勇者になっちゃった…
カードの光は収束し、宙空にその内容を映し出す。
「…え、ちょっと待って、これどういうこと?」
ルシアナは、珍しく慌ててカードに駆け寄った。
宙空に映し出されている光の文字を目で追いなおした。
「へ〜」
菜月は素直に感嘆の声を漏らした。
目の高さくらいの空間にみど色の光の文字が浮いている。
レオンの様子からすると見えていないのだろう。
つまり、術者と本人にしか見えない。聖女が偽りを口にすれば…
【菜月……無茶するよな】
【どうして?】
【職業カテゴリー】
【それが?】
【……気付けよ】
ポポは、呆れながら菜月の頭の上に顎を乗せるように移動をした。
「あっ…」
「どうかしましたか?」
レオンが菜月の方を見た。
【莫迦】
【仕方ないでしょ】
「いえ、特には…レオンには見えない?」
「何をです?」
菜月は、ルシアナの方を指差した…
「あ、異世界人のステータスの確認ですね。私はカードを介してみることができますが、それもギルドにある魔道具と同じ物があってこそですね。残念ですが、あれは、聖女の能力…スキルです」
レオンは、本当に口惜しそうに言う。
その能力だけで、ルシアナが聖女だと証明される。神託を受けるまでもなく。
王族であろうとも、職業カテゴリーを知るためには、神託を受ける必要がある。
スキルカードを作る必要はなくても、適材適所に配置するためには必要なことだった。全ては万人に「流石、イグレイン王家の」と言わせるために。そのつまらない行為すら虫唾が走るのだが。
「お顔に苛立ちが出ていますよ」
「えっ?」
「お似合いとは.言えませんね」
菜月は、クスリと微笑んだ。
「この者は庶民です」
ルシアナは、声高々に宣言をした。
庶民。武道にも、魔道にも、畜産や農業にも適性のない守られるだけの存在。
いわゆるハズレ適性。
シン王から落胆とともに舌打ちが漏れた。
その隣で幸太郎が「よし!」と言わんばかりにガッツポーズをする。
どうやら、対象者にも見えないようだ。菜月は苦笑を漏らした。
「何を隠している?」
レオンは、静かな口調でルシアナの異変をついた。
ルシアナは、良い言い方をすれば素直だ。独善的な思い込みがあるだけで。
きっと勇者に、霜山幸太郎に恋しているだろう。何かしらの勘違いとともに。
「な、何をいっているの?」
「仮にここで誤魔化したところで、異界に招いた人を何の手段も講じずに街に降ろすようなjことがあれば、彼女の生きる術は冒険者だろう。その時に、そのスキルカードに転写された内容は白日の元にさらされる。その時、我が家にとって不利益は生じないのだろうな」
レオンは淡々と言った。
過去にも似たことがあったのかもしれないと菜月は溜息をついた。
つくづく皇子殿下の気苦労に同情したくなる。
もっとも正直なところ、城から無事に出られればそれでいい。それ以上を求めるのは面倒なだけだ、きっと。
それなのに…見て見ぬふりをするのが嫌だった。
「(仕方ないか…)、庶民でつくことのできる仕事はありますか?」
菜月は、シンに視線を向けて尋ねた。
「庶民とは、我が国の財産だ。望む職業であれば、何を生業にしても構わない」
「それは冒険者をしても構わないと言うことです華?」
「無論だ。ただし冒険者に必要な技能習得には並々ならぬ努力を必要とする。『職業カテゴリー』とは、それに付帯するスキルの習得しやすさだと思えば良いが、庶民には専門スキルというものが存在しない。だから……何者になれるし、何者にもなれないと言える」
「…だから冒険者にしかなれない、ということですね」
菜月は静かに言いながら、シンの見下すような態度に小さくため息を漏らした。
一国の王の器だとははとても思えないほど浅はかな、バカボンに感じられた。
「とりあえず、私はどうすれば」
菜月は、レオンの背にそっと触れた。
レオンが何を得ようとしているのかは解らない。でも、悪いようにしないと感じれた。
「何をするにしても、街に降りるのならば、冒険者として仕事を得る必要があります」
レオンは、菜月の顔を見ながら静かに言った。
振り返るようにして、シンへと視線をながした。
「呼び出したかが、利用価値もないから、何も与えずに放り出す。そんな愚かな選択はなされまい」
シンは溜息をつきながら、ルシアナを見た。
姉弟の軋轢など見たくもない。だが、聖女を蔑ろにするわけにはいかない。
必然的にルシアナの肩を持つようになてしまう。
そのことがレオンは面白くないのだろう。
召喚の義をのぞけば、国のことを憂う若き皇帝の態度とは思えないが、これも親としての不甲斐なさなのだろう。
レオンの望みは、巻き込まれた異界人にそれなりに礼を尽くせということだ。
何の価値もないもないのに。
「隠していることを述べよ。冒険者ギルドから問題が舞い込むのはお断りだ」
「お父様」
「王と呼べ。公式の場だ」
「……偽りなく『庶民』でございます。ただ、勇者になりうる器なのかもしれません」
「何を言っておる?」
「勇者レベル、そうとも記載されています。これまでの観点かを踏まえても、初めて見ます…文献にも」
ルシアナの声は段々と小さくなっていった…
【こうなるよね】
【そうなの?】
【勇者レベルって何?】
【勇者くらい強い…とか】
【隠匿している最中に余計なことを考えるから】
ポポは、溜息まじりにいう。
ただ何を言ったところで、すでにことは動いているのだから。
【まぁ…後でサラスに声をかけておくよ】
【…面倒ごとを増やした?】
【たぶんに】
「異世界より招いた勇者殿、貴殿には勇者になりうる可能性があるようだ。ただ、女性に戦場に行けというのは私としても、非常に心苦しい。そこで、だ」
シンは、そこで言葉を区切り、ゆっくりと部屋の中央へと足を進める。
「どうだろか、少し城で休んでから、この世界での訓練を始めては?」
「間違いとわかったのなら、すぐに返してくれないの?」
菜月はしれっと無理なことを聞いてみる。
「本来なら、我が国の優秀な神官が元の世界に戻す準備をするところなのだが、此度の勇者殿は潜在値が高く多くの神官のマナを必要とした。そのため、すぐに、というわけにはいかない。準備が出来次第、元の世界へと戻れるように手配しよう」
「え、その時は俺も」と幸太郎が我関せずの顔をしていたのに慌てて声を上げた。
「勇者殿には魔王討伐の役がある」
「じゃあ、その後に返してくれる、と」
「無論だ。魔王討伐を果たした折りには、願いを叶えよう」
シンは、オーバーリアクションをつけながら、召喚の魔法陣が描かれていた辺りで演説をした。
シンが高らかに演説するのをよそに、レオンは小さく舌打ちし、視線をそらした。
菜月には、それだけで十分に不快感が伝わった。
「ま、待ってください、王」
「なんだね、聖女よ」
「これは、勇者の予備を示すのでは?」
「…となれば、魔王討伐までは留まってもらうしか…」
【待って、私、勇者?】
【まぁ、そう名乗ったし】
【ポポ…どうにか】
【無理だな】
ポポは大きな欠伸をして、ぽてんと菜月の頭の上に顎を落とした。




