失われる光
そして一週間後、宿にあーちゃんは来た。共に依頼を請ける為だ。
あーちゃんは今も学びを続け、合間に私に会いに来ていた。
話は先王の死後暫く後に遡る。姫は私の宿に毎日来ていた。
現王のレオナードは妹びいきであり、敢えて悪い言い方をすれば
私におもねっている。だから彼女は学ぶ事をやめ私の宿へ毎日来ていたのだ。
私は姫を窘めた。若い頃の学びは貴重であり、せめて22歳までは何かしらを学ぶ事。
不服な顔をしていたが、私の真剣な眼差しに姫は考えを改めたのだ。
若い頃の学びは貴重な一生の糧となる。それは年老いないとわからないのだ。
話は戻る、私達はこのようにギルド依頼の活動を何年も何年もずっと続けていた。
それはいつしか、冒険者から王国に害為す者の排除へと変わっていた。
時には手練れの達人、ならず者、幻獣から魔獣に至るまで
幅広く討伐をしてきた。
それもひとえに王国の秩序安定と、信託の聖女の二つ名の為
特に後者は隣国にまで響き渡っており、前者の礎。
困りごとが起こった時は、二つ名を名乗れば解決もしていた。
準備も整い肩にトート様を乗せ
あーちゃんと並びギルド掲示板へ向かう。
すると、深刻そうな依頼が目に飛び込んできた。
依頼 ー王国危機管理部門ー
隠者の遺跡にて何かが起こっているようだ。
斥候も、冒険者も誰一人として戻ってこない。
この依頼は危険を伴うため報酬は弾む
金貨2800枚
身の危険に細心の注意を払い情報を持ち帰って欲しい。
なるほど、これは深刻そうだ。
私は依頼書を掲示板から剥がし
人目から少し離れたところにいる、あーちゃんの傍へ行き見せた。
「あー、これ最近兄さまへの報告でよく出てくる案件ですね。
冒険者への依頼は間も無く打ち切り王国騎士団、二師団で調査予定です。
ちなみに総責任隊長は私が勤める予定です。」
あーちゃんは、ため息交じりにそう言った。
戦いは数とも言われるが実際は質だ。
実力が均衡しているなら数の方が大事だが
質が桁違いならば数は、さして問題ではなくなる。
「では、私達で片付けてしま…」
『やめておけ。』
私があーちゃんに言葉を投げるのを遮るように
トート様は私の思考に言葉を投げかけてきた。
先ず。私が問いを投げかけていないのに
トート様から思念が飛んできたことに驚く。
そしてその内容。何故やめておけなのか?
『どういうことですか?』
私は思念でトート様に問を投げたが答えは無かった。
どういう意図かはわからないが、ここで依頼を請けなければ
あーちゃんが危険と鉢合わせる事となる。
その時、私が傍にいなくて事が起これば私は一生後悔するだろう。
トート様なりの考えがあるのかもしれないが
最優先はあーちゃんの安全だ。
「それではあーちゃんサインして行きましょうか。」
「分かりました先生!」
あーちゃんが返事をすると
トート様は無言で肩から羽ばたき、地へと降り宿屋の方へトコトコと歩き始めた。
怒っちゃったのかな? 私の判断がトート様の意に沿わないことは理解できる。
だが、『 何があってもあーちゃんの安全だけは譲れない。 』
これは私の存在意義だからだ。トート様には、後でいくらでも謝ろう。
そう考え、私は依頼書にサインをし、あーちゃんと隠者の遺跡経由の乗合馬車へと乗り込んだ。
隠者の遺跡は鬱蒼と茂った森の中にあり
乗合馬車の下車場所は森の手前、遺跡までには距離があった。
他に下車する者は無く、私達は手探りで森の中へ分け入った
開けた場所へ出る度、私達はぬか喜びを繰り返し
ようやく、やっとの思いで遺跡へと辿り着いた。
近くに他に遺跡があるとは聞いていない為
ここが隠者の遺跡なのだろうと断定した。
トート様がいたなら、すぐに分かるのにな……
私は頭を振りながら今はそんな事を考えている時ではないと切り替える。
私が先導し、朽ちて柱と風化しかかっている石床が剥き出しの遺跡を慎重に歩んでいく
