第一のラッパとラグエルの降臨
数か月がたったある日。
「聞こえたかな?ルブ。」
御座からシフは言葉を紡ぐ。
「はい。聞こえましたラッパですね。」
鋭い目つきで音の聞こえた方を見ながら私は返答する。
「人間に急ぎ伝えるといい。間も無く厄災が降りかかる備えるがいい。と。」
私はシフに一礼をしリーブを唱える。
ローゼンガルド城の玉座の間の手前に飛んだ。
足早に玉座の間へと向かう。
敬礼をする近衛の横を抜けレオナード王の前で報告をする。
「レオナード王よ。いよいよ神からの合図があった。
間も無く地上に災いが降り注ぐだろう。近隣諸国に伝聞を!
血の混じった雹と火が地に投げられると聞いている。
特に空からの落下物に気を付ける様に!」
私の言葉を聞くとレオナードは手早く指示を出し
各国へと早馬を走らせた。
その信託はアメリアのものとして。
私がシフの元へ戻った数日後に事は起こった。
空から赤く血の混じったような人の頭の大きさはあろうか
大きな雹が各地に降り注いだ。
建物という建物は損傷を受け、皆復旧に勤しんだ。
死亡者がゼロというわけにはいかなかったが
事前情報により多くの人命が救われた。
これにより人々は神を憎悪し我々やアメリアへ信頼を寄せた。
シフの空間へ戻った私が見たものは目を閉じているシフ。
何かを感じ取っていたのか超感覚で遠視したのかシフが語り掛ける。
「とても大きな隕石が一時間後に落下する。
地表に直撃すれば一国が吹き飛ぶ深刻な被害を出してしまうだろう。」
眉をひそめ彼は述べる。
「分かりました。私が行きましょう。」
私がそう言うとシフはこちらを見て
「ボクも行かなくて大丈夫かい?」
心配の混じった笑顔で言った。
「お任せを。先日覚えた魔法で消し飛ばしてみせましょう。」
きっぱりと返答すると
「そうか、君がそう言うなら任せたよ。」
と答え微笑む彼に、私は一礼し教えてもらった座標付近に飛んだ
その後、正確な落下地点へと移動する。
そして羽を羽ばたかせ上空へと舞い上がった。
上空1000m付近だろうか。迎撃には、この辺りで良いだろう。
私は待ち受ける態勢に入った。
気温は10〜15℃といった所だろうか
しかし私は今や外見は人ではあるものの中味はエーテル体で満たされている。
温度から内臓を守る必要はない。
待つこと一時間弱。大気圏に突入し紅に熱せられ強く輝く隕石。
「来たな!」
私はそう言うと、その方向へ腕を伸ばし掌を広げ詠唱を始める。
「星核の胎動、創星の炎よ!
集いて熾火と為せ!核融創星!」
ヒュッッ…… ドンッ!! カッ!!
魔法が隕石に触れると耳をつんざく音と共に
核融合の高熱で溶け砕け隕石はバラバラになる。
数メートル級の破片が地上に向かう。
「クッ!」
再び詠唱を始める。
「星核の胎動、創星の炎よ!
集いて熾火と為せ!核融創星!
導きの創星よ、各々に向かいて破砕せよ!ホーミング!」
唱えると、掌に収縮した光の玉は分裂し
まるで意識を持っているかのように大きな欠片へ向かって拡散する。
数十センチにまで砕かれた隕石は、炎の雨となり地上に降り注いだ。
「……完全には防げなかったか……。しかし大きな被害は逃れたろう。」
私はレオナードに元へ報告に向かった後シフの元へと戻った。
隕石迎撃の様子は世界各地で目撃されていた
遠方からの為、私は視認されなかったが
大きく光り輝く物が落下する様は輝く見た目とは裏腹に
不吉な予感をはらんでいた。目撃したものは皆そう感じた。
あれが地上に激突したらどうなってしまうのだろう……
その時!
ドンッ!と大きな音と共に宙で一度爆発し
立て続けに、もう一度多数の爆発が確認された。
人々は口にした。
「奇跡だ!」と。
間を置かずしてローゼンシュタットから早馬が各地へ走った。
……落下せし、それは神の怒り。
かを砕きしはローゼンガルドの乙女アメリアであると。
人々は歓喜した。
「大方上手くいったようだね。流石はルブだ。」
嬉しそうにシフは言う。
「いいえ、完全ではありませんでした。
完全に防ぐ事が出来なかった……
地上への被害が出てしまった。私の見解では失敗です。」
拳を握りしめ言った。
しかしそれは人間への情ではなく、ただ単に自分の力不足に
よる所と自責したからだ。
「いや、君のお陰で大勢の人間が助かったのは事実だ。
人類は『奇跡』としてそれを把握しているだろう。
それに損害ゼロでは、ありがたみも薄れるというものだ
そう自分を卑下しないほうがいい。上出来だよ、ルブ。」
少し真剣な面持ちの後、優しく言葉を私にかけるシフ。
「ありがとうシフ。救われます。」
私は一礼をする。
「第一のラッパを吹いたのは熾天使ラグエルだ。ボクにはわかる。
今こちらへ向かってるよ。まもなく降りてくる。」
シフが、そう口にすると見覚えのある状況が展開された
一回り大きな楕円、黄金に輝き緩やかに波を打っている裂け目
そこから整った顔立ち黄金に輝く光をまとった荘厳な姿
背には6枚の翼を湛え、静かに現れ床へと降り立った。
その者はゆっくりと目を伏せ、深い溜息をつき言った。
「何故、神に叛意を持ったのだ?我らは神の代行者であっただろう。」
ルブは肩をすくめ、冷静に応じる。
「ラグエル、お前も分かっているはずだ。
神の秩序はもう形を成していない。神は人を作り人を愛した。
だが結果はこれだ。見るがいい。ボクたちが守ろうとした世界を。」
そう言うとラグエルの吹いたラッパの影響、神罰を空間にいくつも映し出す。
ラグエルの瞳が瞬間揺らいだ。畳み込む様にシフは続ける。
「これが君の望んだ世界か?ただの破壊と混沌だとは思わないのか?
