最終回
そうしてラッパは7回鳴り
その度に地上に厄災は降りかかった。
風はもう吹かず空は黒く裂け、太陽は灰に沈み
海は血潮に染まっていた。
世界は当に今終焉を迎えていると論じても異はないだろう。
それでも……それでもまだ、人は立っていた。
焦土と化した大地の上
残された王たちがひとところに集結していた。
かつて敵同士であった国々の旗が
決戦上に僅かに吹く風に今は同じく揺られている。反神同盟。
シフが先頭、その隣に私、少し後ろにアメリア。
三人の姿を、王族諸侯他、無数の人々が見つめている。
もはや彼らに“兵”の面影はない。
疲れ果て、喪い、傷ついた者たち。
それでも、誰も武器を捨てようとはしなかった。
理不尽に抗う者たちの稔侍。
沈黙があった。深く、永遠にも似た沈黙。
その後やがて大気は震えた。
誰かが祈りを捧げる。信仰無き祈り。
誰かが地を叩き、誰かが泣いた。
その全てを掻き消すように、空が開いた。
裂けた天の彼方。
降り注ぐ光はもはや“光”ではなかった。
それは、意にそぐわぬ者たちへの粛清の意思と慈悲を携え
神は、降臨した。
言葉はなく。
ただ、圧倒的な存在感は世界の理そのもののように映る。
王たちは目を見開き膝をつき兵は剣を落とした。
誰も逃げなかった。いや。逃げるという暇すら感じる事が出来なかったのかもしれない。
シフは静かに前を見据えた。
「……きたな。」
私はその横顔と神を交互に幾度か見た後ゆっくりと頷く。
シフの言葉と共にアメリアは祈りのように剣を掲げた。
風が、微かに動いた。人々が一斉に顔を上げる。
「あれこそが我らが宿敵。今ここに我らの叡智と勇気を捧げん!」
アメリアは怒声を以て宣言をすると
全ての者は正気を取り戻した。
王はしっかりと両の足で地面を踏み、兵士たちは剣を拾った。
今ここにはじまるはアーマゲドン。
神と呼ばれる存在による最後の審判。
神と人、天と地、そのすべてが交わる最終の時。
神はシフに語り掛ける。
「ルシファーよ、人間の信仰を捻じ曲げ
このような形でここで相まみえるとは
お前は、まだ神の座を狙っているのか?」
厳かな声が伝え響く
その慈愛と安らぎに満ちた語りはシフのそれと同じだ。
「もとより。」
そう返すとシフことルシファーはアストラ・ユーディカを構える。
「感心せんな。その剣は我が友ラグエルの剣であろう。
お前が持つには相応しくない。」
そういい放つと神は手をかざす。
光の粒子が凝縮され象られてゆく。
「な……」思わず私は言葉を漏らし、それを凝視する
隣からルシファーの息を呑む音が聞こえる。
それには見覚えがあった。違う。忘れられようも忘れられるはずがなかろう存在。
背には6枚の輝く羽根 『ラグエル』 だ。
そしてラッパの音と共に現れたセラフ達も同様にして再生される。
ザフキエル、バラキエル、サリエル、レミエル、ユリエル
そして、最強の敵であったミカエルまでもが今、目の前で
神の横に並び立っている。
「何を驚いた顔をしているのだルシファーよ。
私が全知全能である事は、お前はよくわかっていると思ったのだが
そうでもなかったようだな。」
そういい放ち手をかざすとルシファーはその場から消えた。
カラン……アストラ・ユーディカのみが足元に転がる。
私は存在に圧倒されながらも、その圧に抗い声を振り絞る
「貴様っ!シフに何をしたっ!」
怒声を放った。が周囲から見れば負け犬の遠吠えにしか見えない。
「ほう。お前はベルゼブブだな?