誰一人帰らぬ遺跡なのだ、どれだけ慎重を期しても過ぎる事は無い。
暫くすると地下へと続く階段を見付けた。
「あーちゃん!」
私が呼びかけると、する事は一つ。と、詠唱を始める
「聖なる光よ、その輝きをもって暗闇を退けよ。ホーリー・ルクス!」
すると宙に光の玉が出現した。
剥き出しの遺跡の地上部の為、何かが光っていると感じる程度だ。
「いつでもOKですよ先生!」
そう言うとあーちゃんは人差し指をスッと前へ滑らせ
光の玉を地下へ通じる階段の上部へと滑り込ませる。
闇に入り込んで行く光の玉は相対的に光を増す。
私は気配と足元に気を付けながら階段を降りて行く。
私は地下一階へと到達した。
「あーちゃん、いいよ!おいで!」
「はい!今行きます!」
私は地上へ呼びかけると、あーちゃんは直ぐに降りてきた。
地下は地上程、朽ちていないようで所々壁が崩れ落ちているものの
それらは侵入した草木による浸食の跡に見える。
私は一層神経を集中させる。が、気配は全くない。
人も魔物も存在の気配がない。
と、ここで普通の遺跡探索なら気を緩めるところだが
誰一人戻る事のない遺跡なのだ。
逆に猜疑心は深まる。一層神経を尖らせ慎重に進んで行く。
あーちゃんは光の玉を人差し指で器用に操作し進む先を照らしてくれている。
罠などがよく仕掛けられている形状のポイントでも罠一つない。
異常なその現象は逆に、侵入者を導いているかのようで気味が悪い。
所々で私達の足取りにより壁が微かに崩れる以外
聞こえるのは微かな風の音だけ。
そして幾許かの徘徊の末、更に地下への階段を見付ける。
あーちゃんは何も言わず人差し指を滑らせ
光の玉を階下へと導いた。
私はそれに沿って先に降りて行く。
地下二階へ着くと雰囲気が急に和らぐ。
いや正確に言うならば、そこにあるのは 理解を超えた「神々しさ」 だった。
何故、どうして、遺跡の地下でこのような感覚を覚えるのか。
その存在が、 意識とは裏腹に、無条件に私の警戒心を解いていく。
上から様子を見ていたあーちゃんが私の様子に気づき降りてきた。
「先生……これは……?」
あーちゃんもこの異常性に気が付いているようだが、
私と同じで警戒心が解かれているように見える。
「分かりません……何なのでしょうね……。」
私はそう答えるのが精いっぱいだった。
地下二階は闇が支配しているのにもかかわらず
優しい木漏れ日の陽だまりの中にいる様な、 抗い難い奇妙な感覚 を漂わせていた。
私達は探索をしていたはずだが、この階に降りてから
それは散策となっていた。
すると一層それらの雰囲気を強く放ち部屋から溢れ出るような扉を見付けた。
既に私に警戒心はない。無造作に鉄の扉を開けた。
ギィィ……
鉄のきしむ音と共に中の光景が目に入る。
そこに佇んでいたのは聖なる衣に身を包んだ少年
地下二階へ降りてから、ずっと感じていた雰囲気は、この少年から放たれていた
すぐ後ろには御座があり私達を目にすると、ゆっくりとそこへと座る。
背後には12枚の翼を纏い
足を組み膝に肘をつくと、人差し指と親指で顎を支える。
「ようこそ、明けの明星へ。」
その声は神聖という他になく雰囲気と同じく
包み込むような慈愛に満ちたトーンを持ち、私達の心に沁み込む。
「うん。君たちの心は光に溢れている。とても美しく甘美だ。」
そう言うと、ふわりと12枚の翼が揺れる。
私達は言われるがまま言葉に聞き惚れる。
「おや?君は違う世界から来ているね。」
私を指さし、少年の声が部屋に響く。
「は……い……。」
私は肯定の言葉を口にしていた。
すぐ傍にあーちゃんがいるにも拘らず
この世界にトート様とロディーのみが知る
知られたくない真実の返答を私は口にしていた。
「今日は何という素晴らしい日だ。
こんなにも食欲をそそる子達が同時に来るなんて!
