに立ち寄りませんでしたか? そして、その地の記憶があるそうです。生まれてから、いまの年までの」

レオンに言われて菜月は記憶を探る。

とはいえ、15年の記憶は元の世界のものだけ。いや、微かに何かの記憶がある。


——これは…

それは、ナッシュ・ナトラという少女の記憶のかけら。時を同じくして命を落としている。

大陸南西に位置する小国の王族ナトラ家第4妃の3女。第12王女として生を受けている。

両親の寵愛を受けながら、自由闊達に育ち、普通に恋をした。政略結婚の類ではなく、イグレイン王家主催のパーティーに招かれ、挨拶だけをして消えたレオンに恋をした。


それは、ナッシュが12歳の年――

まだ高くないヒールに慣れず、母妃に手を引かれて舞踏会へ足を運んだ夜のことだった。

場所はイグレイン王家主催の春季の祝賀式典。

名目上は盟友国との親善。実際には各国王族の顔見せと婚姻の足がかりとなる政治渦巻く会合だ。

当然ながら、きらびやかだが、どこか張り詰めた空気の舞踏会になる。

ナッシュはまだ政略の意味も、婚姻の重みも理解しない歳だった。

ただ王族として、国に有益な婚姻を結ぶことの重要性だけは理解している。

そんな式典の開会で、一人異質な空気をまとう青年を見つけた。レオン・イグレイン。

年の頃は15、もしくは16。若さを残しながらも、既にどこか“場を治める気配”を纏っていた。

彼はすでに将来を嘱望される存在として、王家直属の騎士団に身を置いている。

だが、その姿は王宮の奥深くよりも、常に鍛錬場や前線に近い場所にあった。

王家の第一皇子でありながら、華やかな社交の場では語られることは少ない。

実際に彼を知る者の多くは、彼が纏う武具と冷静な瞳を通じてしか語らなかった。

対して、数代ぶりに王家に生まれた聖女ルシアナの存在は、まるで“神がアリステア王国に与えた奇跡”のように扱われていた。

女神の寵愛を宿した存在――それはこの国において、血統以上に重く、王位継承の理をも超える象徴だった。

加えて、嫡子として生まれたルシアナを中心に物事が回るのも必然といえた。

父王シンは、平穏の時代に国を治めたこともあり、騎士団の必要性についても懐疑的だった。そのことも手伝い、王家の将来を担うと目されるのは、剣を執る皇子ではなく、祈りと奇跡をその身に宿す聖女ルシアナだと国民すらも感じて始めていた。

もとより王位継承のスペアとしてこの世に生を受けたレオンは、皇子という立場に甘えず、身を鍛える道を選んだ。王家の気まぐれ、そんな風に揶揄するものもいる中で、魔物討伐などでその名を馳せるようになっていく。

王家が親衛隊を派遣しないような村人が助けを求める事案であっても、レオンは、子飼いの騎士を引き連れて戦いの場へ赴いた。その日々が、彼を王宮の外でも静かに噂される存在へと成長させていた。

