天界からの刺客
新章の幕開け
薄暗い地下遺跡に、突如として空間の歪みが生じた。
それは、漆黒の虚空に開いた巨大な楕円で黄金に輝き緩やかに波を打っている裂け目。
その内側からまばゆい光が溢れ出し、神々しい讃美歌のような音が響き渡る。
やがて、その光の中から、白く輝くローブを纏った羽の生えた天使たちが現れた。
「無粋な連中だね、ボク達の新たなる門出に割って入るとは。
うん見たところ、君たち下級天使だね。」
ルシファーからすれば一目瞭然なのだろう。
彼らの背には一対の純白の翼、手には光を帯びた槍や剣が握られている。
お馴染みの天使の証エンジェルハイロウも見て取れる。
シフも以前は冠していたであろう、それだ。
天使達は私の背に目をやると同じく一対の翼を視認し
「貴様もサタンと同じく堕天使か!」
一際甲高い声が、狭い空間に響き渡る。
「いいや、私は元人間だ。」
そう言うと、天使たちはさらに声を荒げた。
「サタンめ!人間ごときにエーテルの加護を授けたな!」
シフへ怒りを剥き出しにして、シフの方に向き直り天使どもは吐き捨てる。
「君達には関係のない事だね。ボクが誰を友人にしようとボクの勝手だろう?」
シフはやれやれと言った体で天使共の讒言を意に介さない。
「神は何故このような輩に追放だけなどと慈悲をかけたのだ!滅するべきだ!」
シフはニヤリとして答える。
「おや、その言葉は神の決定への冒涜ではないのかな?」
シフの理詰めが天使たちを追い詰める。
「減らず口を……サタンお前は後だ!先ずは穢れた存在!貴様からだっ!!」
一体の天使はそう言うと私に剣を突き立ててきた。
私はそれを紙一重で躱す
「セミロングの髪にかすり、幾許かの髪が宙を舞い、足元へと舞い落ちて行く。
割とぎりぎりだ。天使が強いのか、それとも体の変化の影響か。
今までのような余裕のある戦闘は出来なさそうだ。
私は素早くカタールを抜き、カウンター気味に天使を刺す。
が、手ごたえがない。天使の体は光の粒子のように透過し、刃は虚空を貫く。
「ルブ、天使はエーテル体故に、通常の武器では対処できぬ。」
そう言うとシフは人差し指を中空にポインティングすると
空間が微かに歪み、一振りの剣がそこから現れた。
シフは落ちてきた剣を掴むと、すかさず私に受け取りやすいように投げる。
「君へのプレゼントだ受け取ってくれないか?」
私はカタールを投げ捨てその剣をキャッチする。
「わが友よ感謝する。」
私はそう言うと柄を握り鞘から剣を抜いた。
刀身を眺めると漆黒の闇を思わせる剣。
刀身の長さを把握する事は出来ない。
何故なら切っ先が闇でぼやけているのだ。
私が武器の間合いを把握できていないのは問題だが
相手としてはどこまでが刀身か分からず、私以上に困惑する事だろう。
実は私は剣を握った事は無い。が、城で稽古や模擬戦をしている騎士や衛兵
そして何より隋一の使い手、騎士ガルヴァンの型などを眺めていた為
イメージトレーニングは完璧だ。
見よう見まねで剣を振ってみる。ガルヴァンの型の真似だ。
行けそうだ。私は天使に向かい剣を構えた。
剣を構えた瞬間、天使たちは一斉に動き出した。
彼らは連携を取り、左右から光の槍と剣で挟撃を仕掛けてきた。
一閃、左から伸びた光の槍を、私は漆黒の刃で受け止めた。
キン、といった類の金属音は鳴らず、代わりに闇が光を飲み込むかのような
不気味な吸音が生じる。
受けた衝撃は私の想定よりも重く、体幹がわずかに揺れる。
慣れない背の二枚の翼が、バランスを崩そうとする私の重心を、さらに狂わせる。
「クッ!!」
城で騎士たちの鍛錬を見ていた私の脳裏には、流麗な剣技が完璧な形で刻まれている。
が、この新たな肉体と、その背に生えた翼が、その理想的な動きを阻害する。
その隙を狙って、右から振り下ろされた光の剣が、私の頭上を狙う。
咄嗟に体を捻って躱すが、翼の先端が地下の天井に僅かに触れ