決めた。君の心を頂こう。食べ過ぎは良くない。
そちらの子は返してあげよう。」
そう言うとあーちゃんは、その場から消えた。
「あ……あの子に……何をされたのです……?」
何故か目の前の少年に抗う心が持てない
私の最大の信念を以てして絞り出した言葉がそれだ。
「あの子は王女だろう?城に返してあげたんだ。」
よくわからないが、あーちゃんは危険から逃れたという認識でいいのだろう。
「君の名は?」
少年は微かに翼を揺らしながら問う。
「アリシア……。」
私は最大の懸念が取り払われたことで少年の言いなりになっていた。
「アリシアか、いい名前だね。ボクの名前はルシファーと言うんだ。
君なら聞いたことがあるよね?さぁこちらへおいで。」
あぁ……そうか12枚の翼をもつ元熾天使
神の寵愛を一身に受けた存在。
その身を神化しようとして天界から堕とされた明けの明星
堕天使ルシファー。
私はゆっくりと少年の下へと歩み出した。
「さぁ両手を広げて……もっと近くへ。」
私に抵抗の意思はなく、両手を広げ少年の傍へと近づいた。
少年は右腕を差し出すと私の胸部へと手が入り込んで行く。
私はその光景を眺める事しかできなかった。
痛みもなく血も出ていない。何をしているのだろうか?
「……あった、これだ。」
そう言うと光り輝く何かを私の体内から取り出した。
これは……何?
何をされたのだろう?
抜き出した胸からは血も出ていないし痛みもない。
ただ、そこにあったはずの 『私』という存在の核が、空っぽになったような喪失感 に気づいた。
「これが何か知りたそうな顔をしているね。
これはね、君の心だよ。
見てごらん光り輝いている綺麗だろう?
私は長年生きているが、なかなか出会えない
とてもとても綺麗な光を放つ心だ。」
そうして黒い点を指さし言った。
「ここに少し濁りがあるだろう。これは恐らく君の前世の心の濁りだ。
よくここまで光に変える事が出来たね!」
ルシファーは嬉しそうにそう語る。まるで無邪気な少年にしか見えない。
「悪魔はね、心を食べるんだ。普通は汚く濁った心程、美味しいと聞く。
知っているかもしれないけれど、ボクは元天使でね、しかも最上級天使の
熾天使の中でも特別な存在だった。だから僕の食事は
清らかで、ひたむきで、特別な正義の光を放つ心を、とても美味しく感じるんだよ。」
ルシファーは私を味わうかの様に、私の目をじっと見つめる。
「う……ん。それでは。」
ルシファーはそう言うと目を閉じ私の光り輝く心を胸に当てた
するとスゥッと彼の胸に吸い込まれてゆく。
「あぁ……」
そう言うとルシファーは恍惚の表情になる。
「なんという美味……まるで自己犠牲の塊……
尊き者の為に、全てを捧げる忠心……凄まじいまでの正義心!
熟成された善なる魂もいいが……
幼き新鮮な心の味は、数千年分の栄養に値する……!」
まるで私の人生を咀嚼するように、私の心を味わいながら食べているようだ。
「……うん。この後に引く、ほろ苦いビタースパイスは
他人を信用してはいけないという心だね
しかも相当根深いようだ。」
ルシファーは満足そうに瞼を開け続けた。
「君にはお礼をしないといけないね。」
私の額に掌を当て呟いた。
「我が同胞において我が下僕ルブよ来たれ!」
彼が唱えると、私のぽっかり空いた心の中に何かが流れ込んでくる。
それは、暖かく猛々しいが、同時に冷徹なまでに合理的な知的精神。
それが私の心のあった場所に緩やかに流れ込んで満たしてゆく……。
私は今、私の心に満たされる何かで私が上書きされているのを感じていた。
そして私は自分の意志でルシファーに跪いていた。
「ルブよ気分はどうかな?」
私に尋ねた
「爽快に御座います。」
それを聞きルシファーは人差し指を立てて言った。
「君とは友人だ上下関係ではない。いいね?」
「はい。それでは、何とお呼びすれば?」
私は聞き返す
「そうだね『シフ』とでも呼んでもらおうかな?」
「分かりました。よろしくシフ。」
その返答を聞きルシファーは溜飲を下げた。
私の背中には2枚の翼が授けられていた。
12枚だったシフの背には10枚の翼。
今日、今ここに私は悪魔シフの盟友となった。
光の章 完
ご愛読ありがとうございます。これまではダークファンタジーの前座、光の章でした。
アリシアへの転移、姫との出会い、忠義や明白なる悪に対しての正義等
光の部分を当てて執筆して参りました。
今回の展開に興味を惹かれた方は今後もご愛読賜りますようお願い申し上げます。
構想の練り込みで多少お時間を頂くかも知れませんがご理解いただければ幸いです。




