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忍び寄る影

暫く後、ある日の朝コンコンコン!と部屋のドアがノックされた

「はい、開いていますよ。」ガチャリと音を立て扉が開く

「おはようございますアリシア。」姫様が言う。

うん?私は即座に違和感に気づく。

姫様はパーソナルな場では私を”先生”と呼び名前を呼ぶ事は無い。

「おはようございます姫様。本日はご機嫌麗しうございます。」

恭しくお辞儀をして私は姫様を迎える。

私も普段こんなことは言わないし、しない。鎌をかける。

「良いお日柄ですね。」と窓の外を見ながら姫様。

私は確信した。こいつはアメリア様ではない。

こんなよそよそしいやり取りを私達が交わす事は断じてない。

「お前、何者だ?」私は問う。

「何を言うのアリシア?」

偽者は性懲りもなく芝居を続けるつもりのようだ。

「三文芝居はやめておけ。」私は姫様の足元の影に目を落とす。

私の感が囁く。そこに潜む違和感。

影が徐々に立体的になり、やがて黒ずくめの人影となって姫様の背後に立ち上がった。

「残念ばれてしまったようね。切り札はこちらにある。上手くいけば

楽にお前ごと始末できると思ったのだが。」

手練れのアサシンは影に潜み、その宿主を操る。

唇の動き、指先の仕草そして声帯まで、全てを乗っ取る。

黒ずくめの女の言葉は姫様の唇と完璧に同期しており

まるで姫様自身が冷酷な言葉を紡いでいるかのようだ。

「得物を捨てろ。」

女は私に命令をする。

ドサッ。ガラン……

私はカタールホルダーを外し床へ投げ捨て言った。

「これでいいのか?」

「なかなか聞き分けがいいな。従順な態度は嫌いではないぞ名誉騎士。

万物を蝕む息吹!此処に顕現し!我が刃に道を示せ!ロトンブレス!」

女は腐食呪文を唱えるとホルダーの中は見えないが

私のカタールは今頃ボロボロに腐食しているだろう。

操られている姫様がレイピアを抜く。

「アリシア私のために死んで。」

ここにきて、また姫様の振りをするか!

レイピアで私を刺突してきた。私は最小限の動きでそれを躱す。

「避けたら当たらないでしょう?」

女暗殺者の心理戦は効果があった。

わかっていても姫様の口から紡がれる言葉は鋭い棘の様に私の心に刺さる。

シュッ!シュッ!シュシュシュシュッ!!

素早く突きを繰り出すも私は全て紙一重で避ける。

「普段使い慣れていない武器は勝手が違うか。」

その言葉を吐いた次の瞬間、姫様の拘束が解かれ床に崩れ落ちる。

黒装束の女本人が直接私を短剣で狙ってきた。

操っている身体では勝ち目がないと焦ったのだろう。

実の所、私は困っていた。乗っ取られているとはいえ姫様本人なのだ。

攻撃を避けながら対処法を考えていた。姫様を無傷で救出する方法。

黒装束の女暗殺者は、その悩みを勝手に解決してくれたのだ。

ザッ!シャッ!!シュシュッ!

ガッ!ガッ!ヒュンッ!

体勢を崩そうと体術を織り交ぜてくるが

私はそれに応じて叩き返すように防御した。

「何故短剣が当たらないッ!」

表情から余裕が消え微かに汗が滲んでいる。

暗殺者ともなれば相当な精神的鍛練を積んでいるであろう

かような者が、このような心境に至る状況を私は創り出していた

私は全ての攻撃を、()()()紙一重で躱していたからだ。

『当てれそうで当てられない』という気持ちは

勝機を抱えたまま焦燥感が限界まで募る。極めて精神を蝕む状況だ。

私には全て見えていた。正確には、相手の全ての動きがスローモーションのように見えていた。

十数年、危険な依頼で培った私の動体視力は肉体の極限に達している。

つまり、この女暗殺者の全ての攻撃を紙一重で避ける事など造作もない事なのだ。

姫様の体で挑んでいる時に焦りが募り、結果として本人が得意の獲物で

己が信じる肉体フィジカルで挑んでくるのは至極当然のことだろう。

ヒュンッ!シュッ!!ガッ!ババッ!!

シュシュッ!!ヒュンッ!バッ!ガッ!シュッ!!

相手の動きは一層激しさを増す。強い焦りが見て取れる。

ある程度の防御の後、相手の精神的ダメージを堪能させてもらった所で

私は反撃に転じる。

パシッ!グッ!グリン!シュパッ!チャキッ!

女暗殺者による短剣の突きの瞬間、手首を掴み、逆の手で相手の手の甲を捻る。

瞬間、人間の肉体的特性により手から短剣が離れる。

下へ落下する間もなく私はそれを掴んだ。

キィン!!

