サプライズ
私が目を覚ましたのは、夜明けのマジックタイムよりも少し前のことだった。
世界を包む闇が薄っすらと白み始める、その黎明の瞬間に意識が浮上する。
窓際、トート様は完全に熟睡しているようで、静かな寝息を立てている。
ベッドの横では、あーちゃんもまた、寝息を立て眠っていた。
私はベッドの上で、仰向けのまま身じろぎもせず、天井一点を見つめ思いにふけった。
私の生きる意味は他ならぬ、あーちゃんの笑顔と生命を守ることであり
その信念に揺らぎなど一切ない。
しかし、昨夜の一件で、悲劇的な運命に繋がれてしまった哀しき姉妹
オデットとアデリーヌのことが、心の奥底に重くのしかかっていた。
時間系列の出来事を考えれば、それは不可能なことだと頭では理解している。
だが、それをわかっていても尚、何とか別の道はなかったのかと……。
言いようのない圧迫感を感じてしまっていたのだ。
その事実が私の眠りを浅くしていた。
目が覚めたら覚めたで、それが頭の中で反芻している。
すると、ぷにゅっ!
不意に私の頬が指で押されたので、何事かと横を見ると、その犯人はあーちゃんだった。
気が付けば朝焼けのマジックタイム
部屋の中はオレンジ色に染まっていた。
私が思いにふけっている間、朝焼けと共に目を覚ましていたようだ。
「せんせー、思い悩んだ顔してる。何に悩んでるの?」
ウリウリとばかりに、私のほっぺたをぷにぷにと押してくる。
あーちゃんはきっと、純粋にその理由が聞きたいのだろう。
私は一瞬、言葉に詰まった。
オデットとアデリーヌの関係については、まだあーちゃんに話していなかった。
この話をしたら、彼女は自分たちが原因で
あの姉妹に罪悪感を抱いてしまうのではないか?
しかし、最近、私は色々な事に嘘をつくことが多くなっている
あーちゃんの真っ直ぐな問いに対し、嘘で誤魔化し終わりにするのは
私の本意ではなかった。
故に、深く悩んだ末、すべてを話すことに決めた。
昨夜襲ってきたオデットがアデリーヌの姉であり、妹を守るために
第二王子アルマンの慰み者になってまで、あの任務を遂行していたこと。
顛末については既に話してあったので、二人の関係性と
その背景を正直に伝えた。
「そうですか……なるほど。それで……先生らしいですね……」
全てを聞き終えたあーちゃんは、そう言って苦笑いを浮かべた。
「私はオデットさんについては、どんな理由があろうと、
私が先生に向けてしまったあの態度をさせた事、決して許すことはできません!
でも、大切な人を護るためなら、どんな苦労をも厭わない……そういった姿勢には、
深く共感できます。私だって、先生を守るためなら何でもしますから!」
あーちゃんは、私の目を真っ直ぐに見つめ、強い決意を込めてそう言った。
あーちゃんの心からの吐露は、私の心に巣食っていた迷いに、決着をつけてくれた。
これ以上思い悩むのはやめよう、あーちゃんを心配させたなら本末転倒だ。
少しの間の後
あーちゃんは私の手をそっと握ると、笑顔で言った。
「美味しいもの食べに行きませんか?」
と私を誘ってきた。
あーちゃんの気分転換になるのならば、私に断る理由など一つもない。
「そうですね。おすすめのお店へ私がエスコートしましょう。」
私がそう言うと、珍しくあーちゃんが提案した。
「今日は私のおすすめの、お店へ行きませんか?」
何時もなら私の提案に一も二もなく同意するあーちゃん。
何かどうしても食べたいものでもあるのだろうか?と思ったが
その瞳に宿る確かな意志を感じ取り、あーちゃんの意見を尊重する。
朝のルーティンを共に済ませ、宿を出る。
あーちゃんが元気いっぱいに先頭を歩き、私はその後ろをゆっくりとついていった。
歩いていくうちに、私に一つの疑問が湧き上がる。これって……。
そう、到着したのは見慣れた王宮であった。
様々な疑問が頭をよぎったが、私は黙ってあーちゃんの後を追う。