女神の寵愛をアリステア王国が持つのならば、王国の盾と名高いレオンを欲しがる声も、高まるのは必然だった。

つまりこの舞踏会。レオンを値踏みする貴族たちの集まりともいえた。


レオンは、式典のあいさつが終わると興味なさそうに広間を横切って行った。

その威風堂々とした様子に誰も声をかけることができない。

いや、話しかけるなと威嚇しているといっても過言ではなかった。

「レオン様」

ナッシュは、スカートつまむように持ち、ぺこりと頭を下げた。それだけの挨拶。

けれど、その声がナッシュの耳に落ちた瞬間、世界が静まり返ったように感じた。

「……ナトラ家の姫君…たしか」

レオンは、ナッシュの顔をじっと見つめた。一度紹介されていたはずだ。

「ナッシュと申します」

「…前に一度」

「えっ…覚えていてくださったのですか?」

「私に挨拶をしてくれるのは、君くらいだからな」

とレオンはふっと笑みをこぼした。屈託のない柔らかな表情にナッシュが顔を赤らめた。

彼女の中に、それまで知らなかった感情が、そっと芽を出した。

それは恋ではなく、ただの憧れ。

けれど、魂のどこかが震えたのは確かだった。

その後、二人は言葉を交わすこともなかった。

レオンにとっては、数多の姫の中の一人に過ぎなかっただろう。

それでも、レオンが見せた笑みは特別だった。

ナッシュにとっては――この出会いが、彼女の記憶の奥に残り続ける“始まり”となる。

この日から、ナッシュはレオンに憧れていた。


ナッシュは、自室の窓から見える庭の木に思いを寄せていた。

あの夜と同じ、桃の花がほころび始める頃だった。

城の警護に当たっていた親衛隊が臨戦態勢を敷くとの連絡が、城の中を駆け巡った。

王子・王女や妃たちが城を離れる混乱のさなか、ナッシュもその中にいた。

南西の地で起きた魔族の進軍——。

王都を避けるように広がった侵攻は、精鋭を率いて強攻に出た王の判断を嘲笑うかのように、あっけなくその背後を突いた。

辺境は後回しにされるはず。誰もがそう思っていた。だが魔族の狙いは、最初からそこだったのだ。

三日目の夜、ナトラ家の砦は音を立てて沈黙した。

避難命令は出ていた。けれど、それが間に合ったかどうか――確認する術はなかった。

『姫君の消息、不明』

それが最後に記された文字だった。――ナッシュをはじめ多くの王子・王女の名が報告書から消えた。

その報告は、数日遅れで王都に届いた。

レオンがその報を受け取ったの王の間での決起確認の時だった。

武力を終結させ、一気に魔族の拠点を叩く。

そのための軍議が繰り返し行われ、勝ちの目を見たシン王は決起することを高々と宣言した。

小競り合いを繰り返すことでは膠着状態を長引かせるだけだった。

多少の犠牲があるとしても、一気に攻め落とす選択を決定した。


その数日前——

「辺境など、王家が動くほどのことではない」

いくつも支援要請が届いている中で、シン王はそう言い放ち、王都に兵を集めることを優先した。

レオンは何度も繰り返されるこのやり取りに辟易していた。

その都度、自分に従う騎士だけを引き連れて討伐を繰り返した。

それがシンのいう小競り合いだとしても、一人でも多くの民を救うことに尽力した。

いまではなく未来を守るために、と奮闘を繰り返した。

ただ、一斉に王都に向かい進軍を開始した魔軍を前にレオンも意地を張り続けることは不可能だった。

「辺境など捨て置け!」

その怒声に、どれだけの臣下がこの王を見限っただろうか。

その怒声を聞いたのは最初に到着したナトラの軍将だった。

レオンは、自国が大変な中、駆けつけてくれたナトラの将に非礼を詫びた。

ただナトラの性も謝意を見せた。予定した軍勢は来ていない、と。

王都に向かう最中、魔軍がナトラに向かっている報を聞き軍の半分を戻した。

残してきた家族と民を守るために。

レオンはすぐに兵を向かわせるべきだと申し入れた。

ナトラは前線の要だと、あの地を失えば王国の背が丸裸になると。

だが、父の耳には届かなかった。


あと一日早く動けば、ナッシュを救えたかもしれない。

彼女を思い出す者など、今やほとんどいない。けれど、レオンには忘れがたい出会いだった。

舞踏会の夜、初めて声をかけられたときの、あの小さな笑み。

何も返せなかった自分が、今も胸を痛める。

あれ以来、彼は変わった。

「守るべきものを、守れなかった」

その事実だけが、彼の中で静かに燃えていた。

王の親衛隊は、城を守るためにしか動かない。

ならば、自らの手で“動ける騎士”を育てるしかない。

彼は王家直属の騎士団を再編し始めた。

選ばれし者にのみ与えられる黒の紋章を、静かに、しかし確実に集めていく。

それはまだ、誰も知らぬ影の軍。

やがて“王の剣”と呼ばれるその力が、未来を変えることになるとは、この時、まだ誰も知らなかった。


あのとき陥落したのはナトラだけではない。

大小様々な国が滅んだ。

魔族の支配する地にのまれて。

魔族による侵攻は、王都ではなく、辺境の国へと向いていた。

戦力を削ぐためではなく地盤を確保するためのものだとかけらほどでも考えることができたのなら…

レオンは、ふと考える。菜月を守るためにも自分がとるべき選択は…と。

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