禁書解読依頼
そして幾日かを経て通常の生活に戻る事となった。
トート様は気にしては、いないようだが12日もほったらかしにしていたのだ
個人的には申し訳ない、恐らく本人はそのような事は気にしていないとは思うのだが
せめて今回受ける依頼はトート様好みの依頼にしよう。
「それではトート様依頼を請けに行きましょうか。」
『うむ。』トート様は思念で答える。
「よいしょ。」
私はトート様を抱き上げると肩に乗せた。
以前は自分から私の方に羽ばたいて乗ってきたのだが
ある日私が、トート様への敬意つまり信仰の証として
私がトート様を肩に乗せますね。と提案したら了承された為だ。
改めて神様にとって信仰されることは大事なものなのだなと実感する。
私達は冒険者ギルドの掲示板へと向かった。
到着後ギルドの掲示版に目を通していると、ある依頼が目に留まった
依頼者、王立大学 文献学士 ウィルヘルム・アルノルト
古くから禁書指定されていた文献が、最近になって解禁された。
その中の一冊に含まれていた古文書ロゴス・コーデクスの一部に、文法・概念ともに
通常の古代語と異なる、解読不能な記述が確認された。
現時点では無害と見られるが、かつて禁書とされていた背景からも
災害や精神影響を引き起こす危険性は否定できない。
応募者に危害が及ぶ可能性もある為調査には注意されたし。
報酬: 金貨80枚~(内容次第で増額あり)
王立図書館・特別閲覧権 または 大学学術推薦状のいずれかを授与。とある。
これは書記の守護者トート様の興味をそそりそうな内容ではないだろうか?
トート様に内容を伝える。古文書の依頼という事で興味が湧いたようだ。
喜びの羽ばたきを披露してくれた。
ギルドの受付で依頼書のサインを済ませると、私は依頼主の待つ王立大学へと向かった。
応接室に通され、ほどなくして文献学士ウィルヘルム・アルノルト博士が現れる。
本や書類を抱え、ゆったりとした足取りで部屋に入ってくると
「ご足労感謝します。こちらが問題の文書です。」
そう言い分厚い羊皮紙の束やらが、丁寧に封の解かれた状態でテーブルに置かれる。
ページを繰るたびに漂う、古びたカビの匂い
長い期間存在していた為か損傷も激しく、気を付けて丁寧にページを捲らねば
損傷してしまいそうな危うさがある。
読み進めていくと突然意味不明な記述に目が止まった。
博士が口を開く。
「そう、そこです。あらゆる古代語の構造と比較しましたが
合致するどころか近似するものもなく全くの不明で、お手上げの始末。
何か分かりそうでしょうか?」
そう言うと博士は溜息をつき言葉通りお手上げのポーズをとる。
「なるほど。ふむふむ……。」
当然私もわかるわけがない。が、なんとなくわかったふりをして
思念でトート様に語り掛ける。
『……トート様、いかがでしょうか』
若干わくわくした感じでトート様は答える。
『うむ……これは、アカシックレコードの章だ。儂の記録の一部である。』
なんと、元ネタの御本人だった。おっと失礼、神様だ。
『なるほど。それでそこには何が記述されているのですか?』
『うむ……これは生命連結、この世界で禁術となっておる術である。
対象同士の命と意識、果ては因果をも繋ぐ術での
どちらかが傷つけば同じ場所が同じように傷つき
術者が死ねば、対象も死ぬ。所謂肉体リンクの術記述である。』
?!
私の脳裏に真っ先に浮かんだのはあーちゃんだった。
立場上、意図せずして暗殺対象となりうる存在……
もし、こんなものを使用されたならば私はあの子を護る事が出来ない!
これをそのまま博士に伝えたら研究成果として発表が行われるだろう
そうなれば、必ずやそれを入手しようとする輩が現れるのは必至。
是が非でも秘匿しなくてはならない。
「博士、この箇所の解釈についてですが……」
私は表情を整え、指を指しなぞりながら静かに言った。
「詩的な構文ではありますが、おそらく宗教的な象徴詩文
あるいは儀礼に関する比喩表現の一種と思われます。
現時点で体系的な解釈は困難ではありますが
気に留めるほどの物ではないと思われます。
この文は、とある東方遠方の島国の一族の更に一部の地域に伝わる
言語である可能性が極めて高く
私も完全解読できたわけではないですが
断片的に考察すると、そのような結果となります。」
ウィルヘルム博士は、私の言葉を聞いて、しばし沈思したのち、言葉を発した。
「なるほど……そういった文化的記述の可能性が高いわけですか。
という事は差し当たって誰彼に危害が及ぶものではないという認識で宜しいですかな?