そのまま歩き、玉座の間につくと、あーちゃんはレオナード王に尋ねた。
「兄さま。料理人と食事の間をお借りしてもよいでしょうか?」
レオナード王は柔らかな笑みで答える。
「うむ。アメリアの思う通りに致すがよい。」
といった具合に、温かい会話が交わされた。私は王に軽く礼をした。
が、その一瞬の隙に何が起こっていたか、私は見逃さなかった。
レオナード王とあーちゃんは、互いにウインクで何やら合図を送っていたのだ。
何か企んでいるのは明らかだ。が、まぁ悪いことではないだろうと
私は気にせず、そのままあーちゃんの後ろを着いて行く。
案内されたのは、豪華な意匠が凝らされた一室だった。
ここが王家の食堂。
赤を基調とした、随所に金の装飾が施された、立派な部屋だ。
私とあーちゃんは隣同士に座り、運ばれてくる食事を待った。
次々とテーブルに並べられたのは、見たこともないような華やかなフルコースだった。
実はどれもこれも他国から取り寄せた逸品であるとの事、王家でさえ
この食卓を毎日続けていれば財政破綻待ったなしという、とんでもない高級料理だそうだ。
私は戸惑いながらも、その一つ一つを丁寧に味わい、舌鼓を打った。
デザートが終わり、食後の紅茶が運ばれてくると、あーちゃんは
「少し待ってください」と告げ、パタパタとどこかへ走っていった。
そんなこんなで暫くすると、あーちゃんは包みを手に戻ってきた。
そこそこの大きさで、丁寧に美しく包装された贈り物のようだ。
そして深呼吸の後、あーちゃんは澄んだ声アカペラで歌を歌う。
「希望の光が、地に満ちる朝に新しい命が生まれ♪
喜びの鐘が鳴り響き幸せを分かち合う今日この時♪
共に笑い、共に涙し数多の絆を紡いだ日々♪
優しい笑顔が、そこにあるから♪
私と世界に温かい光が満ちるのですー♪
ハッピバースデーイ!親愛なる先生ー♪」
この世界における定番のバースデーソング
前世でいう所のハッピバースデートゥーユーみたいなものだ
その歌声を聞き終え私は、はっとした。
そう。今日は3月18日、私の誕生日だった。完全に失念していた。
私は呆然としていた。が、気づけばポタリポタリと、頬を温かい涙が伝っていた。
私は感情が高ぶると泣いてしまう性質がある。
しかしそれは、これまで悔しい時や無力感に打ちひしがれた時、
あるいは悲しい時に限られていた。
今、前世と合わせて初めて、心から感極まった嬉し涙を流していた。
何でもない歌なのだ。特別な歌というわけでもない。
が、私は激しく心を揺さぶられた。
あーちゃんは、私が泣いているのを見て慌てて私に駆け寄り、心配そうに問いかけた。
「ごめんなさい……私、何か先生に嫌な思いをさせちゃった?」
不安そうに曇った顔で話しかける。
「逆だよっ!こんな嬉しいの初めてだよ!あーちゃん!!」
私は衝動のままにあーちゃんを抱きしめていた。
ただのハグではない。溢れるばかりの思いの丈を込めて、ぎゅーっと強く抱きしめた。
ゴトッ。あーちゃんは手に持っていた贈り物を床に落としたが、
すぐに私の背中に腕を回し、抱きしめ返してくれた。
「よかった……喜んでもらえて……。」
あーちゃんは穏やかな表情で私を包み込んでくれた。
暫くの間二人は抱き合うことで、互いの深く確かな絆を確かめ合った後
あーちゃんは下に落とした包みを丁寧に拾い上げた。
「先生。誕生日おめでとうございます。」
あーちゃんはそう言うと、プレゼントを私に渡した。
受け取ると、思っていたよりもずっしりと重い。
「開けてみてもいい?」私が尋ねると、
「勿論です♪」あーちゃんは嬉しそうに言った。
包みを開けると、中から出てきたのは、鈍く力強く輝く
真新しいカタールだった。
私は驚き、あーちゃんの顔を見ると、彼女はプレゼントについて説明し始めた。
「実はずっと渡す機会を待っていたんです。
先生は既に長年使っていた愛用武器もありますし、
私なんかが武器を渡したら、無理にでも使うでしょう?
