潜入ヘルツクローネ城
リーブで飛んだ先は王城の人気のない一角。
気配を消し物陰から物陰へ足を運ぶことによって
衛兵や騎士等の目は容易にくらます事が出来た。
先ず向かうはヘルツクローネ王国暗殺部隊詰め所だ
ジャンバティスト王には悪いが、この部門は潰させてもらう。
アルマンは謹慎中と聞いているが
トップであるオデット・アシエを動かせたという事は
この部門を管轄している直属はアルマンであると推測できる。
という事は部隊の存続は姫様がまた、いつ狙われるか分からないという事に他ならない。
私は気配が薄い方へ向かった。
何故か?
完全な"無"と、不完全な"薄"。気配の探知において、この二つは天と地ほど意味が違う。
達人が潜むか、誰もいないかの"無"に対し、"薄"は
気配を殺しきれていない未熟者の存在を示唆する。
暗殺部隊の詰め所ならば、訓練中の者もいるはず。
ならば、向かうは……"薄い"気配の集団だ。
案の定それらしき部屋を発見した。
私が扉の前へ立つと、背後から女の声がした
「……何者だ?」
完全に気配を殺していたはずの私から、背後を取るとは
なかなかの手練れだ。
私は振り返らず、ただ名を告げる。
「アリシア。」
息を呑む気配が伝わる。
「……ならば、オデット隊長は……」
問いの意図を探りながら、私は事実だけを端的に返す。
「私が始末した。」
さあ、どう出る?
怒りか、殺意か。どのような攻撃が来ようと、対処の準備はできている
オデット・アシエは相当の使い手だったが私の前では赤子同然だった。
その配下となれば、それを超えてくる事は無いだろう。
私は丸腰だ相手の得物を奪い反撃に転じる手はずだ。
「お前が……亡きものに……してくれたのか……?」
女の声は震えていた。怒気ではない。悲しみと安心に満ちている声。
私が振り向くと女は床にへたり込み
暫く茫然とした後に涙を流し始めた。
どういうことだ?隊長を手にかけたのだ
普通なら敵討ちをしようと思うものではないのか?
何故泣き出した?
私は混乱した。
「ありがとうございます……。」
女は涙しながら私に確かにそう言った。
感謝……だと?
増々私は混乱を重ねる。
不意打ちに備えたままで私は理由を聞く。
「……なぜ……礼を言う?」
「あなたは……姉を……運命の軛から開放して下さったのです……」
私の問いに、アデリーヌ・アシエは、堰を切ったように語り始めた。
それは、彼女と姉オデットの、呪われた運命の物語だった。
戦火の中両親を失い、ジャンバティスト王に拾われ
王国孤児院ラ・プロメスで過ごした束の間の平穏。
夜ごと姿を消す姉。
そして、私は覗き見てしまった。隣接する王家の屋敷での悪夢。
第二王子アルマンに弄ばれる姉の姿……。
「姉は……うぐっ……私を、守るために……ひぐっ……」
嗚咽で言葉が何度も途切れる。
『お前の妹でもいいのだぞ』……その一言が、姉をアルマンの玩具へと変えた。
逃げれば地獄の果てまで追われ、姉妹揃って始末される。
抵抗の術はなく、二人は暗殺者としての道を歩むしかなかった。
アルマンの一声で与えられた隊長と副隊長の地位。
それは名誉などではなく、逃れられぬ呪いの首輪だった。
「そして……姉は、あなたと姫様の暗殺を命じられた……。
それが、今回の任務でした……」
アデリーヌはそう言うと嗚咽だけが続いた。
これまで、私は悪を討つことに一片の迷いもなかった。
姫様を脅かす者は悪であり、誰であろうと排除する。
それが私の正義であり、存在意義だ!
しかし、今、目の前にいるアデリーヌは? オデットは?
彼女達もまた、大切な互いを守るためにそれぞれ戦っていた。
守るべきもののために、地獄に身を落としていたのだ!
正義と正義がぶつかる時、どちらが悪だというのか?
何が、正しい結末だというのか?
激しい感情の奔流が、私の思考をかき乱す。
もしこれが芝居で、この瞬間、アデリーヌが刃を向けてきたなら
私は避けられなかっただろう。
一通り事情を話し終えたアデリーヌは私に言った。
「私達は……もう心が、鎖で……」
アデリーヌの震える声が、私のこれからの行いが確固たる正義であると確信した。
そうだ。元凶たる悪しき者。この悲劇を生み出した。断罪されるべき悪。
「理解した。」
私は揺れる感情を奥歯で噛み砕き、無理やり思考をフラットな状態へと戻す。
「私に任せて……」
その声は、大いなる後悔と、運命に翻弄された
一人の女性への慈愛に満ちた言葉として静かに響いた。
私は床にへたり込むアデリーヌに手を差し伸べ、優しく立たせる。
向かうべき場所は一つ。全ての元凶。
そして私達はアデリーヌの道案内で、一室の前に辿り着いた。
中で何が起こっても後始末はアデリーヌが処理すると誓ってくれた。
「人が入ってこないように見張ってくれるだけで良い。」
私は、そう伝え部屋に忍び込んだ。




