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ケア

私は物陰でリーブを使い、ローゼンガルドへと戻った。宿屋の前ではなく

敢えて王宮の玉座の間の手前を選んだのは

私の部屋へ滞在の許可を得るため。

今回の危険排除の任務へ向かう直前の、あーちゃんの様子が

どうしても気にかかっていたのだ。

彼女がどれほど心を痛め、怯えているか、その記憶が私の胸を締め付けていた。

全てが終わった今、私の最優先事項は、何よりも彼女の気持ちを鎮静化させることだった。

どのように言葉を選び、どのように接すれば

彼女の深く傷ついた心を落ち着かせられるだろうか?

最善の道筋を探りながらも、漠然とした不安が私の中に横たわっていた。

しかし、どちらにせよ

今夜一晩は私の管理下でゆっくりと休ませた方が賢明であろうと判断し

私はここに立っている。

玉座の間へと足を運ぶと衛兵たちが、皆、私に恭しく敬礼する。

その視線を受けながら、私は王の玉座を進む。

王から先に言葉がかけられた。

「今日は如何用かな、アリシア殿。」

私は挨拶の後、今日未明に起こった暗殺未遂事件から

主犯アルマン第二王子の断罪、そして呪剣マレディクターによる決着まで

一連の出来事を淀みなく伝えた。

王は終始真剣な面持ちで私の話に耳を傾けていた。

「そうか。アメリアの為に苦労を掛けてしまったな。礼を言う。

……うむ。そなたとアメリアの仲だ、私が礼を言うのも無粋であったな。」

王はそう言うと、微かに自嘲の笑みを浮かべた。

二人の絆への理解が根付いているように見えた。

「事態は理解した。私は先代の王と違って、アメリアにも其方にも

信頼故に全幅の自由を与えている。

恐らくは、今回のそなたの訪問、アメリアの宿泊願いの為であろう?」

その言葉は、驚くほど鋭かった。

昔はアメリア様を陰湿にいじめる愚かな存在であったが

先王亡き後、様々な苦労を重ねてきたのだろう。

その試練が、彼をこれほどまでに賢く

そして洞察力のある王へと成長させたのだと感じ入った。

「はい。仰せの通り。お言葉に甘え、姫を一晩お預かり致したく。」

私は頭を下げ、王の許可を待つ。

「うむ。しかとアメリアの事、頼んだぞ。」

姫を深く想う王の気持ちと、その確かな成長を目の当たりにし

私は思わず心が熱くなった。

前世からの年齢を合わせれば、私はもう六十を超えている。

情に脆い。つまり、感情的に高ぶりやすくなるのも当然のことなのだ。

私は一礼し踵を返すと、アメリア姫が待つ宿屋へと向かった。

道中、私の脳裏には、姫様が怯え、震えていたあの顔が強く映し出され続けていた。

リーブを使用せず、徒歩で帰途へと着いたのは心の準備が出来ていないからだろう。

もし……立場が逆であったなら。

私が姫様の立場で、大切に想っている人に刃を向け

操られていたとはいえ殺害予告まで口にしていたとしたら……

その精神的ダメージは計り知れないだろう。

私は、本当に姫様を落ち着かせることができるのだろうか?

その不安が、久しく感じていなかった精神的な恐怖や怯えとして、私を苛んだ。

そうしているうちに宿屋の前へ着いたが、案の定、宿屋の取っ手に手をかけるのがためらわれる。

心の準備ができていない為、躊躇しているのだ。

漸くのことで扉を開け中へ入ると、一階はすでに酒場と化している時間帯で

喧騒と活気が溢れていた。その賑やかさが、かえって私の内に渦巻く不安を苛立たせた。

私は足取り重く二階の部屋への階段を上る。

まるでとてつもなく重い足かせが科せられているようだ。

私は部屋の前で立ち止まる……やはり心の準備ができていない。

初めに紡ぐべき言葉も、まだ用意できていなかった。どうすれば、この状況を打開できるだろう?

すると……部屋の中から、紛れもない姫様の声が聞こえてきた。

私は混乱した。もしや……あまりのショックに気が触れてしまったのだろうか?

慌てて部屋の扉を開けると、そこには、トート様の方を向いて椅子に座ったあーちゃんが、にこやかに話をしている姿があった。

想像と現実があまりに乖離していた為、私は固まった。

部屋に入り固まっていると、ガタンと椅子を立ち、あーちゃんは私の目の前まで来た。そして、深々と頭を下げた。

「先生!本当にすみませんでした!でも!あれは私の意志ではなかったんです!」

そう言うと、不安げに私の方を上目遣いで見た。

私はハッと気を取り直し答えた

「分かっていますよ、あーちゃん。あれは影繰シャドウスレイヴという技で

アサシンなら誰でも知っているメジャーな業です。

この国には暗殺者部門が無いので、あーちゃんが知らないのも無理はない事です。」

私がそう言うと、あーちゃんの顔がパァッと明るくなった。

そして、嬉しそうにトート様の方を向き

やっぱり!と言わんばかりに両手を胸の前で握りしめた。

トート様もまた、深く頷いた。

あぁ、良かった……。

どうやらトート様が、私の不在の間に様々な説明をして

あーちゃんの心を落ち着けてくれたようだ。

「トトちゃんが教えてくれたんです。今先生がしていることは

私に降りかかる火の粉の元を一刻も早く止めるためだと……

全ては私の為……。

そして、その任務を遂行しながらも

先生はショックを受けた私の心配をずっとしてくれてるはずだと……。

だから、先生が帰ってくるまでに心を落ち着けて

きちんと謝罪をして分かり合えたなら、それが先生にとって一番の安心だと。」

あーちゃんのトート様への愛称は”トトちゃん”らしい。可愛らしいけれど

神様なんだよね。私は苦笑した。トート様は自分が神であることを伏せたのだろうか?

「私の一番の安心は、あーちゃんの笑顔ですからね。」

私はそう言い、あーちゃんに心からの微笑みを向けた後、トート様を見る。

「グエー!」と一声鳴いた後、トート様は羽根を畳み、嘴を羽根の間に挟んだ。

まるで”やるべきことはやったぞ”とばかりに、いつもの睡眠の態勢を取る。

私はトート様に心の中で最大限の感謝を述べつつ、あーちゃんを椅子へ誘導した。

階下でお湯を頂き、鎮静効果のある温かいリントブリューテティーを淹れ

喉を潤しながら二人は穏やかな雑談を楽しんだ。

その時間は、宛ら互いの心の距離を確かめ合うようだった。

ナイトルーティーンを終え、二人は一緒のベッドに潜り込んだ。

息がかかるほど近く、すぐ横であーちゃんの安らかな寝顔を眺める。

私の心は、先ほどまで激しく波立っていたが

最早風一つなく凪いだ海のように落ち着いていた。

そうして私も眠りに落ちて行った。

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