いや正確には加護を受けているようだな。
どれ軛を解いてやろう。」
神は私に向かい手をかざす。
私は地上に堕ちた。天使の羽根の消失がそれを招いたのだ。
「これでお前は天使の加護から解き放たれた。」
そして天に手をかざすと、俄かに漆黒の雲が垂れこめ
ぽつぽつと降り始めた雨は、瞬く間に滝の様に大地に降り注ぐ。
そして見る見るうちに大地は濁流にのまれてゆく。
決戦の丘ゴールゴーダを除き殆どが濁流にのまれ水没する。
数多の戦を生き抜いてきた歴戦の騎士も王も民衆も
もはやこれまでかと覚悟した。
「この者たちが首謀者であろう?
私への信仰を取り戻した者は助けてやろう。」
神はそう言うと再び手をかざす
すると、とてつもなく大きな船が現れた。
人へと戻った私はアメリア姫を護ろうとディソレイターを抜こうとするが
柄がそれを拒む。
『そうか……人には扱えぬというわけか……。』
姫と会う時には身につけていた姫お手製のカタールに手をかける。
『これを抜くのは何時ぶりだろうか。』
姫様はレイピアを抜こうとはしない。
今まで自分に命まで委ねてきた人々に刃は向けられるはずもない。
私は「ふふっ」と漏らした。実に姫様らしい。
私達は武器を手にした殺気だった兵や民衆に囲まれている。
四面楚歌というやつだ。
人とは面白い生き物だ。自己の保存を優先する。
本能ではなく、意図してそれをするのだ。
カルネアデスの板。そんな言葉が私の脳裏をよぎる。
シフの呪縛から解き放たれた私のすることは一つ。
姫を護る事だ。たとえそれが無理難題であっても。
それが私のサガだからだ。
「私はローゼンガルド名誉騎士アリシア!命のいらない奴からかかってくるがいい!」
私は襲い掛かってくる兵や民衆を次々とカタールで屠って行く。
笑い話だ。先ほどまでの味方が今や命を狙う敵となっているのだから。
戦は数である。一騎当千であっても万単位の兵に囲まれれば負けるは必然。
私の疲労はどんどん蓄積してゆき、神速の如き体術も徐々に鈍ってくる。
私の体に一太刀二太刀、兵士たちの剣が体を捉え始める。
痛みが走る。が、止まれば姫様が命を奪われる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
私は怒声に精神と体を奮い立たせる。
が、現界は突然やってくるものだ。
私の体は最早無数の切り傷と刺し傷で満身創痍となっていた。
そして時は来る。
ズブリ……。とある騎士の剣が胸にめり込む。
「うぐっ……。」心の臓を貫かれた為、勢いよく血が噴き出る。
視界がかすむ。痛みももう感じなくなっている私は姫様を護るように覆いかぶさる。
それが最後の抵抗だ。
私と姫様は槍兵により全身串刺しにされ、血染めの中、共に息絶えた。
姫と私の互いの手はしっかりと握られていた。
神の許しが出て民衆は神の出した船に乗り込んで行く。
その船は後にノアの箱舟と呼ばれる。
後日談
ルシファーは別次元に飛ばされ目標もなく
ただ日々を過ごしていた。
姫の魂は尊き犠牲と判断されアストラル界の上位層に飛ばされた。
そして私の魂はアストラル界最下層煉獄へと飛ばされた。
いつ終わるともない永遠の苦痛の世界。
神からの言伝もあった。永遠の責め苦これも慈悲らしい。
断罪するなら魂を消し去っていたとの事だ。
この物語はここで終わる。現実とは常に非常な物である。
最終話は少し時間が空きましたが。これにて完結とさせて頂きます。ご愛読ありがとうございました。
少し時間が空きましたがエンディングテーマを作りました
蒼いグラデーションの夜
https://www.youtube.com/watch?v=_O2R-9XjXGo
宜しければご視聴下さい結末後に聴かれると良いかと思います。
ありがとうそしてさよなら……アリシア