その短剣で相手の二の短剣を弾く。

「なっ?!」驚愕の表情を見せる相手をよそに、私は奪った短剣の刃を見つめる

刃の光具合が鈍って見える。毒が塗ってある証拠だ。

殺す気満々、万全の用意といったところだな。

「深紅なる生命の流れに球体の隔離を!毒の守り手よ今ここに結界と為せ!

血の(サンクトゥアリウム)聖域(サンギニス)!」

私は魔法を唱えた。

黒装束の女は私の詠唱後、糸が切れたかのよう崩れ落ち倒れた。

何故なら私は視認できない速度で女暗殺者の手足の腱を斬ったからだ。

私の呪文によって5m四方、仄かに光る結界が形成される。

唱えた呪文は魔力の影響により毒を球体状に封じ込め

血液と混ざらないようにする為

例え体内に毒が入っても、この結界の中では現在以上の毒による肉体的浸潤を許さない。

所謂サンギニス結界と呼ばれる封毒結界だ。

通常ならば味方の護りに使用するが

今回においては、この女を毒死させない為に使用した。

黒装束女の毒を塗布した短剣で斬ったのだから毒には侵されるが

この結界にいる限り血液と毒が混ざり合わない為

毒の効果では死なない。いや、この場合死ねないと言った方がいいだろう。

『トート様状況は把握されていますか?』私は聖座のトート様に呼びかける。

『うむ。見ておったからの。』トート様は私の脳内に返事をする。

『お力をお借り出来ますか?』

『うむ。』

『姫様をここに残し、私達を隔離空間へ飛ばせますか?』

互いの脳内精神リンクでのやり取り。

『容易い事。すぐ飛ばしてやろう。

……ドゥアト・セメンク・トート・ヘカ・ペル・ケプリ。』

「グエー!」トート様の依り代が羽ばたくと同時に

空間が歪み永遠と地平線へ続く石畳、中空には瞬く星々……

この光景には見覚えがある……

レヴィアン・クロウヴァーの創り出した空間そっくりなのだ。

嫌な思い出しかないが……これはトート様が創り出したもの

こういった術なのかもしれない。

依然として私の張ったサンギニス結界も健在だ。

再びトート様と脳内精神リンクでやり取りをする。

『私はこの者に問を投げかけます。この者の心の通訳をお願い頂けますか?』

私はトート様に助力を頼む。

『良いだろう。』快い返事が脳に直接伝わる。

「さて、お前は何者だ?」

「……」

『答えは拒絶であるが、深層意識を伝える。

ヘルツクローネ王国暗殺部隊トップの部隊長

名前はオデット・アシエである。』

「私達を暗殺しに来たようだが、姫には何かしたのか?」

「……」

『答えは拒絶であるが、また深層意識を伝える。

アメリア姫が、お忍び中お主と相討ちをして

国を混乱させるが目的。

姫を操り、お主を殺害し追って姫も殺害する計画のようである。』

「誰の命令でここへ来た?」

「……」

『言わずもがな答えは拒否であるが

アルマン・ド・サンヴェール第二王子の指示である。』

「ふぅ……なるほどね。アルマンの差し金か、オデット・アシエ。」

私がそう口にすると

「ゥグッ……」と声を上げ、ガリッと奥歯を噛み締める音が響いた。

恐らく毒だろう。

思考が読まれている事を察知し、自害を選ぼうとしたな?

一国の暗殺部隊のトップともあろう者が、サンギニス結界を知らないとは……呆れる。

まあ、どうでもいいことだ。が、確信は得た。

トート様を疑うわけではないが、奥歯でカプセルを噛み締め毒死を狙ったという事は

トート様の読心が正確だった証拠だ。確証が確信に変わった。それだけだ。

私はトート様に、オデット・アシエを残し元の部屋への空間転移をしてもらうと

あーちゃんは酷く動揺しガタガタ震えていた。

こんなに怯えるあーちゃんを見るのは何年ぶりだろうか……胸が痛む……

影に潜み相手を操る術は体を乗っ取るだけで、精神には体験した記憶はそのまま残る。

そのため、あーちゃんは意図せず私を殺害しようとしたという事実を全て覚えていた。

彼女はその事実に酷くショックを受け、落ち着かせるのに時間を要した。

私は「この一件はすべて私が片付けます。」と約束し

あーちゃんには以前使用した自前のティーセットを用意し

心を鎮める効果のあるリントブリューテのハーブティーを淹れ、飲んで休むよう促した。

そして私は、落とし前をつけるため、その場でリーブを使いヘルツクローネ王国へと跳んだ。

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