君は調和と秩序の守護者だろう?おかしいと思わないのか?
これでも君は神が正しいと?」
ラグエルは翼を広げ、ゆっくりと声を落とす。
「堕天の友よ、もはや行く道が交わる事はなさそうだ
いつかまたお前が戻る日が来ると信じていたが……
私は神の友として務めを果たさねばならぬ。裁きは避けられぬのだ!」
ラグエルは黄金に光輝く剣を鞘から抜いた。
「裁きの剣君も知っているだろう?
全てを裁く事の出来る剣だ。君を裁かせてもらおう!」
身構える前、刹那の間隙にシフは私の名を呼んだ。
「ルブ!」
言われなくてもわかる。
私は背中のディソレイターを抜き、すかさずシフに投げ渡す。
「ありがとう。少しの間、借りるよ!」
ラグエルとルシファーは互いに構えた。
ラグエルは黄金の剣を高く掲げた。
その輝き周囲の空間を焼き尽くすかのよう煌めく。
「これが神の裁き!堕天の友よ、君に下す裁きだ!」
その声は鋭く、冷徹な刃の如く響く。
シフは静かに構えを取る。
閉ざされたシフの創り出している空間は張り詰め
互いの天使の力場が激しく激突し周囲の空気が震える。
一瞬の静寂の後、ラグエルが先制。
黄金の刃が閃光となり、烈風を伴って襲い掛かる!
「避けろ!」
シフの声が轟く。
私の視界の端で、剣が交錯する。
光と闇、刹那の閃き。
シフは剣を回転させ、激しい衝撃波を弾き飛ばす。
シフの声がなければ私はやられていたかもしれない……
圧倒的な場を支配するセラフ同士の力場の激突!
「正義の守護者が聞いて呆れる卑怯者が!
何故ルブを巻き込もうとした!ラグエル!」
あの穏やかなシフが激昂して……いる?
「一介の天使だろう?なぜ怒る?そもそも君が怒るなんて珍しいな。」
ラグエルは私の背中の羽根を見て
共に堕天した天使だと思っているようだ。
黄金の剣アストラ・ユーディカと
闇の刃ディソレイターを携えた二人のセラフは
まるで天界の運命を賭けるかのように火花を散らす。
ラグエルの刃が閃光となって振り下ろされると
ルシファーは身を翻し、間一髪で防ぐ。
剣と剣がぶつかるたびに轟音が轟き、空間が震える!
これは……共振……なのか?
圧倒的な力場を形成する二人を前に私は動く事が出来ない。
「神の意志に背く者よ、更に抗うか!」
ラグエルの声には純然たる決意が宿っていた。
だがルシファーは言葉を紡ぐ。
「神の意志とは何か?!自分の気に入らないものを、虐げ排除する事か?!」
シフは足元を蹴り前へ羽根で滑空し、再び刃が激突する!
火花が散り、鋭い金属音が響き渡る。
ルシファーの動きは、しなやかで隙を伺いながらも大胆に攻撃を仕掛ける。
ラグエルはその度に確実に防御し、反撃に転じる。
互いの翼が広がり、衝撃波を伴い斬撃が飛び交う!
剣の交差点から飛び散る火花は、まるで星屑の如く煌めき
二人の力が、ぶつかり合う度に時空さえ歪むかのようだ。
長時間の打ち合いの後
ついにラグエルの表情には疲労の色が見え隠れしはじめる。
が、ルシファーの瞳は鋭く決して引かぬ意志を湛えている。
「これは、神の裁きなのか?それとも自ら選んだ闘いか……?」
ラグエルが呟き、黄金の剣を天へ掲げる。
その刹那、ルシファーの闇の刃がラグエルの胸に滑り込むように突き抜けた。
私の目にはそれがスローモーションのように映った。
「迷いは隙を生む……さらばだ、我が友そして神の友ラグエルよ。」
ラグエルの体にディソレイターの効果が波及する。
ラグエルの体を構成しているエーテル体が徐々に崩れ光の粒子となり
空間に散って行く。
カラン……。
アストラ・ユーディカが床に落ちる。
「ふふっ……私はこういう性質だ。君の手で消え去るならば
それはそれで……いい。我が友よ君は君の道を征け……。」
ラグエルは最後にそう言い残し消え去った。
辺りを舞い、消えゆくエーテル粒子の中でルシファーは
刺突姿勢のまま静止していた。
今、彼は何を想っているのだろうか。
幾許かの時が経過しエーテル粒子は徐々に光を失い消失した。
シフはゆっくり立ち上がる。
ディソレイターを一振り二振りすると私へと返した。
「あ……あの!助けてくれてありがとうシフ!」
何とも不似合いで不格好な言葉だったかもしれない。
しかし口にせずにはいられなかった。
「そういうのは、無しだ。うん、そうだね……もし君がボクだったらどうしたかな?」
笑顔で私に問いかける彼は何時ものシフだった。
私は返事代わりに深々と一礼をする。
するとシフは、ひょいとアストラ・ユーディカを拾い手に取る。
「これはいいね!神も裁けるよねきっと!」
そう言いながら子供の様に剣を振るった。




