勇者と王子と英雄と
「さて、話は変わるが…」
シンが低く言った言葉に、部屋の空気が一瞬で引き締まる。
菜月は、その言葉がただの口上でないことを感じ取った。でも、どこかで予感はしていた。
何もかもが、運命のように決められているのだと。彼女の瞳がわずかに細まり、シンを見つめる。
「貴殿の可能性について、真剣に考える時が来た」
「……いま間違えて…って」
そこまで菜月が口にしたところでポポがレオンの肩に飛び乗った。
レオンの目が鋭くなる。
ポポが、レオンの頭に手をポンと乗せた。
「なっ」
「落ち着け、ということだと」
菜月には囁くように伝えた。
「…すまない」
何処までも軽薄な王だ。すでに未来が決まっているように振舞っている。
勇者がもたらす恩恵は計り知れない。ただそれは才能が開花したときに限る。実際、何人もの勇者候補が召喚され、ときは転生させられているにも関わらず、魔族の進行を止めることはできない。
それが必要悪であるのでは?という疑問を挟むべき時期に来ていることを示しているにもかかわらずだ。
何人もの勇者が死んだ。勇者としての力を開放する前に、少し強いだけの異世界人として名もない墓標を増やしている。
シンが黙ったので菜月はため息をつきながらレオンの横に立った。
何を話すべきか、何を考えるべきか、全く考えていなかったことが伝わってくる。
真面目に「死ねばいいのに」と思ってしまう。
シンの、彼の口から出る言葉には真っ黒な疑念の色が混じっている。
「つまり、私はこれからどうすることに?」
菜月が反応する前に、ぽぽが首をかしげて言った。
【あんまりおもしろくない展開になりそうだな】
【面白さは求めていませんけど】
【どうせ困難なら、面白いに越したことはない】
【……ポポさん】
レオンがその言葉に気づくことなく、シンは続けた。
「最初に言った通り、魔王討伐が終わるまでは、この世界に留まることになるだろう」
シンは、霜山幸太郎を見た。
幸太郎は、面倒だと欠伸をしながら、シンの横に、そして、ルシアナの横に立った。
……あれ、結構きれいじゃん
菜月を見て、幸太郎はそんな事を思う。
異世界人ということは、召喚に巻き込まれたということは、同じ異世界から来た可能性が強い。
その辺は後で確認することにして、それにしても綺麗だと考えていた。
ふとどこかで見た気がするが…と考えて大井菜月のことを思い浮かべる。
脳内で菜月とその菜月を見比べる。
身長に差がある。胸、腰に差がある。何よりも、顔の骨格がこちらはスマートだ。卵顔のキュートな顔も好きだが、美人に勝るものは無い。そういえばこの世界ラディウムは美人が多い。少なくとも城に働いている者たちは。
(俺、勇者じゃん、帰るにしても褒美をたくさんもらっていく事だし)
幸太郎は、ずいと前に踏み出し菜月を見てから、レオンを睨みつけた。
女をモノにするには、まず男の排除からだ。
少なくとも体格差がある以上、怯むだろう。
王子というものは、護られるだけの無能な優男だ。スポーツマンたる幸太郎に掛かれば排除するのも問題は無い。別に排除したいわけでは無い。女の前で恥をかかすだけの予定だ。
(な、何々?)
近付く勘違い男に菜月はあとずさりをした。
気味の悪い勇者の行動にレオンは菜月との間に割って入るように身体をずらした。
手が静かに動き、マントが揺れる。後ろから見ていても剣の柄を握ったのが分かった。
さすがに素手と剣では…と思いながら菜月は、レオンの腰当たりの服を摘まんで揺らした。
そういえば…私のために争わないで、という歌か何かがあった気がする。と余計なことを考えながら菜月はレオンの前に出た。
「勇者・霜山幸太郎だ」
【勇者なの?】
【そんなわけ……勇者も英雄もあとでつく肩書きだ】
【えっ?】
「…庶民」
そこまで言って、菜月は後ろのレオンを見た。
レオンは苦笑を浮かべつつ、吹き出すのこらえた。
『勇者』と名乗っていいのでは?と思いながら、余計な軋轢を起こさないための配慮か、と一人納得していた。
「な、長野美月」
「ほう、いい名前だ。元の次元に戻る時は俺の女にならないか」
「えっ」
「答えはいまでなくていい。考えてくれれば」と言い残すようにしてシンの元へと戻っていった。
【莫迦なのか? あれは】
【…俺は振られたことが無い!の理由がわかったわ】
【…菜月の次元て…大丈夫?】
【あれを召喚したこっちの世界の方が心配だよ】
菜月は苦笑した。ただ学校で何度も顔を合わせているのに気付かれなかった。すぐにでも鏡を見たいところだがそんな事を言いだしたら頭を疑われる。
「本来は、俺だけでいいのだが、魔王討伐までの時間を考えれば、生きるための力がいるだろう。王家に迷惑をかけるわけにもいかん。勝手にこの世界に来たんだからな。そこでだ」
幸太郎は自信満々に周りを見渡して演説するが、ただの自己陶酔にしか見えない。
菜月は、生徒会選挙でも同じようなことをして落選していたことを思い出した。懐かしいと感じるほどにバタバタとさせられていることに、憤りが…
「お前を俺の従者にしてやる。美月」
いきなりファーストネームを呼び捨てる無神経さに頭が痛くなってきた。
「お断りします」
レオンが前に出かけたので菜月は咄嗟に言った。
ここでかちとるべきは、情報を得る権利と魔法を教えてくれる人。それだけだ。
適当に城を抜け出して、冒険者として世界を回る。世界を救うのは勇者だの英雄に任せていればいい、と。
「父上、彼女は、私の庇護のもとで生きるすべを身に着けていただきます。その時に勇者としての才が開花しないのならば自由に生きる許可を」
「…わかった。そのようにしよう」
シンは、ルシアナを見てから答えた。明らかに巻き込まれ召喚者にイラついている。それも、自分よりっも数段整った女だからだろう。嫉妬深いのは、誰に似たのやら。とため息交じりうに。
「まて、俺の許可は」
幸太郎がレオンを睨みつけながら吠えた。
「必要ない。勇者候補殿はまだ説明を受けておられないようだが、貴殿は、勇者となる可能性を秘めているに過ぎない。いまの貴殿には何の権限も与えられてないただの客人だ」
「な、なんだと」
「王が何かを約束されたのなら、それは王と貴殿の問題。我が国のルールにはあずかり知らぬことだ」
レオンは、そう言うと、菜月の方に手を差し出した。大神官ダレスが、床に放置されている菜月のカードを拾い上げ、菜月の元へと駆け寄った。
ステータスカード。
「まぁこういうのも、冒険者になる時に必要ですから。」とダレスは笑う。
菜月は少し考えるフリをしてから答えることにした。
「訓練まではお世話になります。その後のことは、私が決めることなんで?」
シンは軽く笑い、肩をすくめた。
「それもまた、運命の一部だ。」
その瞬間、ぽぽがレオンの肩からふわりと降りてきて、菜月の足に素すり寄った。
【運命を捻じ曲げんな!】
と少し大きめの感情で言う。
【…うるさい】
【ごめん、運命なんて、そんな大げさに言うことじゃないって意味だから】
ポポの言葉に、菜月は微かに苦笑を浮かべながら、シンを見つめる。
「それなら、まずは魔王討伐の話に戻るべきじゃないですか?」
菜月はそれだけ伝えると、部屋の中をぐるりと見渡した。
「取り敢えず服いただけません?」とニヤリと笑う。