確かに、そのような事なれば、現在の文献学では解読困難なのも道理です
ここ西側諸国では東方の言語、特に多様な言語に対応できる者は数少ない。
しかも地域言語となれば解する者はいないと考えてもいい。」
博士は眼鏡を軽く持ち上げ、改めて古文書の該当箇所を見つめた。
「詩的表現……ふむ。儀礼語という点も面白い。非常に参考になります。
では解読書には、そのように記述しておきましょう。
不明箇所は現時点では無害、危険性も確認されず……と。」
私は静かに頷いた。
内心では無害と言い切った自分に罪悪感を抱きながらも
それが、ここでは最良の選択であることも理解していた。
こんな術が世間に出回っては、世界が混乱してしまう。
私はふと、博物棚の上に積まれた別の古文書に視線を移す。
あれらの中にも、同様の禁呪の記された文献が紛れているのだろうか……。
私は一抹の不安を感じたがポーカーフェイスを保った。
博士が立ち上がり、微笑みながらこちらを向く。
「本日は大変貴重な助言をありがとうございました。
報酬と、特別閲覧権の申請手続きについては、受付でご案内します故。」
私は博士に言葉をかける。
「その件ですが……私の名前はアリシア、名誉騎士のアリシアです。」
その言葉に博士は驚き、ぎょっとした後、頭を下げ急ぎ儀礼の姿勢をとる。
「お噂はかねがね……そうとは知らずに失礼を致しました。」
名前は聞き及んでいたものの人相までは知らなかったようだ。
「いえ、お顔を上げてください
名乗りました理由は特別報酬は私ならば無用の為それを、お伝えするためです。
何ら深い意味はありません。」
とははいっても博士は緊張が隠せないようだ。
ある意味仕方がない、これも独り歩きしている名前というか肩書のせいだ。
「そ……それではギルドへの依頼完了の書類を認めます故お待ちください。」
そう言うと博士は震える手で完了書類をかき上げた。字も震えている。
それを見て私は、おかしくなって笑ってしまいそうになったが、堪えた。
博士の手から差し出された書類を受け取ると、私は静かに一礼した。
「博士、当王国の為に更なる研究に切磋琢磨され、実りの多からんことを」
私は胸に手を当て博士に言葉を綴ると。
「はっ、ははぁ……あ、ありがとうございます。今後とも精進いたします
名誉騎士殿……アリシア様……!」
再び博士は頭を深く下げる。
顔を上げ、そのまま何か言いたげに口を開きかけたが
結局言葉にはせず、黙って私達を見送る。
私は最後振りむいて軽く笑顔を送り少しばかり手を振った。
大学の石造り廊下を歩く足音が、乾いた静寂に反響する。
私は懐から小さな封筒を取り出し
中の報告用書類に、さらりと目を通してから封を閉じた。
……問題箇所は無害、詩的な儀礼文……か……
やはり私は複雑な気分だった、また嘘をついたのだ。
『仕方あるまいて儂も解決策としては無難であったと思うておるぞ。』
トート様が私を気遣ってくださる。
「私を気遣って下さるのですね、ありがとうございます。」
『まぁそう気にするでない、それにアカシックレコードの片鱗が
この世界に存在していたとは、なかなか面白い体験だった。』
トート様は「グエー!」と鳴くと羽をばたつかせた。
これはトート様がご機嫌の時のサインだ。
楽しんでもらえて何よりだ。
そして私達はギルドへと到着した。
ギルドの扉を開けると、晩秋の涼しげな風が一瞬入り込んだ。
夕刻近くのこの時間帯、ギルド内は依頼帰りの冒険者で賑わいを見せている。
私はカウンターの端に目をやる。
そこには受付嬢が整然と書類を束ねている姿があった。
私に気づいた受付嬢は穏やかな微笑を浮かべて、小さく会釈をした。
私も少し頭を下げた後、顔をあげテーブル越しに話しかけた。
「依頼の報告に参りましたアリシアです。
依頼完了の書面を頂いております。こちらになりますので
お確かめください。」
私はそう言うとテーブルに依頼完了の手紙を差し出した。
受付嬢は封書の中から手紙を出し一通り目を通すと
「はい確認いたしました。それでは報酬の金貨80枚となります。」
そう言ってテーブルに金貨80枚が置かれた。
私は暫く躊躇するように眺めながら、後にそれをバックパックにしまった。
うーん、何とも後ろめたい……実質、嘘をついただけなのだ。
が、受け取りを断るのも変な疑念を抱かせかねない。
もやもやを抱えながら私はギルドを後にした。
宿屋への帰途の途中。
幾度か肩の上でトート様は羽根を羽ばたかせた。
自分の筆記した物の写しを思わずして下界で目にしたのだ
何となく嬉しいのだろう。私もそんなトート様の様子を嬉しく思う。
宿へ戻りトート様を肩から聖座へと降ろす。
普段なら、すぐ眠りにつくはずの所、今日はその気配がない。
やっぱり内心ウキウキなんだろうな。
そんな事を考えながらランタンに火を灯し。
「ご飯食べてきますね。」とトート様に伝え
私は階下へと降りて行った。