二人のハーブティー
サァァァ……
私は返り血を洗い流すためにシャワーを浴びていた。
ダン!ダン!ダン!
部屋の扉を激しく叩く音に私は戦慄したが
「……んせー!……んせー!」
外から聞こえてくるのは、あーちゃんの声だった。
キュッ……
私は水栓を閉め、そのままバスタオルを胸の所で結び
チューブトップドレスの様な見た目で鍵を開け扉を開ける
鬼気迫った表情のあーちゃんがナイトドレスのまま立っていた。
「どしたのあーちゃ……へぶっ!」ズダーン!
私が言い終わる前に勢いよく抱きつかれ
勢いあまってそのまま床に押し倒されたような形になる
私は覆いかぶさるあーちゃんをすり抜け立ち上がる。
と、あーちゃんはすかさず私のバスタオルをはぎ取る。
「ちょ……あーちゃん……?」
私の体を周囲から見回して安堵する。
「よかった……怪我はなさそうですね……。」
私はバスタオルを拾い体に巻きなおしながら言う。
「どうしたの……」
あーちゃんは答える
「城内が騒がしくて目を覚ましたので何かあったのかと思って起きました。
そして玉座でレオナード兄さまから聞きました。
ルドヴィクが先生の命を狙ったって……
もう……私……心配で心配で……。」
そこまで口にするとあーちゃんはシクシクと泣き始めた。
「それでナイトドレスのまま、来ちゃったわけね。
私がアイツ相手に遅れを取ると思ったの?」
私はそう言いながら、あーちゃんを背中からそっとハグした。
最早成長の為体格的に抱きしめてあげるという表現には違和感がある。
「グスッ……いえ……でもアイツ卑怯だし……もしかしたらって……ヒグッ。」
あーちゃんは続けた。
「でも、確認したでしょ?私は傷一つ負ってないからね?」
「はい……グスッ……」
「はい!じゃあもう泣かないで!」
私はハグをやめ、あーちゃんの頭を撫でた。
でも、まぁ気持ちは分かる。まだ宿の外は片付いていない
多くの血だまりに、無数の兵士の死体。不安にもなる。
ふとトート様に目をやると定位置で眠っている。
あーちゃん乱入で騒がしいのにトート様は気づいていないはずはない。
眠っている振りをしてくれているのだろうか?気が利く神様だ。
ランタンに火を灯し、あーちゃんを椅子に座らせる。
心配が安堵に移り変わっている最中だろうか?
私はタオルで髪を押さえ、ある程度水分を落とす。
そして
「あーちゃん少し待っててね。」
そう言うと着替え、しっとりとした髪のまま下へお湯を頂きに行った。
戻ってくるとカップとソーサーを戸棚から出し
ティーポットに淡い青色をした心を鎮静する効果のある
リントブリューテのハーブを入れ、お湯だしする。
トポトポトポ……お湯を透明なティーポットに入れると
ガラス越しに薄いブルーのハーブエキスが沁み出すのが見える。
外から後片付けをする音が聞こえる。合間に静寂が部屋に広がる。
エキスがしっかり沁み出したのを確認してソーサーにカップを乗せ
ハーブティーを注ぎ込む。
樹皮からとれる甘味バルメルを一匙二匙三匙
液体に溶かし込みスプーンでゆっくり攪拌する。
カチャ……
晩秋の空気にリントブリューテティーは、ほんのりと湯気をたてる
コトリ。
「はいどうぞ、あーちゃん。飲んで落ち着くから。」
あーちゃんの座っている前のテーブルへカップとソーサーを置いた。
カチャリ……
あーちゃんはカップを手に取り口元へと運ぶ。
「熱っ……」
淹れたての為まだ熱い。
「ふーふー冷ましながら飲んでね。」
私が言うと、あーちゃんは頷き、息を吹きかけて冷ます。
吹き付けられた息はティーの湯気を空中へと散らした。
再びカップに口を付ける
ズズッ……
「甘くて……落ち着く……。」
あーちゃんは目を細めて言った。