そう考えたら、なかなか渡しそびれてて……
今回、不幸中の幸いという言い方は先生に失礼なんですけど……
愛用のカタールが使い物にならなくなってしまいましたので
丁度良い機会と思って。実は、これ、三年前に作った代物なんです。」
そう言うと、あーちゃんは少し照れ臭そうに微笑んだ。
私はそのカタールを鞘から出し、柄を握ってみる。
手に吸い付くようにしっかりフィットしている。
あーちゃんの真面目で几帳面な性格がよく出ている。
これは、単なる技術だけでなく、才能と
何よりも私への深い気遣いが込められている握り心地だ。
見た目も以前のカタールと違い、そのフォルムや刃の鈍く強い輝きから
明らかに性能が上なのが一目で分かった。
「エンチャントリーディングしてみてもいい?」
私はあーちゃんに尋ねると、
「勿論です!」
自慢げに答えてくれた。
「魔読」
そう唱えてカタールに手を当て、掌でその刃をスキャンする。
……?!
信じられない。全ての能力がSSRだ!
しかも魔法抵抗のエンチャントもあり
恐らくは魔法そのものを切り裂く事も可能だろう。
まだ何らかの隠し要素がありそうだが……
あまりの性能に私は全ての読み取りが出来なかった。
「えへへ……どうですか?」
照れながらも、やはり自慢そうに、あーちゃんは言う。
「……すごいなんてものじゃないですよ!どうしたのこれ!?」
このカタールの価格、金貨数十万、いや、百万以上の値は軽く付くだろう。
とんでもない代物だ。
「私が作ったんです♪」
やはり照れながら、しかし誇らしげにあーちゃんは言う。
「……作ったって……カタール……から?」
私の驚愕に、あーちゃんは笑顔で頷いた。
「はい♪」
「何時か先生に、学ぶことの目標ができたって話、いいましたよね?」
あった!確かに言っていた事がある!
あの時の決意の言葉を、思い出した。
「あの時、先生の為に、何かプレゼントできるものはないかと考えて
先ずはアイテムエンチャントを学んだんです。
以前、礫魂の鉱霊域で、
トパーズゴーレムを倒した時に大量の欠片がありましたよね?
あれでマジックエンチャントを練習したんです。
そしてその後、鍛冶も習いました。
初め、先生たるドワーフの刀匠は私を見て笑い飛ばしました。
「出来るわけがない、お嬢ちゃん何十年かかると思っているんだ?
鍛冶は一朝一夕で身につくものではない」と。
でも、極意の日記を見せてもらい、そこから懸命に学びました!
普通なら数十年かかる免許皆伝を、私は一年で達成したんです。
その時の刀匠先生の驚愕ぶりは、それはもうおかしくて。
私の鍛え上げた剣を様々な角度から、まじまじと見ながら
『……嘘だろ……あり得ない。これは夢か……。』って。ふふふ……。
しかも、何と!そのカタールの錬鉄の配合はオリジナルです。
ダイヤモンドですら、なますの様に突き刺せます!
名付けて!アメリダイト合金カタール!
世界に一つだけのスペシャルなカタールです!」
とても嬉しそうに、目を輝かせながら語るあーちゃんに、私も思わず微笑んでいた。
以前から思ってはいるが、やはりあーちゃんは、物事の吸収において
類を見ない真の天才だ。それだけではない、それに比する応用力!
本当にすごい子だ。
私は普段、高価な物に限らず、基本的に貰い物は辞退している。
しかし、このカタールは、あーちゃんの途方もない努力の結晶であり、
私への愛情の塊である。これの受け取りを辞退することは
つまり、あーちゃんの真心を拒絶することと同義だ。
そんなことは、私にはできるはずがない。
「あーちゃん、ありがとう。大事にしますね!」
私は心からの感謝を込めてそう言うと、早速そのカタールの鞘を腰に差し。
カタールを握り鞘から抜き構える。
うん。しっくりくる。これまでのカタールよりも、はるかに手に馴染む。
「……どうかな?」
私は少し照れながらあーちゃんの方を見ると
「お似合いです!先生♪」
あーちゃんも、私の反応に心から喜んでくれてた。
言うまでもなく、人生で最高の誕生日だ。
生前、人生は振り子であると、ある哲学者が言っていたのを思い出した。
悪い方に振れたなら次は良い方に振れる
人生とはそういうものだ。と。
「人生は振り子……か。」私は小さく呟き目を伏せた。