「ゴリッ」と嫌な音がした。体勢が崩れ、数歩後ろに下がる。
まだこの翼を使いこなせていない。いや、むしろ足枷になっている。
天使たちは、私の動きに僅かながらも綻びがあることを見て取ると、さらに攻勢を強めた。
彼らは翼を器用に使用する事によって上下左右からの立体的な攻撃を可能にする。
私は、騎士ガルヴァンがかつて見せていた受け流しの型を脳内で再現し
剣技に落とし込む。迫り来る光の刃を最小限の動きでいなし、受け流していく。
漆黒の剣と純白の光が交錯する度、剣戟により周囲の空間が微かに歪む。
「加勢したほうが良さそうかな?」
そう言うと10枚の羽根を広げルシファーは玉座から立ち上がった。
「気遣い痛み入る、が、無用。このような所で敗北を喫するならば
私に君の盟友を名乗る資格はない。」
私は毅然と答えた。
それを聞きルシファーは僅かに喜びの笑みを浮かべた。
「わかった、無粋な申し出申し訳なかった。」
そう言いルシファーは御座に再び腰を下ろした。
一体の天使が、私の剣を光の盾で防ぎながら、もう一体が背後から槍を突き出す。
私は背後の気配を察知すると、大きく身を沈め、半身で槍を躱した。
その際に翼が大きく広がり、狭い空間で再びバランスを崩しかけるが
私はそれを逆手に取り回転するように体勢を立て直し
広げた翼で天使の視界を奪いながら、剣を鋭く振り抜いた。
漆黒の刃が天使の胸元を掠める。
その瞬間、天使の胸元から光の粒子が噴き出し、苦悶の表情が浮かんだ。
私は直感的に理解した。傷ける事が出来るなら倒しことも可能だ。天使共を葬る事が出来る。
翼をフラッピングさせながら、天使は数メートル後退した。
人間で言えば噴き出す血を反射的に抑えるようなものか。
光の粒子が溢れ出る部分を天使は押さえている。
私は、騎士の鍛錬で見た剣技戦における間合いの詰め方を脳裏に浮かべ、トレースする。
一歩、二歩と素早く踏み込み、天使の防御を崩す。
そして、剣の刀身で天使の意識の隙間を縫うように、その首筋を捕らえた!
天使は悲鳴を上げた。
漆黒の刃が触れた部分から激しき光がふきだし、あっという間に霧散した
虚空へと還元されたのだろう。
「さて、君達に提案をしよう。今帰り二度とルシファーに
手を出さないと誓えば見逃してやろう。」
が、逆にそれは天使の神経を逆なでしたようだ。
答えはないが天使達の瞳からは益々殺意が溢れ出る。それが答えだ。
一体減った事により余裕の出た私は
次々と襲い来る残りの天使たちを相手に試行錯誤を繰り返す。
翼の動きを最小限に抑え、時にはそれを盾のように使い
時には敢えてバランスを崩すことで、予測不能な動きを生み出す。
そして、刀身は確実に天使の存在を断ち切っていく。
私の動きはまだ拙いが、確実に体の慣れを感じていた。
最後のエンジェルが、追い詰められ聖なる魔法を放とうとした瞬間
間合いを詰めた私は、その腹部に刃を突き立てた。その感触で刀身の長さは把握できた。
漆黒の刃が天使の存在を根源から食い破り、眩い光の粒子をまき散らしながら
完全に虚空へと還元した。
静寂が戻った地下遺跡には、ほんのわずかな光の粒子が漂っているだけだった。
私は、その剣に付着したであろう僅かな光を払うように一度だけ軽く振り鞘に戻す。
そしてシフの方へと向き直った。
「貴方からのプレゼント生涯の家宝とします。ここに感謝を。」
私は礼の姿勢を取る。
「礼には及ばないよ、気のお陰でボクは見ているだけで済んだからね。」
私は意を決して述べる。
「天使の消滅、魂の概念、死した後魂の行き先など
恐らく私は貴方の持ち合わせていない知識を持っています
あなたの心の広さに期待し、この世界のシステムを説明しようと思います。
お聞きいただけますか?」
少し驚いた顔でシフは答える。
「ほう。それは面白そうだね!是非聞かせてほしい。」
ルシファーの声が弾む。
そうして、この世界の真理について語り合う事となった。