「良かった。」
そして暫く沈黙が続く。
ズズッ……
時々あーちゃんのリントブリューテティーを飲む音だけが
部屋に響く。
沈黙を破ったのはあーちゃんだった。
「私ね……父上に大事にされていたの。末っ子だったし何よりも
母上の生まれ変わりだって……。」
生まれ変わり?疑問に感じたが話に耳を傾けた。
「私ね……生まれた時、瀕死だったの。母上も難産で同じ。
そして私が助かって、母上は死んでしまったんです……」
魂がそこにあるのなら蘇生魔法で生き返らせればいいのでは?私は思った
「うん?蘇生は出来なかったの?宮廷には神官がいたでしょう?」
静かにあーちゃんが再び語りだす。
「人が生まれるって魂が分かたれる事らしいんです……
それで、その時分離したての魂は、形而上まだ一つと認識されるらしいんです。
片方を助けたら片方は助けられない。存在しないものは助けられない。
それで母上は予め難産で母子ともに危険な時には子供の方を助ける様にと
父上と約束していたそうです……。
だから、私には父上しかいなかったんです。
でも私には信頼できる人が出来た。
先日父上が亡くなって……すごく悲しかった……
でも先生がいてくれるから、私はまだ大丈夫だって思えたんです……。
だから……」
そうか……そんな思いを抱いていたなんて思わなかった……。
私の存在は、それほどまでに、あーちゃんの中で大きかったのか……。
私は真剣なまなざしであーちゃんの目を見ながら言う。
「私は、あーちゃんがヨボヨボのおばあさんになっても
この世を去る時も。
ずっと貴方の事を見守っています。だから安心して。」
あーちゃんは視線をカップの中へ落とし
「先生が不老になったと聞いた時、なんで!って思ったけど……
今は……とても……嬉しく思っています。
私は……先生を信じます。」
そう言うと一滴、涙がティーカップに落ちた。
そして冷めたリントブリューテティーを飲み干した。
「もう一杯、如何?」
私は聞く。
「お願いします。」
私はティーポットからカップへと注ぐ
もう一つの私のカップにも注ぐ。
あーちゃんはバルメルを三匙
私はバルメルを一匙半
共にカップの中を攪拌し
「はい、どうぞ。」
あーちゃんに差し出す。
「いただきます。」
長話で既にポットの中のティーの温度は頃合いになっていた。
ズズッ……とハーブティーを飲むあーちゃんの顔に
不安や憂いは消えていた。
二人はリントブリューテティーを飲み終え
私はティーセット一式を片した。
「それでは、お城へ送りましょう。」
私はバックパックの方へ歩こうとすると
あーちゃんが私の袖を掴んで引き止める。
「今夜は……一緒に寝てもらえませんか……?」
俯きつつ顔を真っ赤にして言った。
私は出会った頃のあーちゃんの面影を重ねた。
もう18だけど、心は出会った時のままなんだね。
子供が成人しても親は何時まで経っても親という言葉を思い出した。
「私は良いですけど、お兄様は怒りませんか?」
「大丈夫です!」
翌日聞いた話だと、実は既にそのつもりで許可を取ってあったとの事。
ベッドで二人横になると、あーちゃんは安心したのかすぐに寝息を立て始めた。
私も眠りに落ちそうになっていると
ぎゅーっとあーちゃんが私を抱きしめてきた。
「んぅ……?」
「せんせぇ……すぅ……すぅ……」
私は絶賛あーちゃんの夢に出演中のようだ。
ふと思った。私は前世から合わせて体験の中で誰かと肌を合わせ
眠った経験がないのだ。
あーちゃんの温もりが肌越しに伝わってくる。
ただの温もりではなく……心に沁み入る精神的な温もり……
初めて感じる感覚に少し戸惑いながらも身を委ね眠りに落ちた。
おやすみ、あーちゃん……




